第十四 .五話 ジェードの変貌(sideジェード)
注意 かなり痛い描写があります。
第十四 .五話 ジェードの変貌(sideジェード)
気が付くと闘技場の外に出ていた。
あてもなく歩き、いつしか町の外の森に入り込んでいた。
ぽつりと雨が顔に当たる。
寒い……とても寒い……
「……負けた」
俺様はラルドに負けた。
認めてしまった。
俺様が目を覚ました時、奴は称賛を一身に浴びていた。
それは俺様が手に入れたはずのものだった。
伝説の剣に選ばれた俺様が……
「どうして……」
俺様のつぶやきは雨の音にかき消された。
そもそもこの場に誰も答える人間はいなかった。
それはそうだろう。俺は負けた。負けた人間に残されるものは何もない。
右手に握られた剣がイヤに重い。
よりによって、この最高の剣で、何も持たないラルドに負けたのだ。
いいや、何も持っていなかったのは俺様だった。
魔術も、技術も、あの女も……。
「それはねぇ、きっと君が空っぽだからだよぉ」
「……あぁん。誰だ、てめぇ」
気が付けば俺様の目の前には一人の女が立っていた。
人間とは思えない白い肌、吸い込まれそうな赤い瞳。
背丈はさほどない。体格も男みたいな女みたいな中途半端な印象の人間だ。
雨の音のせいで足音に気が付けなかったのか、女は俺様のすぐそばまで近寄っていた。
「ぼくはねぇ、ラズワード。君、もっと強くなりたいぃ?
ぼくはねぇ、君の戦いにぃ、君の心にぃ、心底感服しているんだぁ」
「てめぇ何者だ」
女は顔の前で手を合わせ、うっとりと異質な笑みを浮かべた。
「渇望と欲望、何もかもが欲しくて、何もかもが手にしていると思っている。
君は、最高だぁ。とても、とても、ぼく好みの人間だよぉ。だから――――君に力を上げよう」
ラスワードと名乗った女が右手を伸ばしてて来た。
やつの言葉が俺の心にじわりとしみ込んでくる。
ふと、昔、悪魔が子供をさらう童話をきかされたことを思い出した。
なんでこんなことを思い出すのか、目の前にいるおぞましい気配にすくみ上っているのか。
恐怖を自覚する前に、恐怖に体を締め付けられているのか。
確かに、俺様には伝説の剣がある。
でも、俺様には伝説の剣しかない。
ホラ、確カニ、空ッポジャナイカ――。
「うん、うん、君は手を伸ばしてくれとおもっていたよぉ」
「――力をよこせ」
気が付けば俺様はラズワードの手を握っていた。
足りないものを埋めるために、すべてを手に入れるために。
「はぁーいぃ。それじゃあぁ、君にはこれをぉあげよう」
「トカゲ……?」
どこから取り出したのか、ラズワードは翼のついたトカゲのようなものを握り占めていた。
「これはぁ、ドラゴンの幼体ぃ、楽しみだなぁ、手に入れるの大変だったしぃ、あぁどうなるのかなぁ」
そしてそれは瞬く間に『砂となり、女の手から消えていった』
後に残るのは青い、深く青い水晶。
「それじゃあぁ、君に力を上げようぅ」
ものすごい力で俺様を引き寄せ、俺様は前につんのめる。
ラズワードはそんな俺様の胸に左手にある、青い水晶を押し込んできた。
「がぁぁぁああああ――――!?」
ぶちりと肌を突き破り、それでもなおラズワードは手を止めない。
激痛で視界が揺れる。
拒絶して体を離そうとも深く木に刺さった剣のように奴から手が離せない。
「ほらぁ、ほらぁ、頑張れぇ、頑張れぇ」
「ああああ、びゃあああああ――――!?」
メリメリとあばらが折れる音がする。
肺が直接潰され、声が止められない。
息が吸えない。死、ぬ――――。
「ふふふぅ、はぁいぃ、よく頑張りましたねぇ。それじゃぁ【融合】」
そのままラズワードの手から何かが広がってくる。
満たされていく。
だが同時に、俺様が塗りつぶされていく。
何者かに、書き換えられていく。
「おぉ、おぉ、すごいすごいぃ、君はやっぱりぼくの好みだよぉ。そっかぁ、空っぽにぃ、こうすると―――」
それが、最後の音だった。
俺様の何もかもが、満たされ、消えた瞬間だった。
…………。
………。
……。
ラズワードの目の前に、人間よりも一回り大きい男が倒れていた。
いや、彼に人間という形容は適切ではない。
それはドラゴンのうろこと翼をもった、何者かであった。
ジェードであった何かはむくりと起き上がると唯一人間味のある手で、落ちていた剣を拾いあげ、ラズワードに切りかかった。
ラズワードはその剣をよけもせず迎え入れる。
そして斜めに両断され、地に転がった。
「いいねぇ、いいねぇ、竜殺しの剣をもったドラゴン。ぼくぅ、超好みぃ」
「―――――……」
それでもなお彼女はしゃべるのを止めない。
頬は紅潮し、まるで抱きしめるように彼に腕を伸ばした。
「あぁ、おなかがすいたのかぃ、いいよぉ、君ならすべてを満たせる、一緒に行こうぅ」
「―――――……!!」
彼は彼女を受け入れた。
彼はラズワードの肉を租借し、引きちぎり、血でのどを潤し、満たしていった。
これ以上にない至高の味が彼を幸せへと導いた。
ラズワードは全てを受け入れた。
痛みはすぐに快楽へと変わり、彼の一部になることを喜んだ。
やがて、食事が終わり、この場には、もう彼しか残っていなかった。
彼は満たされていた。
だがそれはほんの一瞬に過ぎなかった。
空腹が思考を支配し、体が冷え、何かを食らわなければと命令を出してくる。
あの甘美な味を再び味わうべく、彼は森の奥へと歩みを進めていった。
これで第一章が完了となります。
ようやく登場人物が出そろった感じですね。
これからどうなっていくのか、温かい目で見守っていただけると幸いです。




