第十六話 魔物の大移動
第十六話 魔物の大移動
―――魔物の大移動とは、十年と少し程度の周期で大量の魔物が町にやってくる現象である。
原因は詳しく分かっていないが、魔物のボスが代替わりすると発生するものと推察されている。
魔物の大移動が発生すると、大量の魔物たちが群れを作って町に押し寄せ、人的被害はもちろんのこと、作物被害や、物品の輸出入に障害がおこる等、様々なトラブルが起こってしまう。
ゆえに対処が遅れると、この町の住人は明日食べる食事さえなくなってしまう可能性があるのだ。
それだけに冒険者ギルドには依頼が集まり、本来であれば多くの冒険者がほかの町から出稼ぎに来る、一種のお祭り騒ぎみたいな状況になるはずなのだが、今回は少しわけが違うらしい。
「前回の大移動が5年前に起こったらしいから、完全に油断していたのよ……おかげで人手不足、悪魔の手も借りたい状況よ!」
そういわれてイズから、どっさりと渡された依頼用紙の山を僕たちはしらみつぶしに片づけていった。
畑が荒らされる前に作物の収穫したい、商品の護衛をお願いしたい、森への討伐へ行ってほしいなどなど。
現れる魔物は主にフォレストウルフ、スライム、コンボベノムヴァイパーなど、単体では強くはないが、複数相手にすると手ごわい相手ばかりだ。
「ガネット! そっちにいったよ!」
「シャー、まかせロ。そぉい!」
「これで18匹目」
その日、僕たちは町から比較的近い森での討伐依頼を受けていた。
『とにかく何でもいいから魔物を倒してこい、一匹50G! それと素材高額買取』と殴り書きにされえたギルドからの依頼だ。
ダモンドに行くための資金稼ぎもそうだが、三人パーティとなり、現状を維持するためだけでも割と出費がかかる。
武器もそうだが薬代や宿代、防具、服、食事そのほかいろいろ、とにかくまずはお金がないと何もできない状況だ。
「それにしても、この森にこんなに魔物がいたなんて」
ガネットが仕留めたフォレストウルフを確認し、僕は改めて周囲を警戒しつつ、一息つき、剣を収めた。
僕たちが引っ張ってきた荷台には魔物の死体が山になっている、もうしばらくすれば砂に戻るはずだ。
「普段は離れているところにいるはずの魔物もいる。この赤い髪のウルフとか」
「この紫色のスライムはなんダ」
「それはデットリィポイズンスライム、人が触れたら溶ける」
「エンをチョ、ダ!」
倒した数は僕が五、リスタルが十、ガネットが今ので三。
数字から見るとリスタルがすごい働いているように見えるが、決してガネットが上手く動けていないというわけでない。
ガネットはゴーレムという特性を生かし、【守護者】として僕たちの被弾を最小限に減らしてくれている。
元が土なため、麻痺や毒、病気など身体に影響する状態異常が全く効かないので、正直とても心強い。
……ただ、見た目小さな女の子が関節をあらぬ方向に曲げて移動したり、攻撃するシーンはまだ慣れないというのが本音だ。
ふと、遠くからガサガサと草葉を揺らす音が聞こえてきた。
僕たちは魔物の接近を察し、再び剣を構えた。
「……これは!」
「グランドヴァイパー? 本来は向こうの山に住んでいるはず」
「でっかイゾ!? いけるのか」
離れたところから見えてきた敵の姿に僕たちは各々感想をつぶやき、戦闘態勢に入る。
始めは遠近感がくるってしまったのかと目を疑った。
だが、それは間違えではなく、僕たちの前に現れたのは巨大な蛇。
開く口は成人男性が収まる程度の大きさ、その全長は僕の背丈の3、4倍、この周囲に並ぶ木々よりも断然にでかい。
モンスターの名はグランドヴァイパー、討伐難度はB、その体格はもはや冒険者でなければ逃げ出すレベルのサイズだ。
身構えた僕たちを敵と認識したのか、グランドヴァイパーは大きな口を開け、地をはいずりながら僕たちに突進してきた。
僕とリスタルは別れるように大きく横に回避した。
すかさず僕は体勢を立て直し、グランドヴァイパーの軌跡を目で追いかける。
「ガネット!?」
僕の視線がグランドヴァイパーの頭にたどり着いた時、ガネットがグランドヴァイパーに捕食されかけていた。
どうやら、ガネットも避けようとしたのだが、歩幅が足りずグランドヴァイパーに口にとらえられてしまったようだ。
なんとか両腕、両足をつっかえ棒のようにして口が閉じるのを防いでいるがこのままでは飲み込まれるのも時間の問題だろう。
「アわわわワ!? 正直に言うが、食べてモうまくないゾ! どっちかというと刺さるゾ!」
「そのまま、抑えていて【氷結華】!」
この手の蛇の攻撃で気を付けなければならないのは、尻尾と飲み込みだ。
その飲み込みをガネットが抑えている今がチャンスと判断し、リスタルがスキルを起動してグランドヴァイパーの胴体を素早く切りつける。
しかし、鋼のような鱗により、彼女の剣ははじかれ、ダメージを与えることができない。
僕も続くが同様ダメージを与えることができないでいた。
「ラルド! リスタル! 私二考えがある。びっくりするなヨ!」
僕たちの様子を見てか、グランドヴァイパーの口を押えているガネットが叫んだ。
その状態で何をするつもりなんだと彼女を見ると、あろうことか口を押えていた手をぱっと放した。
「ガネット!?」
「あーレー、食べラ――……」
さも当然のようにガネットはグランドヴァイパーにパクン、と食べられてしまった。
実にあっさりだ。
思わず僕は変な声を上げてしまった。
「嘘っ!?」
体から血の気が引くのを感じる。
何を考えているんだ!
とにかく助けないと!
急げば何とかなるかもしれないと僕は懸命に剣を振った。
ダモンドに行くまで死ぬなと言ったくせに、自分はこんなにあっさりと。
「ラルド! ラルド! 離れて!」
焦ったようなリスタルの声が聞こえてくる。
そんなことを言われても、今は離れるわけには!
だが枝が揺れる音がして、振り返ると僕のそばにグランドヴァイパーの頭が迫っていた。
「――――!!」
「こんのぉ!!」
僕までも飲み込もうとしたのか、ものすごい速度で、口が迫ってくる。
僕は横に転がり、グランドヴァイパーの攻撃をやり過ごした後、通り過ぎようとしている体に剣をたたき込んだ。
「クソっ!」
剣ははじかれるが、衝撃はダメージとしてあるのか一瞬グランドヴァイパーの動きが鈍くなる。
こうなればたたき続けるしかない。
せめて傷ができればリスタルの剣でとどめがさせるはずだ。
「もう一回!」
僕がグランドヴァイパーの胴体を再び叩こうとした時だった。
「外がダメなら内かラ、ブ――――」
突然のことで、僕は対処できなかった。
予告なくグランドヴァイパーの体が内側から破裂し、そこから脱出してきたガネットの頭に僕が振り下ろした剣が突き刺さった。
「うわああああああ!?」
何が起こったのか理解できず、僕は叫んだ。
叫ぶしかなかった。
顔についたグランドヴァイパーの血を拭うことも忘れ、僕は思わず腰を抜かしてしまった。
ガネットは剣を頭に刺したまま、グランドヴァイパーを乗り越え、僕のほうへ一歩近づいた。
紫の血が滴り、頭に剣が食い込んだ少女が近づいてくる。
正直めちゃくちゃ怖かった。
「オう、ラルド。ずいぶんな挨拶だナ!」
「い、生きている」
「中の剣は折れてなイし大丈夫だゾ」
「良かった……」
僕はホッとした後、心臓に悪いとガネットに不満をぶつけた。
当のガネットは「コんな作戦もわからなイのカ」とけろりとしていた。
リスタルはガネットの作戦を理解していたらしく「まだまだ経験がたりてない」と何故か僕がしかられた。
「それよりも大丈夫みたいでよかった」
「え?」
話がひとしきりついたところでリスタルが心配そうな表情をした。
何がと聞こうとしたところで、僕の視界はぐるりと回転した。
ガネット脱出の際に盛大に浴びてしまった毒蛇の血が今になって効いてきたのだと気づいた時には息が細く、体が痺れはじめてきていた。
「ラルド!」
「毒だ! 棒を握って回復を使エ!」
「ぁ―――」
とっさに僕は腰に吊るしていた回復の棒を握りスキル【強化自然治癒】を使った。
同時に僕の意識は深く落ちていった。
おそらく間に合った……は………ず。




