一話「エドワード・テイラー」
完璧超人。
彼を表現するのに、それ以上に適した言葉は見つからなかった。
頭脳明晰、運動神経抜群、品行方正。容姿に関しても文句の付け所がない。背は高く、無駄のない付き方をした筋肉のおかげでスタイルもよし。癖のある黒髪に切れ目の黒目はエキゾチックな印象を与え、えもいわれぬ魅力を醸し出している。
お高く止まるということもなく、誰にでも分け隔てなく接し、思いやりもあり、他人の間違いを本人を傷つけることなく正すことのできる人間。
彼の名は、エドワード・テイラー。
彼はまさに、誰からも賞賛される、人々のお手本だった。
――その日が来るまでは。
「我は主を信じ、主に殉ず。主に栄光あれ」
カーティアス教会本部付属魔法学園の高等部の生徒達は、皆終業の祈りを終え、各々帰寮や放課後の課外活動に向けて準備を始めていた。
エドワードを取って見ても、それは例外ではなかった。彼は周囲の生徒と同じように、自らの荷物をまとめる。
そんな彼に、一人の少女が声をかけた。
「エド、ちょっといい?」
明るい金色のボブカットに、色白の肌、碧い瞳、薄桃の唇。年相応の背丈、体付きをした少女。その身を包むのは、この学園の制服に指定されている、濃い茶色を基調としたブレザーにチェック柄のスカート。
「ん? どうした、カノン?」
彼女の名はカノン・ジェーン。エドとカノンは小等部時代からの付き合いであり――すなわち、いわゆる幼馴染であった。
カノンはその白い頬をほんのりと赤く染めながら、上目遣いでエドを見た。
「あの、エドはこの後何か予定ある? もしよかったら、王都に最近できたっていうお菓子屋さんに一緒に行かない?」
「ああ……今日は大聖堂礼拝に参加するよう言われてるんだ。だからゴメン、今回は行けないけど、今度必ず埋め合わせするよ」
「あ、そ、そっか。そうだよね、エドは司祭候補生だもんねっ。急に誘っちゃってゴメンね、私のことは気にしないで頑張って!」
肩を落としつつも、落胆した表情を見せまいと振る舞うカノン。エドはそんな彼女の頭に手を置き、軽く撫でる。
「ははは。頑張ってと言っても、見学するだけなんだけどね」
彼は微笑みながらカノンの頭から手をおろす。
「ありがとう。誘ってくれてとても嬉しいよ。――それじゃあ、また明日」
誘いを断ったことを謝るのは余計彼女に責任を感じさせるからと、素直に感謝の気持ちと喜びを伝えるエド。カノンは頭を撫でられたことに照れながらも、彼の言葉に頷き、寮に向かって帰っていった。
「――さて、行こうか。スティーブ」
カノンが帰ったことを見届けると、エドはその一部始終を見ていた男子生徒に声をかける。
「そうだな。にしても全く、カノンも可哀想だ。お前が優秀すぎるばっかりに、デートの誘いも断られちまって」
ニヤニヤしながらエドをからかう男子生徒は彼の親友のスティーブだ。彼もまた、エドと同じく司祭候補生で、この後の大聖堂礼拝の参加者であった。
「君も同じじゃないか。今日は本当はこの後シェリーとデートのはずだったんだろう?」
「あれ、なんでお前がそれを知ってるんだ?」
とぼけた表情で聞き返すスティーブ。
「先週言ってたよ」
「そうだったっけか? 俺は物覚えが悪いもんでな、忘れちまったよ。ま、それはいいとして、さっさと行くか」
「ああ」
俺は物覚えが悪い――というスティーブの言葉は、話を誤魔化すための冗談だ。なぜなら彼は司祭候補生であり、それはつまり、彼もまたエド同じく成績優秀者の中でも特に秀でた者であるということを表すからだ。
座学、実戦学、全てにおいて優れた成績を持つ者のみが、司祭候補生になれるのだ。
スティーブは、他の分野においてこそ、常に学園史上最優秀のエドの遥か下で二番手につける程度だったが、特に暗記が関わる分野に関しては、エドに勝るとも劣らない成績を叩き出している。
カーティアス教会本部は色めき立っていた。何故なら、エドの代の魔法学園生はこれまでにないくらいに優秀な生徒が揃っており、教会の明るい未来を確約していたようなものだったからだ。
――その予想が、大きな間違いであったことにも気付かずに。
大聖堂は教会本部の中心部にある建物であり、教会本部の側に建てられた学園からはすぐに辿り着ける。
石造りで重厚だが、色彩鮮やかな外観。建物内は薄暗く、ステンドグラスから漏れる光と燭台の上の蝋燭の火だけが光源だ。神や聖人を象った彫刻や厳かな内装が、見る者を圧倒し心を奪う。
エドが大聖堂に入るのは、これが初めてではない。そもそも魔法学園の入学式はここで行われるため、学園の生徒であれば誰もが入ったことのある場所である。
しかし、大聖堂礼拝という特別な儀式が行われている現場に立ち会うというのは、普通の生徒には全くない経験であり、エドにとってもこれが初めてだった。
今回エドやスティーブが大聖堂礼拝に呼ばれたのは、司祭候補として、いずれ自らが執り行うことになるであろう儀式を直に見ておいてもらおうという意図があってのことだ。そのため、彼らは一連の儀式を見学するだけでいい。
儀式は滞りなく終わり、神官たちが次々と大聖堂を後にする中、スティーブは大きく伸びをして隣のエドの肩を叩いた。
「さ、終わりだ。行こうぜエド――どうした? そんな怖い顔して?」
「ん。いや、何でもないよ。僕は司祭様に挨拶してから行くよ」
「お、そうか。それじゃあ俺は先に寮に戻ってるぜ」
スティーブはそう言ってエドに手を振り、大聖堂を立ち去って行った。
「司祭様、お疲れ様です」
「ん、エドか。どうだった、初めて大聖堂礼拝を見た感想は」
儀式の際に使用した聖書を懐にしまいながら、恰幅のいい男性が言った。
「そうですね、想像以上に荘厳でした。これまでに見てきた儀式のどれよりも」
「ふむ。この儀式は、カーティアス教においても重要な意味を持つ儀式だからな。君には将来、今日私がこなしたものと同じ役割を担ってもらう可能性がある。……しかし、君になら安心して任せられそうだ」
エドは、司祭の一番のお気に入りの生徒であった。司祭には、いずれ優れた司祭になるであろうと思われるエドを、自らの手元に置いておきたいという思惑があり、彼を特別に目をかけていた。今日の見学も、司祭自らが提案したものであった。
「いえ、僕なんかまだまだです。これからも司祭様を見習って精進します」
「ははは。全く謙虚な若者だ。そうだ、今日はこの後面白いものを見に行くのだが、君もぜひ来るといい」
「面白いもの?」
エドは司祭の言葉に首を傾げる。
「異教の国シェーミオンを侵攻中に魔法軍が回収した、悪魔の契約書だ。焚書するにあたって、私が一旦目を通すことになっている。そんなものは滅多にお目にかかれるものではない。貴重な経験になると思うのだが、どうかね?」
司祭がこのように自らが請け負う重要な仕事の際にエドを招くのはよくあることだ。他の生徒であれば希望しても決して叶わないことも、エドには許された。それはひとえに、神職者たちが彼へ多大なる信頼を寄せていることの証であった。
「なるほど、それは興味深いですね。ぜひ、ご一緒させてください」
「うむ。必ずや、悪魔の醜悪さと我らが神の偉大さを知る良い機会となるだろうよ」