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第四十二話 懐かしの名と、提案

第四十二話 


 僕たちは夜にまぎれるようにニキスの街に入ることになった。

 先々代の国王から開発を命じられ、今なお増築を続けているという石と鉄で作られた壁を通り抜け、僕が目にしたのはいまだ朝日が来ない静まり返った街並みだった。

 壁の開発のおかげで建築技術が向上したと想像させられる屋根のない無骨な石造りの建物たちが並び、その風景はあまりに無機質であり、何よりも深夜であるから人がおらず、重さと静けさで空気が満たされていた。

 時間が違えば印象は変わるのだろうかと、ちらりと考えがよぎったが、それは今考えることではない。


 僕の前を歩く執事の恰好をした老人は一部の隙も無く、わずかな乱れなく先を進んでいく。

 おそらく僕が逃げだそうものなら、一瞬で首が飛ぶであろう、そんな恐ろしい気配を漂わせながら。


(おそらくその気配もあえて漂わせてると考えたほうがいいだろうな)


 どれだけの研鑽を積んだのだろうか。

 リスタルの師匠といわれ納得する以上の力を見せられた僕は今は素直に話を聞いた方がいいと判断し、素直に彼のあとを歩いた。

 その後ろにはカーネリアとリスタル。ガネットは剣の姿で僕の腰にぶら下がっている。


 そんな夜の静寂に染まった街を小一時間ほど歩き、僕たちはファイの案内で一件の家に通された。

 通された屋内は生活感を感じないほどに整頓されており、埃一つなく、持ち主の徹底ぶりがうかがえるようであった。


「そちらにおかけください」


 そのまま応接間に入った僕たちは、ファイに促されるまま僕たちは椅子に座った。


 対面の椅子にファイが腰かけ、僕たちへ一巡視線をめぐらせ、口を開いた。

 

「このままではお嬢様はディアンと婚姻を結ぶことになる」


 静かな声で告げられた内容に僕は理解が一瞬遅れた。

 なにせ唐突にその人物の名前が挙がったのだから。


「……ディアンって、あのディアンですか!?」


 因縁のある名前に僕は思わず反応する。

 同時によみがえる。決闘での横暴、魔物の大移動の時の懇願。


(あの後行方がよくわからなかったけど、まさかニキスの街に来ていたとは)


 ファイは苦々しく息をついた。

 それはディアンに対するものか、それとも何か別の誰かに対するものなのかは推し量ることはできない。


「はい、金緑石の集いの元リーダーのディアンです。それが、リスタルの婚約者だと領主に認められました」

「……最大パーティ『金緑石の集い』リーダーオブシディの息子、確かに肩書きやオブシディが残している功績を知るものなら認めてしまうかもしれない」


 金緑石の集いはもともと各町を旅しながら、その村で対処できない荒事を解決している集団だ。

 その功績は数知れず、今思えばずいぶんと大きな看板だったのだと思い知らされる。


「でも、リスタルのお父さんも、金緑石の集いの現状は知っているはずですよね」

「もちろん。ですが、彼が持っている伝説の剣、英雄級の剣を手に入れるため、娘であるリスタルを差し出すつもりなのです」

「英雄級?」


 聞いたことない等級の伝説の剣に僕は首を傾げた。


「スキルが8つついている伝説の剣です。」

「8つだって!?」


 最上級の竜級の剣でさえ、そのスキルは5つが最大だ。

 それが8つ。果たしてどのようにしてディアンがそんなものを手に入れたのか。


 だが、問題はそこじゃない。

 領主であるリスタルの父の勝手で、リスタルが奪われようとしている。


「それで攫ってほしいというのはどういうことなのですか?」

「言葉通りの意味です。私も領主様にお仕えする身、命令を反故にするわけにはいきません」


 ファイの眉間にしわが寄る。


「しかし、あのディアンという男あまりにろくでもない。このままお嬢様が不幸になるというのも見てはいられません。ですからラルド様には結婚式に異議を立て、そのままディアンからリスタル様を奪い逃げてもらいたい」

「ちょっと待ちなさいよ。さっきから自分の都合ばっかり―――あんたラルドに犯罪者になれっていうの!」


 カーネリアが声を上げ、ファイは一度言葉を止める。

 それは分かっていることだった。

 ディアンとリスタルの結婚式を台無しにするということはそれなりのリスクを負うことを意味している。


「罪に問われないようある程度の根回しは行いますが、しばらくはこの街は使えなくなるでしょう」


 分かっている。

 ただそれが僕にとっては致命的な話だった。


 僕の目的地はこの街の壁の向こう側、その先の未踏の土地には町は確認されていない。

 もしこの街を使えなくなるというのなら、ダモンドへの道は想像以上に険しくなる。


 人類がいまだ踏破していない土地を後戻りすることなく進むことはおそらく不可能だろう。

 それはあまりにも現実的ではない。


 僕はちらりとリスタルを見た。

 透き通るような長い銀髪、スッと整った顔立ち、無駄の一切ない体躯、一部の隙もない宝石のような青い瞳。

 最上の仲間にして僕の恩師、そして―――。


(失いたくない。だとしても―――)


 思わず、心が揺れてしまった。 

 僕が犯罪者となる。それはダモンドへ行くためにこれ以上ない問題だ。

 犯罪者になってダモンドに行けるのならば、それはなんの問題でもない。

 

 リスタルを助けるとこの街が使えなくなってしまう。その予測が僕の首を締めあげ、言葉を詰まらせていた。


「――すぐの返事は難しいでしょう。ですが時間がない。

 おそらく領主様もお嬢様がニキスに到着するころと思われているはず。

 なので、私が一日時間を稼ぎましょう。―――明日の朝、答えをお聞かせください」


 僕の様子を見てかファイはそう話を切り上げた。


久々に更新できました。

ただあいかわらず多忙なので、更新は引き続き不定期気味です。

とりあえずなんとか12月中にはこの章を完了させる予定で進めていこうと思います。

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