第三十三話 月明りに照らされるもの
第三十三話 月明りに照らされるもの
僕には何が起こったのか理解できなかった。
――あのリスタルが、どうして。
『ラルド! 逃げて!』
今し方の出来事が脳裏に焼き付き、離れない。
僕はただ呆然と彼女を飲み込んだサイレントウォーカーたちを眺めていた。
「うんうん、これでボクの溜飲も降るというものだよぉ」
ハッとなり、剣を構える。
窓の向こう、向かいの屋根に、白い肌の女性が立っていた。
忘れもしない、彼女は――。
「ラズワード!! お前はッ、どうして!!」
僕は窓から飛び出し、向かいの屋根に手をかけ、ラズワードが立つ屋根に飛び移る。
左手に持っている剣は合成を重ねた現状最高の攻撃力の剣。
迷うことはなく、僕は振り下ろした。
「なかなかぁ、いい顔じゃぁ、なぃかいぃ」
剣が突き刺さったラズワードの顔がにたりと笑う。
だが僕の剣は肩に少し食い込んだだけでうけとめられてしまう。
当然だ。リスタルの剣でさえ切れなかったこの怪物を僕の剣で切れるとは思わない。
「このぉ!!」
僕は空いている右手で顔に突き刺さったリスタルの剣を握る。
リスタルの剣のスキル【氷結華】とさらにマルチスキルで【切れ味強化++】を上乗せで発動させる。
「お、おぉお!?」
ラズワードを完全に凍らせることはかなわないが、それでも凍った部分はもろくなるのかリスタルの剣が動く。
体をねじり右手に全体重、全身の力を込める。
砂から剣を振りぬく手ごたえ。
僕が手にしたリスタルの剣はラズワードの顔を切り裂いた。
瞬時に同じことを左手の剣でも発動し、ラズワードの上半身を斜めに切り裂く。
ラズワードの頭の上半分と上半身の右半分がボトボトと屋根の上におちる。
だがまだ油断はできない。
僕は一度距離を取り剣を構えなおす。
やはり効果がないのか、左半身だけの腹部からラズワードから頭が生えてくる。
「おお、こわいこわい。でもねぇ。彼女はボクの首を切ったぁ。あれぇ、殺意あったよねぇ。だからやり返したのさぁ。まぁボクは死ななかったから猶予は上げるよ。ほらぁボクはフェアだからねぇ」
猶予とはサイレントウォーカーの毒のことだろうか。
いまから十二時間以内にリスタルを救い出さないと、彼女は死ぬ。
その事実に悪寒に似たものが僕の中を駆け回る。
「本当はぁ、君に切られた分もぉ、いまやり返してあげようと思ったんだけど、君はラピスねぇさんをもどしてくれそうだからねぇ。次の機会にするよぉ」
「……ガネットになんの用が」
「なにぃって? またぁ壊すためさ!!」
愉快なおもちゃを見つけたとばかりに腹部から生えた顔でラズワードは歪な笑みを浮かべる。
異常だ。生物として考えも構造もすべてがいびつ過ぎて僕は固唾を飲んだ。
いますぐ攻撃し、排除するべきだ。
恐怖からか、そう判断し、今にも動きだしそうな己を律する。
攻撃してしまえば最後、おそらく僕は細切れにされるだろう。
「アア―――――――――――――――!!」
「な、なんだ!?」
突如音の壁が飛んできた。
軽い衝撃に僕はよろける。
「おぉ、ほらぁ、見てごらんよぉ。見事だとは思わないかいぃ」
ラズワードが僕から視線を外し、音がした空を見上げる。
僕もラズワードの警戒を続けたまま、北の空を見た。
そこに見えたのは月明りに照らされた巨人の上半身だった。
まるで虫がうごめくように、肌がうねっている。
『北の草原には来ないで』
リスタルの最後の言葉を受け取っていた僕に最悪の想像が駆け抜けた。
あれを構成しているすべてがサイレントウォーカーなのでは?
「紹介するよ。ボクのファンのロードクロくんさ。せっかく群という永遠の命をあげたのに、結局個に戻り、ボクをかたどるなんて。なかなか見上げたファンだよ」
「あれをお前が生み出したのか……!」
「そうだよぉ。すごいでしょうぅ。あぁ、面白いなぁ。何をするのかなぁあぁ」
僕の言葉に、にんまりと満足気味にラズワードが笑みを浮かべている。
魔物を生み出す怪物……いや、こいつは神だとでもいうのだろうか。
「んー」
ラズワードは体を一度伸ばすと、僕に手を振り体を砂のように溶かし始めた。
「それじゃぁねぇ、お兄さん。君がどう苦しむのかとてもたのしみだよぉ」
彼女の気配が完全に消えるまで、僕はその場を動けず、見ていることしかできなかった。




