4スパイロボット
御子神静香は重い鉄の扉を押して中に入った。
螺旋階段をするすると降りると天井の高い地下室に出た。
薄暗い店内にはぼうっとした光が蠢いている。両側の巨大な恐竜の頭部が牙を剥いて噛みつこうとする。目がぎょろぎょろ動いているのはテレビカメラになっているからか。
夏野慎吾の中古ロボットショップ「ロボーグハウス」に人影はなかった。
内部は外目よりはずっと広い。
マニア向けの機動歩兵の装甲スーツが何列も並べてあり、扁平な頭部を持つエイリアン、グロテスクな宇宙怪獣、棍棒を持った緑色の肌の原人などが今にも襲い掛かってきそうに手足や触手を動かしている。
ステージでは裸体のマネキン・ロボット達が時々思い思いにポーズを変える。色とりどりの明滅するライトが、壁龕に配されたスーパーヒーロー達を照らし出す。空中を浮遊しているUFO型のドローンが、偵察機ように急に接近してはまた遠ざかる。
豊富な種類のロボット製品は数え切れない––––––人間そっくりのレセプション用、建設作業用、重量運搬用、水中作業用、お掃除業務用、医療手術用、介護用、荒れ地走行用ロボット・ローバー、幼児型、ペット用のロボット犬やロボット猫、地面を這い回る蛇型、植物型、カブトムシやトンボなどの昆虫型。サーボモーター、アクチュエーター、電子脳、バッテリーパック、その他何に使うのかわからない多種多様なパーツが高い棚にぎっしり。
よくもまあこんなに雑多なものを集めたものだ––––––
御子神静香はポニーテールにまとめた髪を揺らしながら、ゆっくりと展示の狭間の通路を歩いた。
ロボット達が各々のセンサーで静香の動きを追尾しているのを感じる。ドローンは頭上から、壁面のスーパーヒーロー達は斜め上から、蛇型ロボットは床の高さから、様々な角度から全ての視線が静香に集中していた。展示を見て回っている静香よりも、展示されているロボット達のほうが、綿密に静香のことを観察しているのだ。
もしこれらのロボットが全部敵だったら、自分はどうやって戦うだろうか––––––
そんなことを頭の片隅で考えながら、静香は霊感を働かせて潜んでいる敵の在り処を探った。
二台か––––––
想像していたほど数は多くなかった。
と、あたかも静香の思念を読み取ったかのように、西洋人形の少女が動きだし、ぎこちない足取りで近づいてきた。
アンティークなピンクのエプロンドレスの愛らしさと、青ざめた無機質な表情とが、不気味なコントラストをなしている。
「ロボーグハウスにようこそいらっしゃいました。ロボットの修理の方は1を、購入または売却の方は2を、その他のご用件の方は3を押してください」
人形の口が不自然に開閉し、録音された音声が流れた。
首から下げたトレイに、1、2、3の赤い数字がディジタルで表示されている。
青い焦点の定まらない目が、人形が心を持たない作り物に過ぎないことを念押ししていた。
しかし、静香の霊感は既に、いたいけなうわべを装っている人形の正体を見抜いていた。
そんなまやかしには乗らない––––––
御子神静香は和洋服の袖から小太刀を取り出した。
「それは何?」
急に人形の声音が変わった。録音ではない、電子脳が発した音声だった。
「それはひょっとすると武器じゃないの?」
静香は冷ややかに微笑んだ。
「私に何をする気?」
危険を感じた人形の虚ろな青い目が、邪気を宿した赤い目に変った。
「正体を現したな」
「私はあなたに何かした?何もしてないでしょ」
「人目を欺くために無垢な人形の姿に偽装したドミヌスのスパイロボット、逃しはしないぞ」
「私はスパイロボットなんかじゃない。何も悪いことはしていない。ただここで危険分子の監視をしているだけ」
「それが問題なのだ」
「公共性の高いドミヌスが社会のためにやっていることだから、何も問題などない」
「ものは言いようだな」
静香は小太刀の柄に手をかけた。
「やめてっ!」
突如、人形の手がカメレオンの舌のように伸びてきて、小太刀の鞘に絡みついた。
人口皮膚が引き伸ばされて千切れ、チェーンのような金属の多関節が露出した。更にもう一方の手が同じように伸びてきて、金属の蛇のように静香の首に巻きついた。
静香は予想していたと見えて少しも慌てなかった。
相手が逃げ回って他の商品に傷を付けないように、意図的に間合いを縛ったのだ。
人形はもう逃げられなかった。
静香は鞘に絡まった相手の力を利用して抜刀し、まず首に絡んだほうの腕を斬り落とした。
「ああっ、な、なんてことをするのっ!」
そう言いつつ残ったほうの手は、鞘を捨てて手元に戻ると、槍の穂先に変形して静香の顔面を襲ってきた。
静香は身を反らせて突きを避けた。
かわされた槍の穂先は、シュルシュルと音を立てて巻き戻され、人形の腕に戻った。
戻ると直ぐさま弾丸のようなスピードで第二撃を繰り出してきた。
静香はまた難無くかわした。
「まさか!人間のスピードではあり得ない!」
人形はそう叫びながら、更に矢継ぎ早に攻撃してきた。
静香は攻撃をかわしながら、首に巻き付いていた千切れた腕を振りほどいて、飛来する生きているほうの腕に巻き付けた。人形は腕を引き戻そうとしたが、金属の関節同士がぎちっと嚙み合って動きが取れなくなった。
静香がにんまり作り笑顔を浮かべた。
「やめてっ!」
人形は懇願したが、静香の小太刀は残ったほうの腕も断ち斬った。
「許してっ!お願いっ!私がここにいるのは正当な理由があるんだから!」
両腕を切断されて攻撃力を失った人形は、まるで命乞いをする者のように金切り声を上げた。
「私のほうにもお前を斬る正当な理由がある」
立ちすくんでいる人形に、静香はすたすたと歩み寄り、小太刀を横一閃。人形の首が床に転がった。
「ひどいっ、ひど過ぎる!」
切り離された頭部はまだしゃべり続けた。
静香は呆れた顔をして、叫び続けている人形の顔を見下ろした。赤く光っている目が激しく瞬き、耳まで割れた咢ががくがく動いていた。
静香は首無しのまままだ立っていた人形の胴体を押し倒し、転がっている頭部を拾い上げた。
小太刀で後頭部を斬り裂いて中身をつかみだす。
一辺が五センチほどの立方体だった。軽くて華奢な箱はキラキラと銀色に光った。
「これがお前か」
「人殺しっ!」
電子脳が罵った。
静香は黙ってそれを床に落とした。
「お願い、殺さないで!」
「もともと命なきものは、壊すことはできても殺せはしない」
静香は靴の踵で電子脳を粉々(こなごな)に踏み潰した。
騒がしかった人形はようやく沈黙した。
それを見た緑色原人がのっそりと動き出して通路に出てきた。
「次はお前か?」
緑色の肌に焦げ茶色の体毛が生えたおどろおどろしい原人は、やや前かがみの姿勢で、それでも二メートルを優に超える巨体だった。床につくほどの長い腕に棍棒。眉骨が出っ張ったゴリラに似た顔つき。静香に向かって野獣のように咆えた。
こいつは言葉はしゃべらないようだな––––––
床をずしずし踏み鳴らして向かってくる。振りかざした棍棒には禍々(まがまが)しい円錐形の棘がびっしり植え込まれていた。
静香は次の相手を冷ややかな目で眺めた。
動きが鈍過ぎる––––––
静香は柄頭の双竜紋の環頭部を百八十度回転させた。すると小太刀は長刀に早変わりし、白刃がきらきらとした光を発した。
九頭龍卍刀の斬れ味を試すのにはよかろう––––––
静香は無造作に相手の間合いに踏み込んだ。
それを見た緑色原人は、全力で棍棒を振り下ろした。
静香の頭蓋を叩き割ったかと見えた瞬間、逆に原人の利き腕が棍棒ごと斬り落とされて床に落ちた。
緑色原人は短くなった自分の腕を一瞬不思議そうに見詰めた。
飛燕の如く飛び下がっていた静香の目が氷のように冷たく光った。
原人は残った腕を振り上げて喚き、遮二無二突進して巨体で静香を浴びせ倒そうとした。
それを待っていたように静香は高く飛んだ。
白光とともに凄まじい斬撃が走り、緑色原人の頭蓋から股間までが真っ二つに斬り裂かれた。
開きになった原人の体は、仰向けにどうと倒れた。
今度は内蔵されていた電子脳も奇麗に分断されていた。
静香には造作もない試し斬りに過ぎなかった。
環頭をもう一度ねじると霊剣九頭龍卍刀は小太刀に戻った。
静香は鞘を拾って剣を収め、店内に一瞥をくれると足早に立ち去った。