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第四十一話 リスタルの事情

第四十一話 リスタルの事情


「婚約って……。その、結婚を前提としてお付き合いを始めます的なあれ!?」

「それ」


 立ち上がった彼女から目が離せないまま、僕の視界はくるんと目が回った。


(いやいや、聞き違いかもしれない)


 僕は彼女を見直した。

 うるんだ瞳、少し赤くなった頬、えっと、はい、飛びのいたりしてしてごめんなさい。

 ダメだ、絶対聞き違えてない。毒も盛られてない。はっきり言える幻聴幻覚の類ではない。


「私じゃ、いや?」

「嫌というか、えっと!? そのーー??」


 生まれてこの方最大級に考えがまとまらない。

 僕は何を話していいのかと、しどろもどろになっていた。


「はいはい、いったんストップ!」


 そんな僕たちの様子を見ていたカーネリアがパンパンと手を叩き、流れを止めに入ってきた。


 流れを断ち切るその行動のおかげか先ほどまでの空気が緩む。

 緊張が解けた僕はドッと力が抜け、安堵の息を吐いた。


 リスタルは抗議の視線をカーネリアに送ったように見えたが、カーネリアはリスタルからの圧を受け流すように肩をすくめ、ため息をついた。

 この辺りの手慣れた感じはさすが商人と言ったところか。


「話がぶっ飛びすぎ。どうして婚約したことにしてほしいのかラルドに話さないと分からないわよ」

「……それもそうね」

「ラルドも、婚約『したことにしてほしい』。ってどう聞いたって訳ありじゃない。察しなさいよ」

「ん? あっ……ああ、そっか」


 どうやら僕はとんだ勘違いをしていたようだ。


(いくら何でも突然結婚の約束をするだなんて、ははは……)


 僕はばつが悪くなって頬を軽く掻いた。

 その後、カーネリアの仲裁もあり、リスタルはぽつぽつと事情を話始めてくれた。

 それは、彼女の生まれの話でもあり、彼女が『金緑石の集い』に所属していた理由でもあった。


「――そういうわけで、金緑石の集いが代替わりした今、父は私を婚姻させてこの街に閉じ込めようとするはず」

「……ええっと、ちょっと待って情報を整理してもいい?」


 十数分後、僕はリスタルからもたらされた情報の数々に頭を押さえた。


「えっと、リスタルは壁の町ニキスの統括の娘」

「ええ、そう」

「それが5年前、旧『金緑石の集い』のオブシディという人に連れ出された」

「私の恩師よ」


 ディアンの前のリーダーが彼の父オブシディという人だったという話は聞いたことがある。

 だが僕が金緑石の集いで見習いをしていたころにはもうすでにオブシディは行方不明となっていた。


「オブシディは5年、私を預かるといって『金緑石の集い』の一員として連れ出してくれたわ。そんな彼と父が交わした約束が、期日を過ぎ、私が次にニキスに戻る際、父が擁立している婚約者と婚姻を結ぶというもの」

「そんな無茶苦茶な……」

「それでラルドを婚約者に仕立て上げて、その約束を反故しようとしたわけね」


 やれやれと大きなため息をカーネリアが吐いた。

 こくんとうなずくリスタルに、僕はそこまで思い詰めていたのかと、それを察せなかった自分を反省した。


 壁の街ニキスはちょうど人類未踏の領域と王国の境目にある街だ。


 タイズが商人の街だというのなら、ニキスは冒険者、それも【探索者】の街だといえる。

 巨大で分厚い鉄の壁に囲まれた街のその先は人類未踏の領域に通じているのだ。

 未知を求めるもの、伝承を探す者、それを食い物にしようとする者、タイズとは違った夢を持つものが集まる街。

 それがニキスだ。


 人類未踏の領域にもっとも近いとだけあって、冒険者の拠点としてもこの街は機能している。

 僕もダモンドを目指すためにこの街を拠点にする予定だった。


 だがしかしリスタルが抱えている問題を加味し、僕は改めて考えを巡らせた。

 確かにダモンドにはいきたい。だが彼女を失う可能性を考えると、不快感がよぎり、胸がチクリと痛んだ。


(引き返そう。時間はかかるけどタイズで情報を集めれば―――あるいは)


 明日以降の方針を決めた僕はそれを二人に伝えようと口を開こうとした。

 だが、それは別の声に遮られた。


「リスタルお嬢様、お待ちしておりました」

「っ!!」


 それは突然のことだった。


 執事の恰好をした長いひげの老人が、夜の闇から出てくるように静かに僕たちの前に現れた。

 僕はとっさに腰に掛けていた剣に手をかけ、相手の位置を確認した。


(距離は10歩強、こんなに接近されるまで!)


 僕の目の前にいるはずなのに、その男からは気配を感じなかった。

 地面を踏みしめる音も、呼吸も、目の前の男からは音も揺れも感じ取れない。

 まるで幽霊を見ているような気分だった。


 それにこの男、おそらく僕を自身の間合いに収めている。

 どういうタネなのかわからないが、僕の動こうとする意志に合わせて、目線が動き、こちらの動きを牽制してくる。

 敵意をもって攻撃をしたら、最初の攻撃を振りかぶる前に、確実に僕は制圧されるだろう。


「ファイ……まさかあなたが来るなんて」

「お嬢様も腕を上げたようで何よりです。さて、お嬢様ご用件はお分かりでしょうか?」


 リスタルの言葉にファイは整えたひげを揺らし笑った。


「ラルド、ついていきましょう。彼は中立の人間よ。五年前と同じなら」

「……分かった」


 リスタルの言葉に僕は警戒を弱める。


 その瞬間だった。

 突如、視界にと捉えていたはずのファイが消えた。


「っ!」


 置いて行かれたように遅れて聞こえてくる足音を僕は認識する。

 攻撃される、咄嗟にそう判断した僕はすかさず剣を抜き、音を頼りに剣を構え守りを固めた。


 間髪入れずに金属同士がぶつかる音が弾ける。

 あまりの衝撃に腕がはじかれ、僕は衝撃から逃げるように二歩、三歩と再び現れた老人との距離を広げた。

 

「なるほど、確かに。ところであなたお名前は?」

「……ラルドです」

「憶えておきましょう」


 そう言うと老人は自らの剣を収め、僕に向かって恭しく頭を下げた。


「あなたになら任せられる。どうかリスタルお嬢様をさらって欲しい」

「……はい?」


 僕はこの日二度目の混乱を起こした。

 冒険者になればトラブルなんて日常茶飯事だと思っていたのだが、どうにも僕に舞い込んでくるトラブルは思っていたのとは少々違うものが多いようだ。


 周りを見れば、リスタルもこの提案に訳がわからないと目を瞬かせ、カーネリアはなぜか「ここじゃないんか」と小さく愚痴を漏らしている。


「戸惑われるのも無理はない、まずは現状のお話をできればと思います。場所を変えましょう」


 ファイはそんな僕らを促し、ニキスの街へと向かい始めた。


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