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ひとまず会合用の配置を完了させて、憩たちは階下に降りた。
階段の正面にある窓に目をやると、いつの間にか天気は吹雪へと変わっていた。よほど風が強いのか、降ってくるものと下から巻き上げられたものがごちゃ混ぜになって、一面真っ白になっている。
雪には慣れてはいるが豪雪地帯ではないので、一度に降る量は通常はさほど多くない。目を凝らして見てみるが、駐車してあった憩宅の自家用車がすっぽりと覆い隠されてしまっていた。
「大丈夫かな……」
無事に会合が出来るだろうかと、憩は呟いた。決行するにしても、この吹雪では到着する頃には皆びしょ濡れになってしまうだろう。玄関先にタオルを準備しておいたほうがいいかもしれない。
憩が歩き出すと、ぴたりと真後ろにムカル、イシカ、ワコルの順についてくる。先頭が曲がると後方もそれに続く。気になって振り向くと、これまた一斉に後ろを向いた。
昨日も同じ行進をしたのでもう慣れてはいたが、一つだけ違う点は偉そうに踏ん反り返りながら歩いていたムカルが、今はどんよりとした顔で猫背になっているということだ。憩が役立たずと言ったことが相当こたえたんだろう。
落ち込んでいるのは可哀想だが、事実なので仕方がない。お客様なら心にもないことを言っていくらでも元気づけるところだが、今は従業員扱いのムカルたち。情をかけても何も生まれない。
リネン庫の扉を開けると、まっさらなシーツやタオル類が積み上がっていた。憩はフェイスタオルの束を持ち上げると、ムカルをスルーしてイシカへと手渡す。
「これを玄関までお願いします」
「わかっ……た」
少しだけ言いよどみ、イシカはこくりと頷いた。頭を下へ向けながら、目線だけをちらりとムカルへ送る。
ムカルの背中はぷるぷると震えていた。
「さ、行きますよ」
憩も持てるだけのタオルを持ち歩き出すと、ワンテンポ遅れてムカルはとぼとぼとついてきた。心配げにタオルを持つイシカと、どうでもよさそうなワコルが後に続く。
「あれ」
廊下を曲がったところで、憩は高橋の姿を見つけた。玄関先で誰かと話をしているようだ。相手はちょうど彼女の陰にいるのでよく見えない。
日帰り入浴の常連さんだろうか。
フロントの真上にある壁掛け時計に目をやると、正午にさしかかるところだった。五時から予定している会合の客とは考えにくい。
よく見ると、高橋の足元にはP箱が積んであった。瓶同士がぶつかり合って壊れないよう一定の間隔を空けたプラスチック製のケースである。この旅館にP箱が持ち込まれる理由は限られていた。中身は、酒だ。
憩は足早に玄関まで向かう。
と、高橋と話していた人物がこちらに気づいたようだ。
「おう、憩。相変わらず暇そうだな」
「今日は忙しいわよ失礼ね。平良だってうちがお酒頼まなかったら今頃こたつでゴロゴロしてたんじゃないの?」
「残念でした。年末年始は酒盛りラッシュで毎日繁盛してるっつーの」
平良と呼ばれた男は、上下のウィンドブレーカーをフードまですっぽりかぶったまま、ふんと鼻を鳴らした。腰にあてた手には、薄汚れた軍手をはめている。
憩は言い負けた悔しさからか、目線を下へと移した。酒の入った箱が目に入る。その数は二つ。注文した数には随分足りない。
「なんで二つ?」
「俺が徒歩で運んできたからだよ。親父は他の配達で車使ってるし、原付動かせるような天気じゃねえからな」
「……なんですか、高橋さん」
憩はじろりと高橋を睨みつけた。
彼女は平良とのやりとりを、くすくすと笑いながら見ていた。憩の恨みがましい視線に気づくと、口元を手で隠し肩をすくめる。
「いや、相変わらず仲がいいなと思って」
「「仲よくない!」」
憩と平良の声がハモる。
あまりに息ぴったりだったため、高橋はまた笑い出した。「ほらね」なんて言いながら。
平良はふんと鼻を鳴らしながら、かぶっていたフードを外した。その顔がほんのりと赤い。よく見ると、着ているものはびしょ濡れだった。
この寒い中、近所とはいえ徒歩で配達をしてくれたのだから、温度差で顔が火照っているのだろう。
憩は「ん」と言いながら、持っていたタオルを一枚、平良に差し出す。
同じように平良も「ん」と返事をしながらタオルを受け取り、がしがしと乱暴に頭を拭き出した。いつもは気合を入れてツンと立たせてある金髪の髪が、今日はへにゃりと重力に負けている。
なぜだかこの町の若者は年頃になると髪を染めたがる。それも自然な茶髪ではなく、明らかにブリーチで髪を痛めつけてますと言わんばかりの金色に染めるのだ。
平良もそれに漏れず高校から髪を染めだしたが、憩にはその気持ちがさっぱりわからなかった。田舎という環境への反抗心からなのか、いつまでも子ども扱いしてくる老人たちへの抵抗の表れなのか。
憩が首を傾げると、急に平良はびくりを体を強張らせた。
「わっ! びっくりしたぁ。客がきてたのか」
「あ、忘れてた。この人たちはお客さんじゃないの」
言われて憩は真後ろに立つ存在のことを思い出した。本来なら憩の首一つ分くらい身長の高いムカルだが、猫背になってうなだれているせいで見えなかったようだ。
憩がすっと横にずれて振り向く。同じように行動を真似るかと思ったが、ムカルたちはじっと立ってるだけだった。
「随分気合入った髪だな……あれ?」
ムカルの真っ赤な髪をまじまじと見ていた平良だが、何かに気づいたのか顔を覗き込むようにして姿勢を下げた。
「貴様、ムカル様に向かって無礼な振る舞いをするな!」
イシカが切れ長の目尻を吊り上げながら、ずいとムカルと平良の間に立ちはだかった。乱暴に進み出たので、持っていたタオルのバランスが崩れてぼとぼとと落下する。そんなことはお構いなしといったように絹のような肌を蒸気させると、とがった耳がぴんと立った。
「その耳……」
怒ったイシカとは対照的に、平良は信じられないといった風に眉を八の字に曲げて口をあんぐりと開けたまま呟く。
「あーあー、せっかくのタオルですのに」
わざとらしく責めるような口調で、ワコルが言った。人差し指を立てちょいちょいと動かすと、落ちたタオルが意志を持ったように動き出し、元のイシカの手元におさまった。
「ワコル、拾ったなら自分で持てばいいだろう。なぜ私に渡す」
「イシカが頼まれた仕事でしょう? 拾ってあげただけでも感謝してほしいですわ」
「そもそもなぜ私だけが頼まれるんだ」
「んなことは知りませんわ。イヤならムカル様に頼めばいいんじゃなくて?」
「ば、馬鹿なことを言うな! ムカル様にこんなこと頼めるわけがないだろう!」
「えー? また失敗しちゃうから?」
きゃははと甲高い声で笑うワコル。イシカは今にも掴みかかりそうな形相だったが、両手がタオルで塞がれているため思い止まったようだ。
ムカルは二人の発言にまた傷ついたのか、死んだような目で足元を見つめている。
「ワコル、イシカ、ムカル……? 嘘だろ、おい」
ふるふるを体を震わせ、平良はがばりとムカルの手をとった。驚いて顔を上げるムカルに、きらきらとした眼差しを向ける。
「お、おい憩。どうしたんだこの者は……」
ムカルはうろたえるが、期待するような平良の視線はまんざらでもないようだ。口調の割には口角が上がっていた。
憩は平良の行動の意味するところがわからず、首を傾げる。体の特徴や名前を聞いて何かを感じたようだが。
「平良、この人たちと知り合いなの?」
「知り合いっつーか……この人、勇者だろ!?」
「へっ?」
平良の言葉に、憩と高橋は顔を見合わせた。
「いかにも、俺が勇者だ」
満足そうに、ムカルは頷きながら言う。いつの間にか、小さくなっていた彼の背中は踏ん反り返っていた。




