吸血鬼
夜もすっかり更けた頃、仕事を切り上げたリンはメイドと共に自室へ向かう。
(明日、大丈夫かな…。気が重い)
「はぁ…」
「リン様、ちゃんとお休みになられていらっしゃいますか?
ここ最近ずっとお疲れのように思います」
「あぁ…大丈夫よ
とりあえず春の祭典が終われば落ち着くわ」
「…あまり無理をなさらないでくださいね。体調を崩されないか、とても心配しております」
「ありがとうラナ。
私も今日は早く休むわ。
ラナももう休んで」
───(前陛下方が亡くなられてからもう一年…
弱音も吐かず立派に"陛下"をされているけど、
本当はお辛いでしょうに…)
──バタン
だだっ広く静かな自室にドアの音が落ちる
「…」
(疲れた。とりあえずシャワー…)
リン──リン・エレノア・ラステルは、大きなリビングテーブルの周りに整列しているソファーへ上着を投げ、寝室のドアを開ける。
窮屈なドレスを脱ぎ、浴室へ
──シャー
─────
「――っ。はぁっ」
(やばい…目が霞んできた…)
─!
スンッ
「え…この匂い…」
─────
ガチャ
浴室から出たリンはバスローブに身を包む。
(水…)
かなり睡魔に侵食されつつある体をリビングへ向かわせる
──ガタッ
(─!
ベランダ…風?
でも今日は風なんか…)
念のためにベッドのサイドテーブルの引き出しからハンドガンを取り出し、カーテンの隙間からベランダを覗く
よく見えず、キィと窓を開けベランダに出る。
───!!
(人だ…!衛兵を…!)
部屋に戻ろうとした時、そのうずくまっている人物が傷だらけな事に気づいた。
(え…すごいケガ
それよりここ最上階なのにどうやって…)
「……ぅ゛…」
「…何者だ。なにしてる」
男に銃を向けながら問う
「…」
男が苦し気に顔を上げた
虚ろな目
「ノア…?」
(…のあ?)
──ぐいっ
ガシャン
そのケガからは想像できないような早い動きで距離を詰められた
気づいた時には自分の両手が男の手の中にあった
(──ぇ、
あ、しまった銃が!)
振り払い距離を取ろうと手に力を入れるが、微動だにしない。
幼い頃の母の教えにより、武道も習っていたのでだいたいの感覚は分かる。
細身の、しかもこれだけ傷ついた男の手くらいは払えて当然のはず。なのに、
(うそ…?
なんで、払えない…)
「離し…!」
「一人にしないで…、ノア…!
今助ける…」
男の悲痛な、消え入りそうな声に一瞬気をとられる。
(あ、)
男が自分の左手中指を口に含むのが見えた
それと同時に歯を立てたのが分かった
──ひっ
小さな痛みと、拘束された身体、理解不能な行動が一気に不安を煽り立てる。
冷や汗が背中を伝った。
と、その瞬間、
──ジュワ…
男の身体から小さな湯気のようなものが立ったかと思うと、
腕や顔の傷が消えたように見えた。
(き、えた…?)
─バタッ
「すー…すー…」
(え…寝た…?)
「なにこれ…」
漠然と想像していた日常を飛び抜けた出来事に、思考が付いていかない。
あの日ほどではないが。
でも…、
(…一人にしないで、か…)




