ノア
ウィルス達が引き上げ、執務室へ戻った一向。
「陛下!あの者は誰ですか。
個人的になど聞いてません!」
「ハンソン、だからあれは父の友人の息子。今回の件で私が直々にお願いしたの。」
「直々にって…。
確かにお父上は城下にご友人が沢山いらっしゃったようですが。
…なんにせよ、陛下お一人で動かれては危険です!
どうして言ってくれなかったんです!
だいたいどのご友人ですか?」
「急で言う暇がなかったのよ。
とにかく、今回の件は彼のお陰で上手く片付いた。
彼の身元は私が保証します。
それで問題ないでしょう?
他に何か?」
「沢山ありますよ!
はぁ…もう、分かりました。
ですが、仮にも"国王付き"の護衛です。
これからは、こういう重要事項はくれぐれも事前に教えて下さい」
「はいはい、分かった」
「本当ですよ陛下、私も驚きました。
いやー、でもあの身のこなしは素晴らしかった…。
是非団員への指導もしてもらいたい」
「甘やかさないでください、ダリル団長。
レイブン宰相だってきっとお怒りになられますよ」
「レイブンは大丈夫よ。優しいから」
「優しいとかの問題じゃないんです!
だいたい陛下は──」
(あーはじまった…)
────コンコン
「ハル様、お迎えに上がりました。」
ガチャ
「誰?」
(わっ。やだイケメン…!)
「あ、あの、私メイドのローラと申します!
陛下より承りまして、ハル様の自室が準備できましたので、ご案内致します」
客室で待機してるように言われたハルは、メイドのローラについて歩く。
「ねぇ、"陛下"はどこいったの?」
「あ、陛下は今日はもう、自室へお戻りになられました」
「えぇー!なんで?!
この流れで放置とか…」
「あの、とてもお疲れのようでしたので…。
あ、ハル様、ここがハル様の自室となります」
「あぁ、そうなんだ」
「それから明日の朝ですが、騎士団団長のダリル様がお迎えにいらっしゃいます。
詳細は明日ご説明があるかと思いますので、本日はもうお休みください」
「わかった。ありがとローラ。
おやすみ」
──ずきゅんっ
にこっと微笑んだハルの笑顔で、ローラの胸には見えない矢が刺さった
「は…ははいっ。
おやすみなさいませ…っ」
耳まで真っ赤になったローラは、パタパタとその場を後にした
(こ…、
これが恋というものかしら…)
────
「さて、と」
──タン、タンッ
ハルは部屋のベランダへ出て、軽やかに屋根に登る
─スンスン
(えーっと、こっちだな)
目的の部屋を見つけたハルは、バルコニーに降り立ち、窓を開けた
「─!」
「あ、いたいたー」
「…なにしてんの」
リビングには、お風呂あがりであろうリンが、まだ濡れ髪のまま書類を見ていた
「てか鍵どうやって開けてるの」
「それくらい開けれるよー。
じゃなくて、ひどいよリン。
俺がんばったのにー」
「お礼は言ったでしょ。それに昨日助けたんだからトントン。
話だってまとまったし」
「そうだけどさぁ。
でも積もる話もあるじゃん」
「例えば?」
「んー例えば、なんで俺を助けてくれたのかとか」
「…あぁ…、なんとなくよ」
「なんとなく?!ちょっとショックなんだけど。
危ないとかは思わなかったの?てか普通に危ないよ!」
(騒がしいなぁ…)
「…あんた、『一人にしないで』って言ってた」
「え、俺が?」
「そう。
…私の両親と兄は殺されたの。で、私だけ残った。
だからちょっと自分と重ねただけ」
(だからまだ若いのに"陛下"か…)
「…そうだったんだ。ごめん」
「一年も前の事だし、もう大丈夫よ」
「…リンは、復讐したいって思わない?」
「犯人は自殺したし、恨む相手が居なかったからなぁ…
黒幕がいたみたいだけど、結局手詰まりで。何しろ急でずっとバタバタしてたから」
「大変だったね」
「…そうだね。
あ、そういや昨日、私の事『ノア』って言ってたけど」
「!…そうなんだ。
ノアは…俺の大切だった人だよ」
("だった"って事は…)
「俺も組織に、両親とノアを殺されたんだ」
「うそ…」
「ずっと昔の事だけどね!
だから、ここは安全だし、情報も集めやすそうだから俺としてはラッキーなんだよね。
組織のやつらも、さすがに国絡みだと簡単に手は出せないだろうしねー」
はは、と笑うハルを見て、リンは他人事とは思えなかった
(だから、ハルは"潰(復讐)したい"んだ…)
「協力できる事があればするわ」
「ほんと?ありがとう。
じゃあ、早速お願いがあるんだけど」
「なに?」
「今日ここで寝てもいい?」
「はっ?」
「だってリンいい匂いするし、
せっかく仲良くなったんだしー」
「何、匂いって…」
軽蔑の目をしたリンに、ハルは慌てて弁解する
「違うよ?!分かんないかもしれないけど、血の匂いってあって…。
リンはすごくいい匂いがするんだ」
「…へぇ…」
「えー!引かないで!」
「てかいつまで居るの。
もう寝るから早く帰って」
「冷たいなぁ。
しかたないから帰るよー。
じゃぁね。おやすみ、リン」
ひらひらと手を振って寝室へ向かったリンに、
ハルは何年かぶりに少し満たされた気持ちになった。




