第二話 しゃべる剣に出会いました
第二話 しゃべる剣に出会いました。
旧時代の遺跡。
それは魔術を編み出したとされる文明の名残。
魔術というのは周囲の魔力素を集め、炎や氷結などの現象を発生させる技術のことだ。
冒険者のなかでも使い手が多く存在し、魔術を専門とし戦う職まで存在する。
その起源は古い。
というか古すぎて実はいつの時代に開発された技術なのか誰も分かっていない。
習得するには魔力の操作方法が記された教本が必要となり、その教本が見つかる場所を『遺跡』と呼び、冒険者の稼ぎ場として重要視されていた。
――などと歴史浪漫に現実逃避しつつ、僕は討伐難度Dの魔物であるフォレストウルフの死骸の山を脇に避けた。
「いてて……油断したつもりじゃなかったんだけどな」
痛む右腕に傷薬を塗りながら、僕はため息を吐く。
それは遺跡を探索してすぐのことだった。
遺跡の一区画を巣にしていたフォレストウルフの群れを見つけ、うっかり戦いになってしまったのだ。
とはいえ討伐難度は最低クラスのモンスター、伝説の剣を持っていない僕でも倒すことはできた。
だが、その戦闘中、フォレストウルフの攻撃に右腕を切られ、負傷してしまったのだ。
(こういう時にスキルがあると便利なんだろうなぁ)
聞いた話によれば、回復系のスキルがあれば、こんな傷はほぼ瞬時に癒すことができらしい。
まあ、ないものをねだりをしても仕方ないと、僕は右腕がちゃんと動くか確認し、先へ進むことにした。
「それにしても、この壁に刻まれた模様とかわくわくするなぁ! どんな意味があるんだろう」
ランタンの火を頼りに遺跡の通路を進んでいく。
遺跡の壁には旧時代の建造物によくみられる幾何学的な模様が刻まれていた。
どういった用途でこのようなものを作ったのか、この模様がどういう理由があるのか、想像をめぐらすだけでわくわくするというものだ。
昼間ではあるが、太陽の光はわずかにしか入ってこない。
僕は見落としがないよう注意深く各部屋を見て回った。
(けれど、昔の人はどうしてこんなところに施設なんか建てたのだろう?)
旧時代は1000年以上昔のことではあるが、町の位置や、大まかな地形は大きく変わらないはずだ。
そうなると、町のそばにあるこの遺跡はもともと町との交流も視野に入れた施設だったのだろう。
はたして、どういった施設だったのかと、僕は想像を巡らせた。
町との位置関係的に思いつくのは魔術実験施設とかだ。
ある程度距離があるということは町に被害がないように気を配ったとか、そうなると大規模な魔術を試していたと推論できる。
(……まあ、そうであれば面白いなという僕の想像だけど)
もうすでに何人もの冒険者が訪れているだけあって、覗いた部屋はすべて物品が持ち去られていた。
そんな現状では、僕の推測を裏付けるものなどは見つかるわけもない。
(しかしなぁ、表にも訓練場のような跡もないわけだし、この遺跡には二階もない。そうとなると……地下施設があるとか、そうだったら面白そうなんだけど)
まさかと思い僕は床を蹴ってみた。
カツーンと小気味の良い音が響く。抜けるような音だ。
それは明らかに遺跡の下には空洞が存在していることを証明していた。
「まさか!」
この遺跡は新人冒険者の修練に使われる程度のものなので、高レベルの冒険者がやってくることはほとんどない。
もしかしたら、この下の空間は発見されていていない未探索領域があるのではないだろうか。
僕は今いる部屋をくまなく見渡した。
だが、地下へ降りる階段や装置は見つけることはできない。
当たり前だ。
そんなに簡単に見つかるのなら、とっくに見つかっているだろう。
(さすがにそんな簡単に見つかるわけはないか……)
僕はもう一度地面を蹴った。
カツーンという音とともに今度は地面が揺れた。
「な、なんだ!?」
慌てた僕は判断を間違えた。
体がふわりと浮く。
いや違う、足場が崩れ、僕が何もない空間に落ちたのだ。
「へ、うわーーっ!?」
僕は下の階層に落下した。
「いてて……」
とっさに受け身を取り、骨折こそ免れたものの、僕は体をしたたかに打ち付けた。
起き上がり、見上げれば随分高い位置に穴の開いた天井がある。
(まずいな。これどうやって元の場所に戻るんだ)
焦りを押し殺しつつ、うす暗い室内を見渡す。
落ちた穴かから光がわずかに入ってきているのか、少し埃っぽい床と壁の位置は分かる。
だが、もう少し目が慣れないと詳しい様子は分かりそうにもない。
「ぬオおおおお!? な、ナんだなんだ!?」
「え!!」
突然コミカルな声が聞こえてきた。
その声は人の声にしてはずいぶんと無機質ではあるものの、おかしな抑揚のせいでどこかおもしろい響きを持っていた。
僕はとっさに剣を構え、声がした先をにらみつける。
魔物か? いや、それにしては生き物が放つ空気を揺らすような気配は感じられない。
僕は敵の正体を探ろうと耳と目を凝らした。
もし、この暗闇に乗じて攻撃をされたらもかなり苦しい戦いになる。
最悪、死ぬか、良くて大けがか。
無傷でき抜けることは不可能だろう。
だが声の主はこの機を利用し攻撃してこようとしてこない。
それ以上に動こうとさえしてない。
僕は相手の意図を汲み取れないまま、闇とにらみ合った。
ややあって、部屋の暗さに目が慣れたころ、僕は声の主を見つけることができた。
「剣……?」
「イかにも、オ前さんは……あー、人間? デ、いいノか?」
コミカルな声を発していたのは、床に転がった古い剣だった。
剣に擬態した魔物だろうか?
だとしたら攻撃したほうがいいかもしれない、と僕は剣を握る手に力を込め、にじり寄るように一歩前に歩み出た。
「聞いてクれ、人間。私ハ、君と話ガしたい」
「は?」
予想もしない提案に僕は変な声を漏らした。