(3)
2021年10月 ちょこっと改稿。
「様子がおかしいよ」
遠慮のカケラもない言葉を発したのはキディ。声に抑揚はないが、ある程度の音量があったので、建物の陰にいる女性らしき人物にも、恐らく届いているだろう。
「ここの住人かな」
「多分な」
キディの言動に呆れる様子もないレン。……彼も十分に失礼な男だった。
この辺りには、人の気配が無いとはいえ小さな民家が建ち並んでいる。巨大な建造物を囲む様にして立ち並ぶ家々の規模からして、呼び方は『村』もしくは『集落」とするのが妥当だろう。
とすれば、そこに立っているのは村人ということになる。
「ちょっと、そこの人」
突然人影に向かって声をかけるレン。……突然と言っても、恐らくは互いに存在を意識していたはずだ。
「はっ、えっ、きゃああああっ!!」
「え? あ? ちょっ、きゃあって、あの、俺たち旅の者なんだけど!」
苦手な虫か痴漢にでも遭ったかのような大騒ぎに、思わずレンの方が慌てふためいて説明する。
「えっ?」
「えっと……」
「あ、ご、ごめんなさい、取り乱してしまって……」
唐突に騒ぎ出した女性は、やはり唐突に落ち着きを取り戻した。何度も頷き、呼吸を整え、ようやくレンもほっとする。
「ほっ……良かったぁ。ところで、君ここの人?」
「あ、はい、あの、シアンと言います」
取り乱した割にはあっさりと名乗るシアン。その名の通り、青い髪に青い瞳が夜目にも鮮やかだった。彼女に倣って二人も名乗る。
「俺はレン。で、こっちの怪しい人がキディ。あ、見た目が怪しいだけで実害はないから、安心していいよ」
「よろしく」
「あ、はいっ」
愛想のカケラもない声のキディに動揺するシアン。シアンは少し怯えた様子を見せていたが、彼女の目から見ても実害はないと悟ったらしい。ころころ変わる表情を柔らかい微笑みに変える。
「あのさ、ここ、村だと思うんだけど……」
自己紹介を終えると、改めて周囲を見回してレンが気になっていたことを口にする。
「はい」
「村人たちは? あ、君以外の」
「…………」
周囲に向けていた目をシアンに戻す。シアンは唇を噛み締めてうつむいている。
聞かれたくなかったのだろうか? それとも、この廃墟のような村に『何か』が起こっていたとして、その『何か』を知っているのだろうか。
どちらにせよ、レンやキディにとって(キディはそうでもないかもしれない)、避けられそうにない話題なのだが。
「まさか君一人ってワケじゃないよね?」
シアンの様子を見ながら、頑張って優しい口調で問いかけるレン。
「はい……それが……」
「…………」
言い淀むシアンの、次の言葉を辛抱強く待つ。
と。
「あのっ、お話、聞いて頂けますかっ?」
「お、おう……?」
やはりシアンは唐突に、レンの胸ぐらを掴む勢いで縋り付く。
「何かワケありのようだね、レン」
「……そのようだな」
『何か』が起こったことは簡単に想像できる状況なのだが、目の前には可憐な(言動に落ち着きがないが)女性。その女性が瞳を潤ませて上目遣い。
まさに正義の味方、ヒーロー的な立場にいるレンだが、彼もまた変わり者だった。この流れで相手の女性を見つめるでもなく、その場で一言二言追求するでもなく、ある意味冷めた視線を周囲に向けただけの対応。盛り上がるムードをぶち壊すキディ並みに、この場合の対応方法を間違っている。
シアンは場の雰囲気などどうでも良いらしく、二人を一軒の家へと案内した。灯りのない寒々しい家々の中で唯一、温もりのある家。果樹園あたりからは見ることができなかった立地にある、彼女が一人きりで住んでいる家だ。
巨大な建造物を囲んでいる小さな村。廃墟同然になってしまった『何か』とは……?