選択 2
食事の用意をするから待っていてね。そう言ってコラリーさんは厨房に入った。
あたしは少し上の空。
だってあんな笑顔を見てしまったから。
店を出て、よく整理された庭を歩きながら考える。
あたしの一番大切な人のこと、お父さん、お母さん。……また、大切な人が消えちゃうのかな?
少しだけ涙が出て庭の土に染みを作った。
こんな気持ちは久しぶりだ。でも理解している、それがこの世界のルール。
この綺麗な庭も、立派なお店もぜんぶ……嘘。
「みやちゃんっ お店の中に入ってらっしゃい、おいしいパスタができたわよ」
このまま帰ろうかとも思ったが、ちゃんと確認しなければならない。
確認したい。コラリーさんが何を選択したのか。本当に ……大好きなコラリーさんだから。
「ほらっ バジルとトマトのパスタ。おいしそうでしょ?」
やっぱり悲しい笑顔でコラリーさんは言う。ちっちゃなあたしはもう耐えることができなかった。
「あなたは消えちゃうんですか?」
「……みやちゃん」
「行っちゃうんですか? あなたもっ!」
「そうよ」
コラリーさんは笑顔の消えた悲しい顔で答えた。
そんな顔見たくなかったのに、あたしはただ確認したかっただけなのに、どうして……責めるような口調で言ってしまったんだろう?
「最後にね、ここの花壇で育てたバジルを使って、私の大切な人が得意だったこのパスタを作りたかったの」
最後、その言葉はあたしの心にずんと響く。
あぁ、この人はやっぱり選んだんだ。あたしには全然わからない、理解できない選択。
どうしてみんな、みんなみんなみんなっ!
こんなふうに行っちゃうんだろう。
「……」
「うふふっ そんな顔しないでみやちゃん、去年までね、このお店は夫婦で切り盛りしていたの。 本当はレストランだったのよ? イタリアンのお店。私一人じゃ大変だったから喫茶店に変わっちゃったけどね。でも先月でお店をたたんじゃった」
そう言ってコラリーさんは窓から庭を見る。
懐かしいものでも見えるような目つきで、きっとそれはあたしにはみえない景色。
いつもこの店で、お客さんの来なくなったこの店で、彼女はなにを見てきたんだろう?
「……どうしてひとりになったんですか?」
わかっているのに訊いてしまう、理由なんて「ひとつ」しかないのに。
それはあたしが子供だからなの? ちっちゃいからなの?
でもっ でもさ、せっかく知りあえたのにこのお仕事が終われば……お別れなんて、凄く仲良くなれたのに、もっとおいしいお菓子を食べに来ようと思ったのに、もっともっと……
そんなの…… やだよ。
「彼は言ったわ、自分のできることがしたい、幻じゃなくて、自分の手で掴めるものを手に入れたいって、私と幸せに暮らすのは満足できないの? って喧嘩になっちゃった、うふふっ」
そう言ってコラリーさんは悲しく笑う。
いままで何度かあたしもそんな笑顔を見たことがあった、
みんな消える前にはそんな顔をするんだ、
ここで、この世界であたしの一番嫌いな笑顔。悲しい笑顔。
「彼を追いかけることはしなかった、私になにができるかわからなかったし、 ……怖かったし、それに、彼には絶対来るなって言われていたしね」
「じゃあ、行かなくてもいいじゃないですかっ! ここで暮らしていたらいいじゃないですかっ! せっかく仲良くなれたのに、そんなのっ……」
大きな声を出してのどが少し痛かった、少し涙も出ているかもしれない。
でもあたしより多分……本当はわかっている、だけど、あたしには受け入れられない。
「でもね、しばらくひとりで生きて、ずっとこのあたたかい場所で生きて…… 気づいたの、彼の居ないこの世界は幻なんだって。あははっ あの時、怖がらずに彼についていけばよかった、こんな通知が来るまでっ…… どうして気づかなかったんだろう、私って駄目ね」
そう言ってコラリーさんは黄色い封筒を見せてくれた。
それは戦死者の家族だけが受け取れる封筒。
「私は行くの、私にできることを探して、私が役に立てることを探して、それは私が選ぶこと、選んだこと、それがこの世界のルールでしょ?」
あたしはなにも言えなかった、ちっちゃなあたしには ……なにも言えなかった。
「ごめんね、みやちゃん、いろいろよくしてくれたのに悲しませちゃったね、でももう決めていたことだから……せめて最後はあなたの笑顔を見せて、好きなのよ、みやちゃんの笑った顔」
そう言って悲しく微笑むコラリーさん、すっかりパスタも冷めてしまった。
でもあたしは笑えなかった。




