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第二章突入です。こちらも2021年10月に改稿してます。色々と加筆修正。
爽やかな朝の風が、誰も居ない家々の隙間を流れていく。……こんな世界でも、朝の風は穏やかだ。
人の気配すらない家々の中に一軒だけ、ともすれば場違いとも言える騒々しさを出す家があった。
バタバタパタ……っ
階段を、決して上品とは言い難い音で勢い良く上って来る足音。この家の現主人・シアンのものだ。朝早くから起きて、昨日からここに滞在している客人へ、朝食の知らせを持ってきたようだ。
「レンさん、キディさん、おはようございますっ! 朝食の支度がてきましたよ! ……あら?」
ノックもそこそこに、ドアを開け放つや否やのハイテンション。
が、そこに二人の姿はなかった。
シアンは不思議そうな顔をしつつ踵を返す。広くもない廊下や階段をきょろきょろしながら、二人の姿を探す。
「……どこへ行ってしまわれたのかしらっ……?」
一人取り残された過去がある彼女にとって、歓迎したはずの二人の姿がないことは、少なからず不安をかき立てられるらしい。
「レンさーん! キディさーん!」
ざっ……!
一階に降りて来ると、固い靴底が乾いた地面を擦る音が聞こえてきた。
シアンは音のする方へと小走りで近付く。窓にへばりつくようにして外を確認すると、ようやくほっとした溜め息を漏らした。
「はッ……!」
レンが気合いで短く息を吐く。
彼が手にしているのは、二本の棒。一本の長さは通常の剣よりも少し長めで、二本のそれを細いチェーンで繋げている。
対するキディは声を出さず、呼吸もまったく乱していないようだが、レンが繰り出す攻撃を大振りのナイフで受け止め、いなし、攻撃を繰り出している。
これは二人のいつもの朝の光景だ。運動の代わりに互いに武器を交え、この世界で生き残るための技術を磨いているのだ。
「あっ」
レンの棒を自分の顔面近くで受け止めながら、不意にキディが口を開く。視線はレンではなく、家の方。
「あ?」
「呼ばれてる」
「おお、朝飯かな」
彼らにとっての準備体操みたいな戦闘訓練を、なんの前触れもなく中断したその姿勢のまま、彼らはシアンの声と姿を発見した。そのまま何事も無かったかのように、彼女の家へと戻っていく。
「お二人とも、もう起きてらしたんですね?」
「おはよう、シアン」
「おはよ」
「おはようございます! 朝食の準備、出来てますよ!」
礼儀正しく挨拶を済ませた三人は、シアンの案内で昨夜も座った席へと案内された。彼女のお手製の料理が所狭しと並べられ、湯気と共に食欲をそそる良い香りが部屋中に漂っていた。
この村の現状を見る限り、採れる食材はかなり限られている。それでも、あるだけの材料でよくもまあこれだけの物を作ったものだと、誰もが感心する程の料理だった。
「あのさ」
そんな料理を口に運びながら、レンが口を開く。
「はい?」
しっかりと飲み込んでから、シアンは手を置いてレンに向き直る。
「昨日も思ったんだけど……珍しい料理だよね」
「あっ、お、お口に合わなかったのでしょうか……っ?」
ガタンッとやたら派手な音を立てて椅子を蹴倒すように立ち上がるシアン。やはりオーバーアクションで、両手で口を押さえて大慌て。……それにはレンも、さすがのキディもちょっとだけ引いた、ように見えた。
「い、いや、別にそういうことじゃなくて……言い方悪かったか? ……これ、ここらの郷土料理?」
「え、え?」
「うん、珍しい味がする……」
無表情で料理を口に運びながら、レンの言葉を補足するキディ。
「こういうのは初めてだよね、レン」
「はあ……? 初めて、ですか?」
レンたちの言葉を理解しきれない様子のシアンが、オウム返しで問う。
「俺たち、旅暮らしが長いんでね。色んな土地を巡ってるけど、郷土料理っていってもさ、どこも似たような料理だったから。ま、この世界じゃ食材が限られてるから当然っちゃ当然なんだけど」
グリルされた根菜を葉野菜で包んで口に入れるレン。
「ここの気候や風土が変わってるのかな?」
それにしても、女性が一人で賄っているにしては収穫され利用されている種類が多すぎるような気がする。現在食べているものだって、そこまで保存が効くようにはできていないようだし、保存食を利用している気配も見受けられない。
料理の腕前だけで、あるものをご馳走にまで昇華させるとは……なかなかの腕前なのだろう。
いつの間にか食事を終えていたキディは、ハーブティーの入ったカップを口に運びつつ、窓の外を見ながら言う。
「は、はあ……村の畑などで採れるものばかりですけれど……」
レンやキディのようなことを言われたのは初めてだったのだろう。それにしては歯切れが悪いが、どうやら二人は自分たちの中で結論に辿り着いたらしく、それ以上何かを追求して来る事はなかった。
しばし、食事と他愛ない話が静かに続く。
がりっ
「っ!? あだっ」
「……今なんかスゴい音……歯が砕けた音がしたみたいだけど」
「だ、大丈夫ですか? どうされたんですかっ?」
キディの恐ろしい予測の言葉に、慌てふためくシアン。注目を集めたレンは、口元を押さえてはいるものの、片手を振って『大丈夫』アピールをしている。
「ああ、大丈夫だいじょぶ、何か固いもん齧っただけだから。……ちなみに歯は砕けてない」
「あ、あの、すいませんっ!」
恐縮して深々と頭を下げるシアン。
「平気だよ、この人、口の中まで頑丈にできてるから」
「おう」
キディの失礼な言葉に怒ることもなく、レンはそのまま食事を続けている。最後の一口を飲み込んだところで、おもむろにレンが口を開いた。
「そうだシアン」
「はい」
「今日これから例の神殿まで行ってくるから。キディと二人でさ」
「あ、あの! それでしたら私も……」
言いかけるシアンを遮って、今度はキディが口を開いた。
「いや、家にいた方がいいよ。原因も何も掴めてないから、何かあっても護りきれる自信ないし。ねえレン」
「まあ、そういうことだから。俺たちも今日は様子見程度で終わらせるつもりだけど」
そう言って、一度言葉を途切れさせ、シアンに向き直る。
「もし夜までに帰ってこなかったら」
「か、帰ってこなかったら……?」
「村の人たちには悪いけど……、一度この村を出た方が良いと思う」
「そ、そんな!」
真剣味を帯びたレンの視線に、驚きと戸惑いを隠せないシアン。やはり真剣さを声に乗せたまま、レンが続ける。
「この村、何だか嫌な気配があるんだ。まあ、これは俺の単なる勘だけどね。用心するにこしたことはないから」
最後の台詞は、安心させるように少しだけ優しい声。
「うまくどこかの都市に入れたとしたら、大陸調査隊に依頼して、改めて神殿を調査してもらうといいよ、その方が安全だし」
この世界に、地図はない。近隣の村や都市というのが、どこにどのくらい、どんな規模で存在しているのか、そんなことさえ分からない世界だ。
その世界を、女性一人が旅をするのがどれほどの危険を伴うものなのか。
……そのくらいはどこか頼りないシアンにも分かる。その表情から心境を読み取ったように、レンが続ける。
「大丈夫、まだ途中なんだけど、俺のオリジナルの地図と、方角を知るための道具をここに置いていくから。一番近くの都市まではだいたい三日か四日で行けると思うよ」
「いつの間にそんな物つくってたのさ」
呆れを込めたキディの声に、レンは胸を張る。
「ばーか、俺だってただ無計画に旅してたわけじゃねーの! いろいろ苦労してんだよ?」
「ふーん」
一言で返された。
「あ、ただ僕たちは後戻りしたことないから、無事に辿り着けなかったら遠慮なくレンの所為にして良いからね」
「ええっ?」
シアンに向き直って恐ろしく不安になるようなことをさらりと無表情に言ってしまうキディ。多分彼は何も考えていない。……思ったことを口に出してしまうだけなのだ。
「余計なコト言わんでいいっ!」
スパーンっ!
見事な平手打ちがキディの後ろ頭を直撃。中身が入っていないような軽快な音が響いた。すぐにシアンに視線を戻すレン。
「大丈夫だよ、信じろ」
「は……はい」
不安は消えないだろうが、レンの剣幕に何とか声を絞り出すようにして答えるシアン。
「よし。そんじゃ、朝飯も食ったし、行くぞキディ。シアン、ごちそうさま」
「はいっ、くれぐれもお気を付けて!」
「うん、それじゃ」
食卓テーブルから立ち上がり、レンとキディは己の持ち物を確認すると、かなり身軽な格好でシアンの家を出る。そして、村のどこからでも確認できる程の神殿に向かって歩き出した。
壁の脇にあった小さなテーブルに、約束通りの地図と、方角を知るための道具を置いてある。手作り感満載だが、造りはかなりしっかりしている。……レンは凝り性らしい。
二人が出て行ったあとの家の中には、不自然とも思える沈黙が流れていた。しばらくの沈黙のあとには、やはり二人には聞こえない呟きが、少しだけ楽しそうな雰囲気を孕んで聞こえてくる。
『まぁ……二人だけで行ってしまったわ。予想通りね」
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