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雪国温泉には勇者がいました  作者: 潮崎みよ
1.勇者は急に止まらない
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 赤い髪の青年が体当たりを仕掛けてくる。それも、何度も。

 あまりにグイグイとぶつかってくるので、桃野憩もものいこいはバランスを崩し、何度か踏ん張ろうと後退したが、抵抗むなしく尻もちをついた。降ったばかりの柔らかな雪が衝撃を和らげるが、その代わりに凍えるような感覚がエプロン越しに伝わってきた。

 そんな憩の姿を見てもなお、赤髪の男はこちらへ勢いよく歩き出してくる。


「ちょっと、ストップ! やめてください!」


 憩がわたわたと手を動かしながら制止する。

 すると、無表情で突進してきた男の動きが、ぴたりと止まった。


「やっと喋ったか。随分と鈍い村人だな」

「なっ! 失礼な! そりゃここは田舎ですけど、これでも町なんですよ! 村じゃありません!」


 かっとしながら、憩は飛び出すように立ち上がった。念のため男と距離をとって後ずさり、おしりについた雪を両手で払う。ちょっと座っただけなのに、エプロンはしっとりと湿っていた。

 雪深いこの場所は、人口わずか五千人程度の小さな町だった。山に囲まれた土地は、冬は峠越えが困難なため、訪れる人は稀だ。山間を縫うように伸びていた鉄道は、利用者の減少により、今は廃線となっている。

 憩はふうと溜息をつき、国道沿いの歩道にぽつりと立っているバス停を指さした。


「ほら、町って書いてるでしょ?」


 錆びてボロボロになったバス停の標識には、『町立病院前』と書かれていた。

 町の主な交通機関は、日に一度だけ隣の市まで往復するこのバスのみ。しかしこのバスですら経営は芳しくなく、本数を減らすか廃止の案も検討されている。人口の半数以上が高齢者の限界集落から唯一の移動手段を奪えば、過疎化を進める結果となるのは目に見えていた。


「もっと有益な情報はないのか。もう少し当たれば何か違うことを言うかもしれん」

「へ? ちょっと! 止まれー!」


 男はバス停などどうでもいいという様子で、さらにズンズンと歩み寄ってきた。しかし、憩が止まれと言うと素直にピタリと止まる。


「なんなのもう……」


 訝りながら、憩は男をねめつけた。真っ赤な髪に、藍色のバンダナのようなものが巻かれている。バンダナには波のようなクネクネとした白いラインが描かれていた。同じ素材のケープを首に巻き付け、その下からは男の髪色に似た深紅のマントが伸びている。背中には無駄に装飾の多い巨大な斧を担いでおり、それを支えるベルトが肩からわき腹へと固定されていた。

 あんな物騒な斧を持って、どこへ行こうというのか。薪ストーブを使う家庭も多いので斧自体は珍しくはないが、刃が背中に納まりきらないほど大きい物は、見たことがない。

 じろじろと斧を見ていると、男の背後で何かがもぞもぞと動いた。憩はひょこりと首を傾け、一歩横に踏み出す。


「わっ! ビックリしたぁ」


 男の後ろに、二人の女性が立っていた。なぜかぴったりと男の真後ろに位置取りして並んでいるため、斧に隠れて見えなかった。


「さ、寒いですね……」


 男のすぐ後ろにいた女の人が、ぷるぷると震えていた。

 それもそのはず、真冬だというのに露出が多すぎる。緑を基調としたセパレート水着のようなものを身に着けている。背中には弓と矢筒と背負っていた。同色のマントと申し訳程度のプリーツスカートでは防寒にはならないだろう。透き通るような金髪から、長く尖った耳が飛び出しているが、寒さのせいで赤らんでいた。


「だらしないですわねえ」


 最後尾にいた女性が、溜息交じりに言った。

 真っ黒な髪に、真っ黒な服。先が尖がり、つばの広い帽子をすっぽりと被っている。ケープ付きのマントで全身覆われているので、中がどうなっているかはよくわからない。マントの隙間から見える手には、頭頂部分にターコイズブルーの大きな石がはめ込まれた杖を持っていた。


「そうだ。これから魔王のところへ行くというのに、今から泣き言を言ってどうする」


 男がくるりと振り返る。すると、その動きに合わせて女性二人も回れ右をした。

 とにかく怪しい人たちだと、憩は思った。しかし、男の発言にぱっと表情が明るくなる。


「今、まおうって言いました?」

「ああ、言った。俺たちは魔王を探しているんだ」

「ここ! この先がまおうですよ!」

「ほう。やっと意味のある台詞を発したな。もう少し当たらないとダメかと思っていたが」


 男の発言に憩は全力でかぶりを振った。これ以上の体当たりはごめんだ。独特なコミュニケーション方法だが、何か意味があるのだろうか。髪の色といい奇行といい、外国の人なのかもしれない。それにしては流暢な日本語だが。


「ごめんなさい。この時期、観光客なんて珍しくて」


 バス停のある国道からさらに奥にある丘陵を総じて摩奥まおうと呼んでいる。山の麓にある温泉旅館と牧場くらいしか目玉となるものはないが、冬の間はなおさら見どころがなく、閑古鳥も鳴きっぱなしだ。


「うちの旅館のお客さんだったんですね! この辺りの宿泊施設は一軒しかないんですよ。是非ゆっくりしていってくださいね。うちの温泉は泉質がいいので、、あったまりますよ!」

「宿屋か……そうだな。魔王と戦う前にセーブをしておきたいところだったし、休んでいくか」

「ご案内いたしますので、どうぞこちらへ!」


 何やらおかしな御一行だが、客というなら話は別だ。

 先導する憩のすぐ後ろにぴたりと並び、男は歩き出した。その後を二人の女性がついてくる。雪かき前の道は足跡をたどるように一直線になって進むこともあるが、旅館からバス停までの道のりは人が並んで歩ける程度に除雪されていた。

 はっと思い返して、憩は振り向いた。続いて男たちも振り返る。面倒くさい人たちだ。


「すいません、自己紹介がまだでしたね」


 そう言うと、男たちは再び振り返り、憩に向き直った。


「私、桃野憩って言います。摩奧温泉旅館の一人娘なんです」


 ぺこりと憩が頭を下げる。ポニーテールの髪がくるりと裏返った。

 頭のすぐ横に手が差し出され、憩は顔を上げた。男が微笑んでいる。今までの無表情とはうって変わって、優しげな表情を向けている。髪と同じ赤い瞳が、キラキラと雪に反射して輝いていた。


「俺は勇者だ。よろしく、憩」


 きりっとした上向きの眉。まだあどけなさの残る柔らかな笑顔だ。歳は高校生の憩とそう変わらないかもしれない。ゆっくりと憩は男の手をとった。吐く息も白いこの寒空の中、彼の手は温かかった。


「よろしくお願いします、ユーシャ様!」


 それが、憩と勇者御一行との出会いだった。

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