(3)
建物の中に入りましたねぇ……その建物の正体とは?!
2021/10改稿
「すっっごく、カビ臭い。暗い。湿ってる」
固く湿った足元を踏みしめながら呟くキディの声が反響してくる。
「扉開けっ放しで周りはほとんど砂漠に近い環境で……なんでここまでじっとりしてんだ……?」
レンの言う事はもっともだった。
神殿に足を踏み入れると、すぐに陽の光は届かなくなった。入り口はかなり広く口を開けているのに、何かに遮られてでもいるように暗い。
外で聞こえた足音は、今は全く異質の音に変化していた。濡れているわけではないが、湿気を帯びた硬い足音、靴と地面に残った、僅かな砂が擦れるような音だ。
外観を調べた時、入り口の左右についていた窓は開いていた筈だ。いや、確かに窓は開いている。光が差し込んでいないのだ。
生温く、湿った空気が淀み、息苦しさを覚える。
「レン、ランプは?」
互いの姿さえ確認し辛い暗がりの中で、振り返ったキディが問う。キディの目には何がどう映っているのか、覗き込んでも分からないだろう。
がさごそと自分の荷物を探るレン。ほどなく目的の物を見つけ出したようだ。他の物を落とさないように気を付けながら、手探りでランプの灯りを灯す。
ぱちんっ
小さな音がやたらと響く。音と共に、彼らを柔らかな灯りが照らし出す。
「わあっ」
「げえっ?!」
同時に二人が声を上げる。一つは分かりにくい感嘆の声。もう一つは分かりやすい嫌悪の声。
ゴゴゴゴゴゴゴ……どごおん……
腹に響くような低い音が、嫌な余韻を残して響き渡ると、彼らの姿が先ほどよりもはっきりと灯りに照らし出される。
……入り口の扉が閉まったのだ。
「わーいお約束ぅ」
緊張感のない声はキディのものだ。
「あああっ!」
「何?」
「両側の窓まで閉まってやがんの!」
どこか緊張感のない二人だったが、改めて自分たちが置かれた状況を確認すると、ようやく少しだけ焦りが出てきたようだ。
「で…………? どーすんのさ?」
キディの声は相変わらず無感情だが、雰囲気だけはじっとりとした空気を孕む。
入り口の扉、そしてその両脇にあった窓は完全に閉まっている。ランプを照らして調べてみても、それが存在した痕跡はまったくなかった。壁には継ぎ目どころか石の質感さえなくなっている。
「なんか……『喰われた!』って気がするな……」
喰われた気になってみると、足元や近くの壁が石ではないような気がしてくる。何か巨大な生き物の口の中に放り込まれたような感覚。……実際そんな目に遭ったことはないのだが、想像だけで十分だろう。
「この壁ね……妙に温かい気がするね。……生々しいし……。あっ」
「あ?」
「動いたっ」
「ああ?」
レンが持つ僅かな灯りを頼りに、周囲の壁をぺたぺた触りながら、キディが声を上げる。レンは訝しんだだけで、自ら触って確認しようとはしない。代わりに、キディの手元を照らし出す。
見た所、動いている様子はなさそうだが、触っていたキディの感触の方が正しいに違いない。
「これ……、もしかして、岩石生命体ってヤツじゃない?」
キディが記憶をたどり見つけた単語を口にする。
「岩石って……、おいっ?!」
言葉を繰り返そうとして、レンは瞬時にそれが示すモノのデータを呼び起こしたらしい。表情に焦りの色が濃くなった。
岩石生命体。
どういう機序で発生するのかはまったく分かっていないが、そう呼ばれる生命体が存在する。
外観は全く無機質な岩石そのもの。自ら獲物を探すために動き回ることがあるのかどうかは不明だが、近付いた有機体をその中に取り込み吸収してしまうと言われている。
取り込んだ有機体をどう利用しているのか、そもそもどうやって生命活動をしているのか、存在自体に疑問を抱く。が、この世界にはそういったモノが溢れている。
生命として存在するに足りない理由で存在するものが。
それで、この岩石生命体。大きさは小石程度、虫を取り込むような小さなものから、伝承では海の中に存在して最大級の哺乳類でさえ取り込んでしまうものもあるという。
ここでは中に入ってきた人間を餌としているようだ。
「すごーい……、初めて見るね。これがそうなのかぁ」
間延びした声には緊張感のカケラもない。
「カンドーに浸ってるバヤイかっ? もしそうなら消化されちまうぞ!」
こちらもこちらでどことなく緊張感が足らなさそうだ。……壁を叩くとか叫ぶとか、もう少し暴れても良さそうなものなのだが。
「ああ、そうだった」
と、周囲に目を走らせるキディ。ふと目に入った光景を解説する。
「気付くと壁から何やらグロい液体が」
「マジかよ……消化液みたいなもんか?」
「知らないよそんなの。触ったらジュワってなっちゃうとかかな。レン試してみたら?」
「却下」
じわりじわりと滲み出て来るのは、ランプの灯りに紫色に浮かび上がる粘液。光が当たる角度によっては緑色に見えなくもない。要するに、気持ち悪い色だ。
「と、待てよ?」
「待てないと思うけど、何?」
「外から見たあのモヤは一体何なんだ? まるっきり無意味な演出か?」
靄に踊らされていた自分が納得できないらしい。
「ホントにどうでもいいよね、そんなこと。それより今は消化されずにすむ方法を考えた方がいいんじゃない? ホントに食べられちゃうよ?」
疑問には答えてくれなかったが、もっともな意見を聞いて現実に向き直る。
こういうときの対処方法や困難から脱出するための策を弄するのはレンの役目だ。キディはいつも何も考えていない。そのくせ自分が納得できるまで厳しく突っ込むのだからタチが悪い。
ふぅむ……とレンは顎に手を当てて考えてみる。
「入り口は……開けてくれそうもねーな……」
「そりゃあね。こいつにしてみたら僕らは食べ物だから」
「となると、奥……か。出口があることを祈ろう」
入ってきた方とは逆の方へランプをかざし、やはりどこか他人事のように呟きながら一歩を踏み出す。
「これじゃあ、村の人達が生存してる可能性は限りなく低いね」
進むにつれぶにぶにしてきた足元を眺めつつ、無感情に呟くキディの声が異様な程に冷たさを孕んだ。
「俺たちの命運も尽きるかもな……」
諦めが早いのか、それともまだ己への危機感が足りないのか。レンの言葉はどこか現実味がない。
「ああああああマジメに実家の跡継いで畑仕事でもしてりゃ良かったかなぁ」
「この前は実家はパン屋さんだって言ってなかったっけ?」
「兼業農家なんだ」
「なんか意味違わない? あ」
「あ? あああっ」
キディの無感情な声に、レンの声が疑問と驚愕の響きをもって重なった。
あれからどれだけ歩いただろうか。周囲の壁や地面はすっかり岩石の様相からかけ離れ、生々しさを感じさせる柔かいものに変わっていた。
「行き止まりだね」
そう。行き止まり。
目の前には上下方向に向かって垂直に伸びるぶにぶにした壁。数歩先には吸い込まれそうな穴が、ぽっかりと口を開けている。左右は手を広げると届く距離に、みっちりと壁。
先を歩いていたレンは、ランプを差し出して様子を伺う。
ぼんやりとした光が、穴の底をかすかに照らし出す。周りの壁と同じ色をした触手がみっちりとその中に生えている。太さは彼らの腕程だろうか。
次いで上を見る。
「ん?」
「どうしたの? 人生諦めた?」
「馬鹿言うなっ! 俺は二百まで生きるんだッ! そうじゃなくて、お前のナイフで上のアレ、あの出っ張ってるヤツ、何とか押せねーか?」
「えー」
「えー、じゃないっ! ほれ、下の方のこのウネウネした物体と連動してるみたいだから、もしかするかもしれないじゃないか」
レンが示したのは、彼らの身長二つ分くらい上にある突起だった。吸盤のようにも見えるそれは、壁や触手とは確かに異質。
「仕方ないなー……。えいっ」
やる気があるのか無いのか分からないが、一応かけ声を発しながら、自分のナイフを突起目がけて投げつけるキディ。日々の訓練もあってか、キディのナイフ投げの精度は高い。態度と言葉とは裏腹に、放たれたナイフは真っ直ぐに突起を穿った。
ぼすっ
「……変な音」
ナイフが刺さったとは思えない音に、正直な感想を漏らすキディ。……と。
ぞばあぁっ……
なまなました、粘着質の物が擦れるような音。何とも気色悪い音が続く。
「お?」
「開いたぁ」
彼らの目の前に立ち塞がっていた壁が縦に裂け、ぽっかりと暗い口を開けた。
「ほれ見ろ、もしかしたじゃないか……」
勝ち誇ったような顔で言いながら、レンは一歩を踏み出す。——が。
ずるっ!
「うどわっ?!」
「足元注意だよ、レン」
「っ、もうハマったあああっ! 縦穴だったあああっ!」
そう。目の前の壁に気を取られ忘れていたが、彼らの足元には穴があったのだ。触手を広げて落ちてくる獲物を待ち受ける深い縦穴が。
レンは開いた壁の穴に到達する前に、暗い穴に吸い込まれるように落ちて行く。
「ああ、待ってよ」
そして何も考えていないキディも、レンを追いかけて穴に飛び込む。……ナイフを使った意味がない。
ばす……っ
固い毛布を敷き詰めたような音をたて、レンは背中から穴の底に着地した。
「だあっ! 背中打ったッ! 息できねえっ……」
悲鳴に続いた声は掠れて音になっていない。
どっかん!
悶絶するレンに止めをさすべく(違う)、その上にキディが着地した。
「あ、もうレンてば、一人で先に行かないでよ。……レン? 大丈夫?」
その場から動くことなく、自分の下で暴れているレンに声をかける。もちろん心配なんてカケラもしていない。
「大ジョブなわけねーだろうっ?! いてーじゃねーかっ! もうちょっとで死ぬとこだ」
渾身の力でキディをはねのけ、ようやく自由を取り戻したレン。
「そんだけ叫べたら平気だね。先に進もう」
振り回すレンの両腕の射程から離れたキディが、辺りを見回して言う。彼らの目の前には、さらに奥へと繋がる道があった。
「くそう……コイツいつか首締めてやる」
毒づきながらキディについて歩き出す。しばらく背中をさすっていたが、彼もまたかなり頑丈な身体を持っていた。
歩き出す彼らを覗き見る視線がある。
『そう……それでいい、そのまま進めば……」
誰にも届かない呟きは、粘液質の壁に吸い込まれて消えて行く。
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