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「ここにお願いします、あと四枚。あとは反対側の一面も」
テキパキと黒塗りのお膳を運びながら、憩はイシカに指示をした。
イシカは前も見えないほど大量の座布団を抱えていた。設置されたお膳の横によろめきながら一枚ずつぽとりと落としていく。
その後ろをワコルは呑気そうにしながら、乱れた座布団の位置をちょいちょいと直しながらついてきていた。
最後のお膳を置き、憩はふうと息をつきながら座敷の広間を見渡した。
旅館の二階にあたるこの場所は宴会場となっており、今日は夕方から会合で使用する予定だ。いつもは町内会の集会所で行うのだが、今回は町の重要な話し合いがあるようで、お偉いさんがたくさん来るためこの旅館を使いたいと申し出があった。
こちらとしてはありがたい話だ。団体の宿泊客など最近ではないに等しいので、宴会場を利用すること自体久々だった。朝の清掃時に暖房のスイッチは押しておいたのだが、がらんとした無駄に広い畳の間は、すっかりとぬくもりを忘れ暖まるにはまだ時間がかかりそうだった。
「おいワコル。なぜ私ばかり座布団を運んでいるんだ。お前も働け」
「えー? 肉体労働はイシカが得意でしょう? か弱い私にはとても無理ですわ」
「その、とってつけたようなですます調をやめろ。この腹黒魔術師が」
「あーあ、ムカル様の犬がキャンキャンうるさいですわー」
イシカとワコルがいがみ合っている。そういえば昨日の夕飯の際にも口論をしていた。二人はあまり仲が良くないのかもしれないと、憩は思った。
二人は憩と同じ桜色の作務衣と茶色のエプロンを身に着けている。この旅館の制服だ。作業を手伝うにはあまりにも機能的じゃない恰好だったため、着替えてもらった。イシカはきちんと着こなしているが、ワコルの豊満な胸には合わないらしく衿からこぼれ落ちてしまいそうだった。
「ああ憩。ここにいたのか」
襖戸を開け、ムカルが宴会場に入ってきた。同じように制服の作務衣を着ているが、色は上下とも茶色で、エプロンはしていなかった。なかなか様にはなっているが、真っ赤な髪と背中からはみ出た大斧のせいで違和感しかない。
憩は顔を引きつらせて笑った。
「その斧、重くないんですか……?」
「大丈夫だ、仕事には支障がない」
その姿だけで充分支障があると思うのだが。憩はそう思ったが、いちいち相手にするのも面倒なので心の中に留めることにした。
イシカとワコルの制服はいつも憩が使っているものだったのですぐに渡すことが出来たが、男性用の制服は父しか使う者がいなかったため、どこにあるかすぐに見つけられなかった。高橋に用意と着付けを任せて先に宴会のセッティングを始めたため、遅れて来たというわけだ。
「イシカ、重そうだな。俺が代わりに持ってやろう」
「そそ、そんな! ムカル様! こんなの私がやりますから、ムカル様は座っていて下さい!」
「一刻も早く宿泊料金分働いて、魔王を倒しに行くんだ。そんな悠長なこと言ってられないだろう」
「でも、でも……」
イシカは申し訳なさそうな声を出しているが、憩が見る限りでは座布団が喋っているようにしか見えなかった。
すたすたとムカルはイシカの元に歩み寄り、ひょいと積み上がった座布団の束を受け取る。
「これをどうすればいいんだ?」
「お膳の横に置いていけばいいんですわ、ムカル様」
動揺し続けるイシカに代わって、ワコルが答える。
ムカルは「そうか」と短く頷いて、歩き出した。
「待って!」
憩は思わず叫んだ。しかしその声は無駄に終わってしまう。
きちんと足元を把握せず進み出したせいで、ムカルは数歩後にはバキっと音をたててお膳を踏み抜いた。
「あーあ。ムカル様、やっちゃった」
「黙れワコル! ムカル様、ど、どんまいですよ!」
にやにやと笑っているワコルと、必死にフォローしようとするイシカ。
そんな二人には目もくれず、貫通して片足が板と一体化していてもお構いなしに、ムカルは座布団と共に進んで行く。
「ここに全て置けばいいのか?」
「違いますわ。下の一枚だけを落としていただければ、私が整頓しますから」
「なるほど、一枚だけだな」
理解したというように返事はしてみるが、大量の座布団から一枚のみを離すというのは至難の業のようだ。もたもたと指を動かし四苦八苦している。
お膳を踏み抜いたのを見て呆気にとられていた憩だが、はっと我に返った。文句と指示を出さなくては。何もムカルが必死に座布団を置かなくても、ワコルが上から一枚取ってあげれば済むことなのに。
「あ、あの……」
おそるおそる声をかける。しかしやはりその声は無駄に終わる。
力の加減を間違えたのか、ムカルは一番下の座布団をビリっと破いてしまった。ちりめん素材の生地の中から、真っ白い綿がもくもくと飛び出す。その勢いで支えがなくなり、全ての座布団が雪崩のように落下した。
「この……役立たず!」
憩はプルプルと震えてから、ありったけの声で怒鳴った。
さすがのムカルもこれには動揺し、びくりを肩をすくめる。
「お、俺が役立たず……だと」
ショックを受けたのか、ムカルは頭を抱えた。この勇者、その名に反してメンタルが弱い。
ムカルが落ち込んでる間に、憩は散らばった座布団を素早く配置し直した。破けた座布団の残骸を拾い集め、穴の開いたお膳を彼の足から引っこ抜く。
「もういいです! ムカルさんには別の仕事をやってもらいます!」
憩はキッとムカルを睨みつけ、それからワコルへと向き直った。
「すみません。ムカルさんが破損したものを、修復してもらえませんか?」
言ってから、憩は怒りを鎮めるように深呼吸した。
イライラしていては始まらない。なあに大丈夫。壊されたって、不思議な力で直してもらえばいいんだから。
「無理よ」
「……へっ?」
あっさりと断られ、憩の口からはまぬけな声が漏れた。
ワコルはつまらなそうに欠伸をしてからへらへらと笑う。
「修復魔法みたいな大技には使用制限があって、ホイホイ使うわけにはいかないんですわ。丸一日、つまり二十四時間経過しないと無理ですのよ」
「そんな……」
ホイホイと使って欲しいから旅館に留まらせたというのに。これでは計画が台無しではないか。条件付きならばお膳や座布団など優先している場合ではない。もっと有効的な使い方を考え直さねば。
憩はそう決心し、壊れた物たちをぎゅっと胸に抱きしめた。




