30話「地図から消えた国」ざまぁ回
「女王陛下、発言をよろしいですか?」
父が手を上げました。
「許可します、フィルタ侯爵」
「女王陛下は上位貴族とおっしゃいましたが、失礼ながら私はその件を今まで知りませんでしたが」
「フィルタ侯爵夫人には伝えてあります。フィルタ侯爵家の商団はとっくにスコルピオーン王国から引き上げていますよ」
「私ではなく妻に伝えたのですか?」
父の顔には納得できていないと書いてあった。
「フィルタ侯爵、あなたは人は良いのですが口が軽いのです」
女王陛下の言葉に父は口を閉じ、俯いてしまった。
「ルシャードとアリシアの婚約についても時期を見て私の口から公表します。くれぐれも口を滑らせて世間に知られることがないように、頼みましたよフィルタ侯爵」
「はい、女王陛下」
私はレイモンド様との婚約を破棄してまだ一カ月しか経っていない。流石にすぐに他の殿方と婚約を結ぶのは外聞が悪い。
ですが本当に知られたくないなら、この場に父ではなく母を呼んだはず。
女王様は私とルシャード様の婚約について、噂ぐらい立っても良いと考えているのかもしれません。
「わしも何も知らされていなかったのだが……」
王配のギャロン殿下がおずおずと手を上げる。
「私に内緒でルシャードをスコルピオーン王国に留学させることを取り決めてしまうような無知で考え無しでお人好しのあなたに、私が大事なことを教えると思って?」
女王陛下が死ぬほど冷たい目をギャロン殿下に向ける。ギャロン殿下はビクリと体を震わせ、泣きそうな顔で俯いた。
父もギャロン殿下も人柄は好いのですが、それだけなんですよね。騙されやすく口が軽いのが玉にキズ。王族や高位貴族は人が好いだけでは務まらないのです。
◇◇◇◇◇
その日の午後。
女王陛下は、スコルピオーン王国の魔石の埋蔵鉱量が底を尽きかけていていること、あと数年で鉱脈が涸れることを、マイスター王国の国民に向けて公表しました。
その発表は、人々に衝撃を与えました。
それもそのはず、スコルピオーン王国から魔石を除いたら、何も残らないからです。
きっと一攫千金を夢見てスコルピオーン王国に集まった採掘者たちも、今頃祖国に帰る準備をしていることでしょう。
さらに、国王とエミリー王女がルシャード様を脅している映像も公開しました。
「エミリー王女と兵士の間に出来た子の父親になれ、出来ないというのならエミリー王女がルシャード王子に襲われたと噂を流す」
彼らがルシャード様を脅している映像が魔石を通して、流されたのです。
映像を流したのは、マイスター王国の国内だけです。
ですが、この噂はあっという間に世界中を駆け巡り、スコルピオーン王国の民の耳にも届くことでしょう。
それはスコルピオーン王国の国民を、大いに動揺させることにつながるでしょう。
魔石が涸れたとき、頼りになるのは王族の外交力です。
姫を裕福な国に嫁がせるか、裕福な国から婿をもらって援助してもらうしかありません。
なのに、肝心の王族が他国の王族を脅しているのですから……他国からの援助は望み薄です。
国民が暴動を起こさなければ良いのですが。
さらにマイスター王国は、スコルピオーン王国との国交は断絶することを宣言しました。
王族であるルシャード様を侮辱されたのです。
国交を断絶するのは当然の決断と言えるでしょう。
それに、魔石の取れなくなったスコルピオーン王国と国交を続けても、こちらには利益がありません。
スコルピオーン王国との国交を断つと発表したとき、彼の国からはすでにマイスター王国の商団を引き上げた後でした。
なので、我が国の被害は最小限で済み、貴族や国民から反対の声は上がりませんでした。
◇◇◇◇◇
数カ月後、スコルピオーン王国は魔石を掘り尽くしてしまいました。
王族はハニートラップを仕掛けるか、相手にたかるか、脅すしか出来ない人達。
役人は魔石が取れる間に、国のお金を持ち出し、国外へ逃亡。
炭鉱で魔石の採掘をしていた人達は、一攫千金の夢と一緒に職を失いました。
彼らは国には帰らず、強盗へと変貌を遂げました。
彼らは民家や貴族の家に押し入り、金目の物を奪っています。
スコルピオーン王国の治安は一気に 悪化。
国民の不安は爆発。
王宮の前に人々が集まり、「なんとかしろ!」と訴えているようです。
スコルピオーン王国の国王は、マイスター王国に「融資をしてほしい!」と泣きついてきました。
女王陛下はその申し出をキッパリと断りました。
ルシャード様をあれだけ侮辱したのです。
女王陛下がスコルピオーン王国を助けるはずがありません。
スコルピオーン王国の国王には、プライドはないのでしょうか?
スコルピオーン王国は、世界一治安の悪い国になりました。
マイスター王国から食料の輸入がなくなったので、国民は食べ物にも事欠くようになりました。
彼の国の人達も、元々はそれなりに農業をして、自給自足の暮らしをしていました。
しかし、鉱山に採掘に行ったり、鉱山に集まった人たちに、宿を提供したり、料理やお酒を提供したりした方が儲かるので、農業はいつの間にか衰退していきました。
スコルピオーン王国に渡った元ザックス男爵家、元トーマ男爵家、元コッホ男爵家、元ヴァイル準男爵家の人たちは、大きな鉱脈を掘り当て、一旗挙げるどころではなくなりました。
彼らは貧しくなったスコルピオーン王国で、ひと切れのパンを巡る争いに巻き込まれ亡くなったそうです。
◇◇◇◇◇
スコルピオーン王国の王族は、魔石に変わる資源が眠っていないか、専門家に依頼しました。
スコルピオーン王国の国土は狭く、採れる地下資源も限られていました。
そんなに都合よく、金や銀や宝石が出てくる鉱脈が見つかるわけがありません。
彼の国は、魔石に変わる新たな金の卵を産む鶏を見つけることは出来なかったのです。
追い詰められたスコルピオーン王国の王族は、「資源がないならよその国から奪えばいいんだ!」という結論に達しました。
スコルピオーン王国は、魔石の採掘に当たっていた屈強な男たちを、王宮に残っていた僅かなお金と引き替えに、傭兵として雇い入れました。
また、他国からあらくれ者を引き入れたのです。
スコルピオーン王国はそれらの人達を使って、マイスター王国に戦争を仕掛けてきました。
他国を侵略し、いずれは大陸を統一し、支配下においた領土から金品を巻き上げようという計画したのです。
世界を征服するにも、それなりの時間と、計略が必要です。
行き当たりばったりで始めた、ずさんな計画がうまくいくはずもなく……。
マイスター王国は、グヴォル王国とバオム王国と連合を組んで、スコルピオーン王国に対抗しました。
あらくれ者の集団が、マイスター王国とグヴォル王国とバオム王国の連合軍に勝てるはずがなく……勝敗は一日で決しました。
敗北したスコルピオーン王国の名は地図から永遠に消え、人々の記憶から忘れ去られました。




