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閑話「マーガレット・リリィ・セシル・オブ・ナグレンド」

 最初にそれを聞いたとき、彼女は冗談だろうとしか言えなかった。


「メグ王女、誠に残念ながら、これは事実です」



 よりによってあのエドが、そんなことするはずがない。きっと何かの間違いだ――そんな幻想も、次々と上がる事件の調査報告によって打ち砕かれた。



 彼女の友人のスティーブの葬儀は、迅速に盛大に執り行われた。悲しみよりも衝撃のほうが上回ったのか、生徒や聖職者達は皆、彼の葬儀中もずっと呆然としていた。彼と密かに交際していたというシェリーという名の生徒は号泣し、エドへの恨みつらみの言葉を呪詛のように延々と吐き出していた。



 葬儀が終わると、メグは真っ先に友人であるカノンを探した。聞いた話では、彼女はエドが失踪する直前に接触した唯一の人間であるということだったからだ。



 教会と学園のあちこちを歩き回り、メグはようやくカノンの姿を見つけたが、彼女の憔悴しきった顔に一瞬話しかけるのを躊躇う。


 しかし、それでも聞いておかねばならないことだと、メグは決意を固める。




「カノン、ちょっといい?」


「……メグちゃん」


「ずっと事情を聞かれていたのね」


「うん。ちょっと疲れちゃった」


 

 ちょっとなわけがなかった。メグは目にしなかったが、彼女は友人の殺された姿を直接目にした上、その犯人が幼馴染であるというのだ。そこに畳み掛けるように神官らの事情聴取。むしろ、彼女が倒れていないのが不思議であるほどであった。



「今回のことは、その、とてもショックだわ……。カノン、貴女が立ち去るエドの姿を見たっていうのは本当なの?」


 メグは単刀直入に聞いた。うだうだと御託を並べていても何も進まないと思ったからだ。


「……うん。エドは、もう私の知るエドじゃなかった。自分のことをペオラ教徒だって、はっきり言ってた」


「それは、聞き間違いじゃなく確かに?」


 エドが学園を立ち去る前にペオラ教の悪魔と契約したという事実を、メグは既に知っていた。しかし、彼女はまだ心の底から信じてはいなかった。


「間違いようがないよ……今でも鮮明に覚えてる。エドが、スティーブを、そして……」


 カノンの目尻に涙が浮かび、気分が悪くなったのか口元を抑える。メグは慌てて彼女の体調を気遣うが、カノンは大丈夫だと言って目元を拭った。



「ごめんなさい、嫌なことを思い出させてしまって……」


「ううん、いいの。それより、メグちゃんはどう? 最近のエド、何か変わったところはなかった?」


 メグは首を振る。


「特にこれといっては……」


 二人はそれきり押し黙る。彼女たちには、エドは契約書と出会ったことで気がふれてしまったようにしか思えなかった。



「私、自分でも色々と調べてみるわ。エドが突然何の理由もなくおかしくなるだなんて思えない。おそらく、私達の知らない何かがあるはず」


「そう……。ごめんね、私はしばらく休みたいかな。ちょっと疲れちゃった」


「気にしないで。私もカノンはゆっくり休養を取るべきだと思う」



 二人はそこで会話を切り上げ解散した。










 それからしばらく、メグは非常に多忙だった。司祭候補生が二人もいなくなってしまい、その後釜として彼女が選ばれたからであった。


 司祭候補生は学年に二人。エドとスティーブの次点で成績が優秀だったのは、メグとカノンの二人だった。皮肉にも、彼らと関わりの深かった彼女たちが彼らの後を引き継ぐ形となったのだ。



 陰では様々なことが言われていた。エドと仲の良かった二人に、根拠はなくともきな臭さを感じている者は少なくない。


 彼女たちの身辺は他の生徒の比ではなく詳しく調査された。その結果彼女たちには何の非もないことが明らかになると、次第に嫌疑の目は消えていき、新しい司祭候補生を歓迎する雰囲気ができあがっていった。



 事が落ち着いてから、メグはエドを贔屓にしていた司祭に会うことを試みた。司祭はテロリストであるエドが事件を起こすきっかけを作ったとして投獄されていた。


 そのためメグは、教会刑務所に司祭との面会を求めた。しかし、彼女が司祭に話を聞くことは叶わなかった。面会希望が受理される前に司祭は処刑されてしまったのだ。


 普通こういった場合の受刑者は長期間に渡って取り調べを受ける。それが彼女が面会希望を出した数日後には死刑が執行された。それはまるで、何かを隠すような意図が働いているようであった。



 さすがにおかしいと感じたメグは、刑を執行した者や司祭の裁判を請け負った者たちに話を聞いて回ったが、当然の事ながら新しい情報は何も入ってこなかった。


 しかしメグは諦めなかった。考えすぎと言ってしまえばそれまでだが、彼女の勘は絶対に何かがあると告げていた。










 ある日の夜更け。メグは高鳴る胸を抑え、大きく息を吐く。


 彼女が立つのは限られた神官のみが立ち入ることのできる、焚書候補書誌管理室の扉の前だ。


 司祭が処刑されてから数日のうちに、いくつかの書物がここに追加されたことを、メグは小耳に挟んだ。仮にもナグレンドの王女である彼女は、他の生徒と比べれば多少の無理は聞き入れてもらえる。しかし、それにも限界がある。教会の深部に関わる部分には、王家でも緊急事態を除いては基本的に干渉することが不可能だった。


 そのため彼女は神官の目を盗んでその書物を調べることにしたのだ。書物にはエドの日記なども含まれていると聞き、それを調べれば詳しいことが明らかになると、メグは考えたのだった。




「……あの日のエドも同じような気分だったのかしら」


 エドが大聖堂に施された頑強な施錠魔法を解き、堂内で悪魔と契約したという情報が明らかになってから、警備の多くは大聖堂の方に回されている。焚書候補の書物に興味がある人間がそこまでいないこともあり、警備は手薄であった。メグはあらかじめ見張りの人間の行動パターンを調べ、彼が夜食に向かうタイミングを狙った。



「エドならきっと、あまりにも杜撰(ずさん)すぎるって酷評するわね」


 自分が忍び込む側になって初めて、メグはこの教会の危機意識の薄さを実感した。これでは事件が起きるのは時間の問題だったのだと思いつつも、自分がそれに助けられていることを思い出し彼女は苦笑する。


 彼女は気持ちを切り替え、扉に手を触れた。当然だが、施錠魔法がかかっている。



「エドには及ばないけれど、私だって司祭候補生なんだから」



 大聖堂にかけられていたものと比べれば、遥かに簡易的な施錠だ。しかし、一介の生徒はまだしも並の神官でもそう簡単に解けるものではない。



「大丈夫。私ならできる」



 施錠魔法を解くという作業は、感覚的には刃物を使わず複雑に結ばれた紐を解くのによく似ている。それには自身の魔力を精密にコントロールすることが要求される。


 メグは意識を集中させる。正規に解錠するためにあえて用意されている、魔力の脆弱な箇所を的確に見極め、自身の魔力を使いそれを引き剥がしていく。その際、元に戻すときに再現できるように形状を記憶しておくのも忘れない。



 数十秒で解錠が完了する。メグは額に滲んだ汗を拭い、扉を開けて中に入った。



 埃とカビの匂いが彼女の鼻を突く。管理とは名ばかりで、書物はそこかしこに乱雑に積み上げられており、図書館のようにきっちりと整頓されていたりはしない。


 メグは最近追加されたであろう書物を探し出し、一冊一冊確認していく。見張りが戻ってくるまではまだ時間があり、彼女には余裕があった。



「あ……」



 メグの手が掴んだのは、エドの日記だった。彼女は迷わず中を見る。


 日記はエドが高等部に進学した日からつけられており、そこには自分との出会いや司祭候補生になったときのことが記されていた。



 しかし彼女は読み進めていくうちに落胆する。エドは極めて事務的に日記をつけており、そこには彼の感情が全く込められていなかった。彼にとって日記というのは、起こった事実をただ記録していくだけの備忘録に過ぎなかったのだ。


 高等部に進学してからのことしか書いてないため、彼の日記は新しい情報を知る手がかりとはなり得なかった。



「まあでも、司祭候補生がどれだけ忙しいかはよく分かったわ……」


 彼女は彼の日記から自身がこれから司祭候補生としてどんなことをやっていくのかを知り、少しばかり気が重くなった。そこには、一介の生徒が担うには少々負担が大きい仕事も含まれていたからだ。



 彼女は日記を閉じ、書物漁りを再開した。探せども探せども新しい情報をもたらしてくれるようなものは見つからず、メグは次第にこれが徒労であることに気づきつつあった。



 そんな時だった。



「これは……」



 教会保護活動記録――それがその資料の題目であった。記録期間は王歴578年から581年の三年間分のもの。他の期間のものはここには存在せず、ただその一冊だけが焚書候補に指定されているようであった。


 それは、教会が孤児や虐待を受けた子供、犯罪者の子供など保護した際に、その子供の名とともに保護理由の詳細を記録したものであった。


 そこで彼女は見つけたのだ。保護した子供の名前の一覧に記された、"エドワード・テイラー"の文字を。




 はやる気持ちを必死で抑えながら、メグはエドの保護記録に目を通すのだった。

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