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天球のカンタータ  作者: 一宮一智
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第二次天界大戦

 アルスはぼくに教えてくれるという。ぼくが生まれる前、鉄と血の匂いが大地を覆い尽くしていた時代の話を。彼の目は光を失っているけれど、眼球のないその両目は、何処か遠くの、戦場を見つめているかのようだった。

「話し始める前に、お前にこれを読んでもらいたい……」

 彼はそう言いながら、何冊も並んでいない古い本棚から、一段と古びた本を取り出す。

 天球記。

 世界で最も多く複写され、世界で最も古い歴史書だった。

「俺はもう盲だが、お前にこの頁を読ませるために、この本を買ったんだ……」

 アルスは栞を挟んだ頁を開き、ぼくに見せる。



 第二次天界大戦の発端は、"世界の果て"と名高い、レヴボール海峡の大風穴だった。

 既に本書中で述べたように、世界には三つの部族があり、それらの部族とは他に、歴史上の何処かで空からやってきたという「ヒト」という種族がいる。

 三部族である「ラルド族」「リュード族」「ヒャレル族」と、「ヒト」。彼等は概ね同じような水準の文明を、それぞれに築き上げてきた。

 文明が同水準であるということは互いに独立心を持っているということであり、独立心がある以上、いずれ対抗せざるを得ないということであるのは自明であった。

 戦争に明確な理由などない。

 勿論きっかけとなった事件はあるが、それは戦争の小さな火種に過ぎず、それが山火事のように規模を広めたのは、部族間の根深い対立が底流にあったためだろう。

 だが、世界が戦争の火へとなだれ込む契機をつくったのは、間違いなくヒトである。

 ヒトはそれぞれの部族の中で唯一、大気中の生命の源から力を引き出す手段を持たなかった。

 彼等は空から持ってきた絡繰機械の開発・改良によって、独力でその文化水準を高めてきた。

 絡繰機械と呼べば原始的な響きであるが、その実は非常に高度で複雑なものだった。一説によれば、他の部族が絡繰機械の設計図を読んだところで、熟練の者でも解読に5年を要するという。

 その技術力で、ヒトは生き延びた。

 しかしそれだけでは飽き足らなかった。

「ヒト」は、他の部族が持つ力を「魔力」と呼び、魔力を得ることを長きにわたって欲してきた。

 そしてその技術力によって、レヴボール海峡の大風穴が開かれる。

 大風穴の向こう側には野獣の棲む世界が広がっている。ヒトは、野獣から魔力を得る代わりに、大風穴をつくり出し、世界へ野獣を解き放った。

 はじめは、大風穴をつくったヒトと、それを諌める三部族、そして野獣という、三つの勢力による争いだった。しかし直に、三部族の間でも対立が生じる。彼等は、協力するにはあまりに性質が違いすぎた。

 そうして誰もが意識しない内に、世界は第二次天界大戦へとなだれ込んでゆく。

 世界中にあった諍いの火種が、一斉に火を吹いてゆく。憎しみは循環を止めず、戦火は昼夜問わず世界を蹂躙した。

 そこへ、三賢人が現れた。

 世界の創造主たる三賢人の魂を受け継いだ三人の戦士が、各地の争いを収めた。彼等は世の仕組みに明るく、その名前に見合うだけの叡智を持っていたため、世界は少しずつ平穏へと向かってゆくように思われた。

 三賢人は、レヴボール海峡に厳重な封印を施した。その後世界を四つに分断する巨大な壁を築き、姿を消したという。

 住処に戻ることができなくなった野獣たちは少しずつ衰え、強力な数体を残して死に絶えてしまった。

 第二次天界大戦一先ずの終戦をみたが、戦の傷は各地に残り、今でも癒えていない。

(ガラムド・オンス「天球記」第23章より)



 ぼくは確かめるようにもう一度歴史書を読み返し、静かに頁を閉じた。

「第二次世界大戦の只中で、貴方は各地を旅したんですか?」

 アルスは声もなく頷き、その歴史書を元の場所へ戻した。視力を失っても、彼はその鋭敏な感覚で物がどこにあるのかを概ね知ることができる。まるで見えているようなその様子が、ぼくは時々怖くなる。

 アルスはゆっくりと話し始める。

「あの頃は血と死体を見ない日がなかった。鉄の臭いが鼻の奥の方にこびりついて忘れられない。悪夢だってたくさん見た……」



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