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雪国温泉には勇者がいました  作者: 潮崎みよ
1.勇者は急に止まらない
4/10

4

 朦朧とする意識の中、憩はゆっくりと目を開けた。古びた木目の天井がぼんやりと視界に浮かぶ。

 旅館の離れにある自宅ではない。勢いよく体を起こすと、後頭部に痛みが走った。


「いたた……」

「ああ憩、気が付いたか」


 部屋の奥から声がする。頭を押さえながら這っていくと、ムカルたちが浴衣姿で優雅に夕食を楽しんでいた。


「ここの飯は最高だな。この、煮こごり? とかいうやつは、特に素晴らしい。見た目は汚れたスライムみたいなのにな!」

「やだ、ムカル様ったらお上手ー」


 何が面白いのか、ムカルとワコルが豪快に笑いだす。イシカは何も言わずに目を輝かせながら黙々と食べ続けていた。


「あの……私はなぜこの部屋に?」

「ん? 倒れたお前を一人にしておけないと言うからな。高橋という女に頼まれたんだ。ついさっきまではいたんだが」


 憩が部屋の時計に目をやると、既に七時を回っていた。パート勤務の高橋の勤務時間は六時まで。娘さんの延長保育が七時までなので、慌てて帰ったのだろう。いつもならこんなに遅くまで働かせたりはしないのだが、悪いことをしてしまった。

 それにしたって、こんな物騒な人たちと一緒にして帰るだろうか。高橋は真面目だが大雑把なのが玉にキズだ。

 なんにしろ、この人たちとは話をつけなければいけない。貴重な客だからといって何でも許されると思ったら大間違いだ。身ぐるみを剥いででも壁を壊した報いを受けさせてやる。


「あの!」

「はいよお待ち! 名物の手作りわらび餅だ!」


 襖戸をスパンっと勢いよく足で開け、加藤がお盆いっぱいにわらび餅を持ってやってきた。それぞれのお膳に取り分ける。

 その様子を見ながら、ムカルが歓喜の声を上げた。


「おおっ! これは凄いな。素晴らしくスライムそっくりだ」

「きゃっ、ぷるぷるよぉー」


 ワコルがしなを作って身をよじらせる。わらび餅に負けじと、浴衣からこぼれんばかりの胸がたゆたった。

 イシカはじゅるりとヨダレを垂らしている。


「ちょ、ちょっと加藤さん! 何呑気にデザート振舞っちゃってるんですか!」

「おっと嬢ちゃん、目が覚めたのか。こいつら何でも気持ちよく食ってくれるんだぜ。俺も作り甲斐があるってもんよ」

「この人たちがやったこと、加藤さんも見たでしょ!? 壁にあんな大穴開けて……どうしてくれんのよ!」


 憩が大声を張り上げ、柱にドンを拳を叩き付ける。口の中いっぱいにわらび餅を頬張るムカルたちを睨みつけた。

 一瞬の沈黙。だが、静寂は加藤によって破られた。真剣な憩の顔を見ながらぷっと噴き出し、膝をバンバンと叩きながら笑い出した。


「な、何が可笑しいんですか!」

「いや、悪い悪い。嬢ちゃんは寝てたから知らないよな。ホラ、見なよこれ」


 加藤がエプロンのポケットから携帯電話を取り出し、そこに画像を表示させた。


「……これ、創業当時の浴場の写真じゃないですか。廊下に貼ってあるやつ」


 フロントから大浴場へと延びる廊下には、創業からの旅館の軌跡がパネルとして飾られている。加藤が見せた画像には、パネルと同じ真新しいの大浴場が写っていた。


「違うよ嬢ちゃん。これは今日、ついさっき撮った写真だよ。このおっぱいのデカい姉ちゃんが、穴どころか浴場全部ピカピカにしちまったのよ」

「へ?」


 憩は加藤から携帯を取り上げ、食い入るように写真を見つめてから、ワコルをゆっくりと見た。

 おっとりとしたタレ目をさらに緩ませ、ワコルはにこりと微笑んだ。


「ごめんねぇ? うちのムカル様、ちょっとアレだから。でも大丈夫よ、ちゃんと修復しておいたから」

「おいワコル! ムカル様に向かってアレとは何だアレとは!」


 ワコルの言葉に、イシカがフォークをグサリとわらび餅に突き立てる。

 今にも掴みかからんとイシカは鼻息を荒くして身を乗り出すが、ワコルは知らんぷりを決め込んで鼻歌を歌っていた。

 ムカルは一つひとつの料理の説明を加藤に受けながら、熱心そうに頷いている。

 憩はぼーっとしながら、再び画面に写る大浴場へと目をやった。修復どころか、何度こすっても落ちなかった湯垢や、傷の一つすらも見当たらない。

 壁をたやすくぶち破ったり、直してみたり。この人たちは一体何者なんだろう。破壊は困るが、この修復の力は使える。

 もしかして、この人たちならば……と、憩は息を飲みこんだ。

 幸いこの旅館が気に入ってくれたようだし、今日のところはゆっくりと休んでもらおう。そして明日、事情を話してみよう。

 憩はこくりと頷き、とっておきの営業スマイルでお酌を始めた。

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