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ハローハローワーカー  作者: おおやま
13/16

選択 2

 食事の用意をするから待っていてね。そう言ってコラリーさんは厨房に入った。

 あたしは少し上の空。

 だってあんな笑顔を見てしまったから。

 店を出て、よく整理された庭を歩きながら考える。


 あたしの一番大切な人のこと、お父さん、お母さん。……また、大切な人が消えちゃうのかな? 


 少しだけ涙が出て庭の土に染みを作った。


 こんな気持ちは久しぶりだ。でも理解している、それがこの世界のルール。


 この綺麗な庭も、立派なお店もぜんぶ……嘘。


「みやちゃんっ お店の中に入ってらっしゃい、おいしいパスタができたわよ」


 このまま帰ろうかとも思ったが、ちゃんと確認しなければならない。

 確認したい。コラリーさんが何を選択したのか。本当に ……大好きなコラリーさんだから。


 「ほらっ バジルとトマトのパスタ。おいしそうでしょ?」


 やっぱり悲しい笑顔でコラリーさんは言う。ちっちゃなあたしはもう耐えることができなかった。


 「あなたは消えちゃうんですか?」

 「……みやちゃん」

 「行っちゃうんですか? あなたもっ!」


 「そうよ」


 コラリーさんは笑顔の消えた悲しい顔で答えた。

 そんな顔見たくなかったのに、あたしはただ確認したかっただけなのに、どうして……責めるような口調で言ってしまったんだろう?


 「最後にね、ここの花壇で育てたバジルを使って、私の大切な人が得意だったこのパスタを作りたかったの」


 最後、その言葉はあたしの心にずんと響く。


 あぁ、この人はやっぱり選んだんだ。あたしには全然わからない、理解できない選択。


 どうしてみんな、みんなみんなみんなっ! 

 こんなふうに行っちゃうんだろう。


 「……」

 「うふふっ そんな顔しないでみやちゃん、去年までね、このお店は夫婦で切り盛りしていたの。 本当はレストランだったのよ? イタリアンのお店。私一人じゃ大変だったから喫茶店に変わっちゃったけどね。でも先月でお店をたたんじゃった」


 そう言ってコラリーさんは窓から庭を見る。

 懐かしいものでも見えるような目つきで、きっとそれはあたしにはみえない景色。

 いつもこの店で、お客さんの来なくなったこの店で、彼女はなにを見てきたんだろう?


 「……どうしてひとりになったんですか?」


 わかっているのに訊いてしまう、理由なんて「ひとつ」しかないのに。


 それはあたしが子供だからなの? ちっちゃいからなの? 

 でもっ でもさ、せっかく知りあえたのにこのお仕事が終われば……お別れなんて、凄く仲良くなれたのに、もっとおいしいお菓子を食べに来ようと思ったのに、もっともっと…… 


 そんなの…… やだよ。


 「彼は言ったわ、自分のできることがしたい、幻じゃなくて、自分の手で掴めるものを手に入れたいって、私と幸せに暮らすのは満足できないの? って喧嘩になっちゃった、うふふっ」


 そう言ってコラリーさんは悲しく笑う。

 いままで何度かあたしもそんな笑顔を見たことがあった、


 みんな消える前にはそんな顔をするんだ、


 ここで、この世界であたしの一番嫌いな笑顔。悲しい笑顔。


 「彼を追いかけることはしなかった、私になにができるかわからなかったし、 ……怖かったし、それに、彼には絶対来るなって言われていたしね」

 「じゃあ、行かなくてもいいじゃないですかっ! ここで暮らしていたらいいじゃないですかっ! せっかく仲良くなれたのに、そんなのっ……」


 大きな声を出してのどが少し痛かった、少し涙も出ているかもしれない。

 でもあたしより多分……本当はわかっている、だけど、あたしには受け入れられない。


 「でもね、しばらくひとりで生きて、ずっとこのあたたかい場所で生きて…… 気づいたの、彼の居ないこの世界は幻なんだって。あははっ あの時、怖がらずに彼についていけばよかった、こんな通知が来るまでっ…… どうして気づかなかったんだろう、私って駄目ね」


 そう言ってコラリーさんは黄色い封筒を見せてくれた。


 それは戦死者の家族だけが受け取れる封筒。


 「私は行くの、私にできることを探して、私が役に立てることを探して、それは私が選ぶこと、選んだこと、それがこの世界のルールでしょ?」


 あたしはなにも言えなかった、ちっちゃなあたしには ……なにも言えなかった。


 「ごめんね、みやちゃん、いろいろよくしてくれたのに悲しませちゃったね、でももう決めていたことだから……せめて最後はあなたの笑顔を見せて、好きなのよ、みやちゃんの笑った顔」


 そう言って悲しく微笑むコラリーさん、すっかりパスタも冷めてしまった。


 でもあたしは笑えなかった。

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