第三話 しゃべる剣を拾いました
おそらく誰も踏み入ったことがないだろう隠し部屋で、僕は剣を構え、約十歩先に打ち捨てられた古い剣をにらみつけていた。
「話がしたいって、いったい……」
「ソノままの意味ダ」
その古い剣から、なぜか話しがしたいと持ち掛けられ僕は戸惑っていた。
意思があり、喋れる剣なんて聞いたことがない。
それとも会話を偽装し、人をだまし討ちする類の魔物だろうか?
僕は警戒を強めつつも話に乗ることにした。
会話を偽装するタイプの魔物なら、基本的にこちらの警戒心を緩めるような言葉しか使わないはずだ。
「何を聞きたい?」
「まず、今は女神歴何年ダ?」
会話が通じたことと、女神歴という聞いたことのない単語に僕は驚ろいた。
女神歴、それ自体は知らない単語だが、おそらく年号のことだろう。
「女神歴? 神聖歴なら775年だけど」
「エ……? シンセイレキ? なんダそれは!!」
「なんだそれはと言われても」
実際そうなのだしそれ以上説明はできない。
「もしかして、女神歴って旧時代の年号?」
「旧時代ダと? アァ、ヌう、確かにそういうことも考えられる、カ?」
「待て待て待て待て! じゃあ、……お前は旧時代のことを知っているのか!?」
「旧時代の定義によるが、おそらく君ノいう通りダ。ワタシ、千年ぐらいハここにいつからナ」
千年前といえば、神聖歴以前の時代『旧時代』と呼ばれる時代ではないか。
怪しいといえば、怪しいのだが、僕は興味に負けていた。
「なら、この施設はなんの施設だったんだ?」
「確か、魔術、スきルの研究を行っていたはズ……たブん」
「たぶん?」
「ほラ、千年ここニ転がっていたから、なにブん話をするのも久しぶりで」
照れているのだろうか、なにやら動いていないのに剣がもじもじしているように見えてくる。
考えてみればすぐさま千年前の記憶を思い出せというのは大変な作業なのかもしれない。
「ほかに、知っていることは?」
「私、ワタシが知っていること? 確か何かをツタえようと……あレ?」
そこで剣は沈黙してしまう。
どうやらこれ以上は何も情報が手に入らないみたいだ。
「ウウム……ムム、どうしタものか」
床に転がった剣からああでもない、こうでもないと苦悩の声が漏れてくる。
その間、僕もどうしたものかと思案した。
この剣を拾うべきだろうか。
この剣の話が本当ならば、彼?は旧時代と呼ばれる伝承の時代からの生き証人だ。
歴史的な大発見ではあるし、個人的にも彼の話はとても興味深い。
「一緒に行くかい?」
「ワタシを外に連れ出してくれナいか?」
同時に発せられた声に僕たちはくすりと笑ってしまった。
少なくとも悪いやつじゃない。そう僕は直感した。
僕は剣に近寄り、迷いもせずに拾い上げていた。
「僕は、ラルド。冒険者……だった。今は無職」
「私の名は、アー、確か、ガネットだ、よロしくラルド」
僕は話しながらガネットを鞄に収めるため、改めて手にした彼を確認した。
ガネットは剣としてはだいぶボロボロに見えたが、刀身の刃はしっかししており、そこそこの切れ味はありそうだ。
僕は鞄が貫かれないようにガネットの刀身を布で巻き、柄が出るようにして彼を鞄にしまうことにした。
「ところでガネット、ここから上の階に行くにはどうすればいいか、知っている?」
「上の階? アァ……確か部屋ヲ出て右に進むと階段があった気ガ、スる?」
「部屋を出て、か……」
僕は四方を確認し、部屋の出口らしき場所を見つけた。
ただし、見事に崩落で埋まってしまっていた。
「埋まっテる」
「うん、埋まってるね」
僕らは頭を抱えた。
改めて、見上げれば僕の背丈の5倍近いところに穴の開いた天井がある。
正面を見れば、天井の崩落が原因か、大きな瓦礫にふさがれた出入口。
「これは……完全に閉じ込められてたのか」
「だナ」
移動しやすさを重視した軽装で済ませていたため、ロープなどの用意は持ち合わせていない。
時間がかかるが瓦礫をどかすか、破壊するしかない。
「ラルド、オ前、魔術は使エるか?」
「使えるけど、あの瓦礫を破壊する威力のあるものは使えない」
「そウか。ウうム」
手にしたガネットから悩ましい声が漏れてくる。
「何かいい手があるのか?」
「あるニはあるんだが、オ前に教えていイものか」
あるのなら教えてほしいが、無理ならば手持ちの技術で何とかするしかない。
そう思い、僕が瓦礫に近づこうと一歩踏み出した瞬間だった。
遺跡が上下に揺れるほどの衝撃が僕らに襲い掛かってきた。