ウサギ
第3話 ウサギ
「え、もう一度、言って?」
「だからね、テリーヌちゃん。彼、イイと思わない?」
「・・・・・・彼って、あの・・・カバ・・・・・・?」
「当ったり前よーぉ。超イケてるわよねっ。」
「・・・・はあ。」
私、いつまでこのペパーミントの”ノロケ”を聞かなくちゃいけないの?さっきはカラスの王君・・・だっけ。彼氏の王君の”ノロケ”をし、次は目移りして、汚い食い方をしているカバ・・・。王君もそうだったけど、このカバはもっとそう。
とにかく、キモイの。世間的にいう”ブサイク。”
時々つけるポーズにナルシスト感が漂っててね・・・・。
それから動物独特の匂いがして、すごく臭いんだ。
「何よお。テリーヌちゃん、全然楽しくなさそうねえ。」
だって、ここって汚い上に臭いんですもの。
「あ、何か食べ物とってこようか。」
「結構です。」
「まあまあそう言わず、ちょっと行ってきます。」
「あっ・・・。」
とめる間もなく、ペパーミントはさっそうと波にもまれていった。
あの虫を食べろというのか。あの虫を・・・。
その時、目の端のあのウサギがうつった。・・・笑ってる。
カバと話して、笑ってるし。何話してんのかな。気になる。
うーん、でも、あのカバとならぶと、さすがウサギも美男ってかんじがする。多分ここの中では一番かっこいいんじゃないかあ。ペパーミントも、カバはやめてウサギにすればいいのに。
もんもんと考えていると、ウサギと目が合った。慌ててそらす。
でも、ウサギの歩く音がした。毛のパサパサ、フワフワ、音がまじり、それが床をうちならす。
来てる。せまって、来てる。
そして・・・・・・。
「テリーヌ!マリ・テリーヌちゃん!」
肩に手をおかれた。体は少し動き、心ははねた。
「あのテリーヌちゃんだったかァ。大きくなったなあ。僕のこと、覚えてる?覚えてないよねえ、そりゃそうか。」
「え・・・?あの・・・何・・・?」
「ン?んー・・・。いや、特に、別に何もないんだけど・・・。あ、そういえば落ちたんだったね。うーん、どうしようか。」
「ま、まあおかげ様で・・・?」
「ウン。」
ウサギはにこにこ笑いながら私の肩を繰り返したたいた。
それから、ヒゲを震わせる。
「テリーヌちゃん、家に帰りたいよね?」
「ええ!勿論!だってここは臭くて・・・あ、ごめんなさい。」
「いいよ別に。じゃあ、”もじ”を書いてもらわないとね。」
「文字?」
私、首を少しひねる。ウサギは懐から、1冊の黄色がかったノートをとりだした。
「これにね、この次どうなるか書いて。自分はどうなってほしいか・・・。」
「どうやって書いてもいいの?」
「うん。好きなように、ね。」
「えーと、じゃあ・・・・・・。」
ウサギからノートとペンを受け取ると、さらさらと書き始めた。
”マリ・ティーネはここから出られる。”
滑らかな文字を書き、ウサギに渡す。
「これで良い?」
声を大きくして、言う。ウサギはノートとにらめっこしてから顔を上げ、笑んだ。
「ごめんね。僕、”もじ”読めない。」
「・・・よめないのぉ?」
「ウン。だから、読んで。」
「・・・最初からそう言えばいいのに・・・。」
私、ウサギを見上げる。ウサギは、赤い目をちらちらと毛の間からのぞかせながら私を見ていた。小刻みに耳とヒゲが震えている。
私はため息を1つつき、言葉にした。
「・・・・あのね、”マリ・ティーネはここから出られる”って書いたの。だから、これで良い?って・・・・。」
「ああ、何だ、そう書いたの。それじゃダメ。時刻・・・っていうか、何分くらいで出られるとか、書かなきゃ。そんなんじゃ、”死んでから出る”っていうのも有り得るでしょう。」
「ふうん。」
もう一度ペンをもち、書き足す。そして、ウサギにノートを見せながら
「”マリ・ティーネは10分後にここから出られる。”」
と言った。
「・・・なんで10分後?今からでも・・・。」
「すっごく忘れてたけど、ペパーミントが食べ物をとりにいってくれてたの。だから、1つでも受け取っとかなきゃ悪いと思って。」
「そう・・・それは、まあ頑張って。うん。あ、1つ言っとく。そのノート通り、テリーヌちゃんは出られると思う、よ。」
「ありがとう。」
私が微笑むと、ウサギは右回り・・・去っていった。
すると、肩に重い衝撃。
「お待たせーっ。じゃんっ美味しいモノいっぱいとっちゃった。」
「・・・ありがと・・う・・・?」
ペパーミントが出した皿の上には、セミ・ムカデ・クモ・アリなんかがのっていた。
実際目の当たりにすると気持ち悪くて食べれない・・・。
「私・・・いいよ、1人で食べて。」
「なんだよう、そっけないなあ。・・・あれ?テリーヌちゃん、体が・・・。」
「・・・え?あ、消えてる。」
あれ?もう10分?なんて私が思っていると、ペパーミントは私の手をゆっくり包みこみ、一言言った。
「行く・・・アナタへ幸運を・・・・。」
「えっちょっ。」
私の声はとぎれ、空白の世界に空しく響いた。体は光に包まれ、収縮されたような感覚がして・・・。