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第四十五.五話 掴むもの【sideディアン】

第四十五.五話 掴むもの【ディアンサイド】


 豪華な食事、高い酒、それらを前にディアンはようやく自分の居場所を取り戻したと笑顔を浮かべた。


 ここはニキス街、領主の館の応接室。

 そこで、ディアンは来賓として領主のクリスから手厚くもてなされていた。

 なにもかも、彼が手に入れた英雄級の剣のおかげであった。


 父親の後を追い続けたディアンは『この街に冒険者の象徴』たるものがないことを知っていた。


 冒険者の街が集まり、商業を支えている街において、それはあまりに致命的だった。

 『伝説の剣を管理している協会本部』や『魔物の大移動』がある街と比べてしまうとニキスには冒険者が積極的に訪れる魅力がないのだ。


 人類未踏の地を進むための休息拠点、それが現状のニキスの街の評価であった。


 その人類未踏の地もいずれは踏破されてしまう。

 そうなったときこの街はどうなってしまうのか、ディアンはその隙をつき、領主クリスに取り入った。


 最強である英雄級の剣の所持者、しいては最高の冒険者がこの街に永住することになれば、ほかの冒険者もこぞって町にやってくるだろう。

 何なら年に数回この剣の力を魅せるための催し物に協力するのもやぶさかではないと。


 永住するためにディアンは一つの提案を領主に飲ませた。

 リスタルとの婚約だ。


(あの煮えくり返る思いをラルドとかいうクソ野郎に味合わせてやる……!)


 暗い感情がディアンをよぎり、彼は思わず奥歯を噛み締める。


 ラルドの登場のせいでディアンの人生は転落の一途であった。

 金緑石の集いの名前を奪われ、貸した竜級の剣は行方知れず、剣がなければ戦うことなどできるわけもなく、屈辱をこらえてラルドに剣を要求したら死ぬような思いをした。


 その後、魔物の大移動で魔物たちが街に集まる隙を見てタイズへ移動、しかし協会本部では伝説の剣の儀に失敗し、ついでにサイレントウォーカーに遭遇。


 冒険者ギルドの面々に「南の街に救援を呼んでくる」と命からがらタイズの街を脱出したものの、戻ることもできず、救援を頼んだ町の安宿で水を飲んで過ごしていた。


(あの時のひもじい思い出は思い出したくもない。だが―――)


 ディアンはあの時のことを思い出す。


 それは白い肌の奇妙な魔術師との出会いだった。



 彼女との出会いは南の街の安宿の一角であった。

 その日のディアンは資金が尽き、水を飲み飢えを誤魔化していた。


 店にはディアン以外おらず、時折店の奥から物音が聞こえてくる。


 そんな中、唐突に、ディアンは声をかけられた。


『おにぃさん、うん、いぃいねぇ君、とても欲望的だ』


 独特の間延びしたしゃべり方。

 心の隙間がするりと埋まるような心地の良い声色。


 見れば陶器を思わせるような白い肌、深く赤い瞳。外観を隠すために深めに被ったローブのおかげか、魔術師のように見える。


 唐突な第三者の登場で、ディアンは警戒したが、次の瞬間その警戒は吹き飛ばされた。


『うんうん、気に入ったよぉ。これをぉ、君にあげよぅかぁ考えていたんだ』


 彼女はどこから取り出したのか、装飾の施された剣をテーブルに置く。

 それはまごうことなき伝説の剣であった。

 炎を連想させるような紅い剣身、燃える炎をそのまま切り抜いたかのような鍔。

 触らずとも紅い剣から熱のようなものを感じ、ディアンは理解した。

 この剣は強力だ、と。


『この剣は教会によって封印されていたものーーそうだねぇ。言うなればぁ、英雄級の剣とでも言っておこうかぁ』

『英雄級……!』


 ゴクリと自分の唾を飲み込む音を聞きながらディアンは剣に手を伸ばそうと試みる。


『まった』


 しかしその手は彼女によって握られ剣に触ることを阻まれる。

 ヒヤリとした感触にディアンは身震いをし、彼女の顔を見た。


 そこにあったのは深く赤い瞳。

 まるで自分が中身を探られるような違和感にディアンは動けなくなっていた。


『君は最強になって何をしたいの?』

『何をーー』


 じっと自分を見つめてくる赤い瞳にディアンは言葉を詰まらせた。


 それは異常であった。

 ディアンの冒険者としての経験が、警笛を鳴らした。

 本能が言葉を交わすことを拒絶した。


 絶対的上位者に感じる圧力。

 それをたかが一人の女性が放っている。


『俺は』


 だがディアンが抱えている暗い想いは、理性として本能を握りつぶした。


『復讐したい』

『きひ! ひひ! あぁ、やっぱりだぁ、見込んだ通り、君はなかなかにぃ、見どころがある』

 

 次の瞬間、ディアンを握っていた白い手はサラサラと砂と化してテーブルに溢れ、まるで液体のように床へと消えていく。


『ひっ』


 唐突な出来事にディアンは慌て、飛び退き目の前の女性を見た。


「その剣は君にあげるよ」


 にったりと笑ったその顔がボロボロと砂と化し崩れ落ちていく。

 顔が崩壊したあと、口が消えたにも関わらず彼女は言葉を続けた。


「望むべくは、望むままに。楽しいことになることを期待しているよ』


 ドサリと音がし、ディアンの目の前から女性

は消えた。


 そこに残されたのは赤い剣身の英雄級の剣のみ。


『は、はは……! あはははは!』


 その剣を手に取り、スキルを確認したディアンは笑い声を上げた。


(これならば、どんな奴にも負けるわけはない! そしてーー)


 復讐。

 その言葉が頭の中を巡り、ディアンは計画を立て始めた。


 ラルドからリスタルを奪い絶望を味わせ、そしてこの剣の前に平伏させてやろうと。


 全て奪い、全て手に入れる。


 ディアンは誰に言われるわけでなく浮かんだその言葉を、自身の胸に刻み込んだ。


(そうして俺はここにいるーー)


 腰に下げた剣に触れ、ディアンは窓からニキスの街を見下ろした。

 リスタルと婚姻を結べば、この街は実質自分のものになる。

 その未来を想像し、確信する。

 この剣ならば、必ず望むものを手に入れられると。


「ひひ、あはは、はははハハ」


 漏れ出る品のない笑み。

 ディアンは嬉しくて仕方がなかった。

 一角の冒険者であっても手に入れることができない地位を手に入れ復讐を果たすことができるのだから。


 自分より上がいない優越感にディアンは浸り続けていた。

 それによりいつしかディアンは礼儀を捨てていた。


 部屋に領主が入ってきても自分の品のなさを取り繕うわけでもなく、ただ横柄に「くだらないとこなら殺す」と彼を睨みつけた。


 領主はディアンの剣幕にたじろいではいたが気を持ち直し、口を開いた。


「ディアン殿、娘がニキスの街に入ったそうです。いま、執事に確保させています」

「あぁ、楽しみだ」


 人の顔色を伺わなくて良いとはなんと愉快なのだろうか。

 怯えの表情を見せる領主の顔を見てディアンは再び加虐の笑みを浮かべた。

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