26話「王宮でのお茶会」
お茶会は王宮の庭園内にあるガゼボで行われた。
雲一つない青空が広がり、色とりどりの花が咲き乱れ、蝶が舞っている。
「本日はお招きに与りまして、ありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいいわ、座って」
「はい」
席に着くと、メイドが花の絵柄の陶磁器に紅茶を注いでくれた。
紅茶にミルクを注ぎ銀のティースプーンで混ぜる。
テーブルの中央にはケーキスタンドがあり、三段目にサンドイッチ、二段目にスコーン、一段目にカップケーキとパウンドケーキが並べられている。
三段目のサンドイッチから頂くのが礼儀。お茶とお菓子を食べながら楽しく談笑したあと、女王陛下がメイドを下げた。
ガゼボには女王陛下とルシャード様と私だけが残された。
「こうしているとアリシアとルシャードの幼い頃を思い出すわ」
「懐かしいですね、毎日のようにアリシアと勉強に励み点数を競い合った」
「私は勉強のあとのお茶の時間が密かな楽しみでした」
お菓子をいただきながら昔話に花を咲かせる。
「私はアリシアとルシャードを婚約させたかったのよ」
「えっ……?」
女王陛下のお言葉に紅茶を吹き出しそうになった。
「王位継承権争いを避けるため第一王子のスワインが結婚してから、第二王子のルシャードの婚約者を決める公算でしたのよ」
第一王子で王太子のスワイン様は、ルシャード様の四つ年上で現在二十二歳。
「予定ではアリシアとルシャードが十四歳になったら正式に婚約させる手はずでした」
ルシャード様と私は同い年、私達が十四歳のときということは四年前。
「まさかスワインの婚約者のノンネ侯爵家のカーラが、婚礼の数日前に男爵家の令息と駆け落ちするなんて夢にも思わなかったわ」
王太子殿下の婚約者だったカーラ・ノンネ様は侯爵家の長女。学園で出会ったキール男爵家の長男コン様とフォーリンラブして手に手を取り合ってこの国を出て行ったのです。
カーラ様の駆け落ちの責任を取らされたノンネ侯爵は王家から多額の慰謝料を請求され、子爵家に降格されました。
また当主は隠居を命じられ、ノンネ子爵家の者は五十年間官職に就くことと王立学園に入学することを禁止されました。
キール男爵家は爵位を返上することになりました。
平民になった元キール男爵家の人々はマイスター王国にはいられず、スコルピオーン王国に移住しました。
「スワインの婚約者探しを一からしなくてはならなくて、ルシャードの婚約者を発表するのが先延ばしになってしまったの」
王太子殿下は一年後カイテル侯爵家の令嬢ヨハナ様と婚約、婚約から一年後に結婚されました。
「スワインが婚姻し、ようやくルシャードの婚約を取り決められると思った矢先、フィルタ侯爵がイエーガー公爵の泣き落としに負け、出来損ないのレイモンドと聡明なアリシアの婚約を取り決めてしまった」
女王陛下の目に怒りの色が宿る。
「その上王配である夫がルシャードのスコルピオーン王国への留学を私に相談なく決めてしまったの。
女王である私になんの相談もなく勝手にルシャードの留学の話を取り決めるなんて……あの時ほど憤りを感じたことはないわ。
夫の髪を一本残らずむしり取ってやりたいぐらい苛ついたわ」
以来王配であるギャロン殿下は、病気を理由に離宮で療養されている。女王陛下の逆鱗に触れ幽閉されたようですね。
「スコルピオーン王国にはルシャードと同じ年の王女がいるのよ。
スコルピオーン王国の狙いがルシャードの留学に留まらないくらい分かりそうなものなのに……全くあの人は何を考えているのかしら」
女王陛下が深く息を吐いた。
スコルピオーン王国には二人の王女がいる。第一王女のエミリー様は私達と同じ十八歳、妹のローザ様は七歳。
「私はルシャードが留学の話を断ると思っていたのよ」
女王陛下がルシャード様に視線を向ける。
「アリシアとレイモンドが婚約した事実を受け入れられず、学園で二人が並んで歩いているのを見るだけでも辛くて……この国から逃げ出したのです」
ルシャード様が悔しそうに拳を握る。
「恋は盲目とはよく言ったものね。
あなたは洞察力と観察力に優れているのに、アリシアはレイモンドが政略結婚で、二人の仲が冷え切っているのを見抜けなかったなんてね」
「それだけアリシアが他の男と婚約したことに傷ついていたのです。僕は失恋したと思っていたから……」
恋は盲目? 失恋? 女王陛下とルシャード様はなんの話をしているのでしょう?
「アリシアはレイモンドとの婚約を破棄しました。
千載一遇のチャンスが転がっていますが、ルシャードあなたはどうするのですか?
また逃げる気ですか?」
「いいえ今度は逃げません。アリシアがいない人生がどんなに辛い物かを身にしみて思い知りましたから」
ルシャード殿下が立ち上がり、私の前まで歩いてきた。
「ルシャード様?」
ルシャード様が跪きポケットから小さな箱を取り出す。箱を開けるとブリリアントカットのダイヤモンドのついた指輪が入っていた。
「アリシア、婚約を破棄したばかりの君にこんなことを言うのは弱みに付け込むみたいで嫌なんだけど、君がまた他の誰かのものになってしまったら悔しくて夜も眠れないから、今言うね」
蒼碧の瞳が私の目を射抜くように見据える。心臓がトクン、トクンと音を立てる。
「アリシア、幼い頃から君を想っていた。
君の聡明で優しくて心根が強いところが好きだ。
僕と結婚して下さい」
頬に熱が集まる、心臓の鼓動がうるさいくらいに高鳴る。
「私もルシャード様のことを幼い頃からお慕いしておりました」
にっこりと微笑むと、ルシャード様が私の指にリングをはめた。
「アリシア! 愛してる! 結婚しよう!」
「はい喜んで」
こうして私はルシャード様と婚約を結んだのでした。




