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2021年10月 ちょこっと加筆修正してます。
「腹減ったぁ……」
空腹のあまり踞って腹を抱えるレンを、表情の無い瞳で見下ろしながら、多分呆れているのだろうが抑揚のない溜め息を零すキディ。
レンから目を離し、進行方向を中心に視線を巡らせる。ちょっとでも油断すると同じところをぐるぐると間あり続ける危険もあるのだが、そこはそれ。闇雲に見えてきちんと対処している二人は、足跡何かを頼りにして、、意外にも自分たちが通ってきた道が把握できているから不思議だ。……野生の勘も働いているかもしれない。
二人歩いてきたのは、何だかよく分からない岩が立ち並んでいる地域だった。やたらと高い岩が密集に近い状態で並んでいたので、太鼓の昔には今からでは想像もつかないような、ご立派な建物でもあったのかもしれない。
その岩の間をすり抜け、少しばかり開けた場所に出てきていた。
「そんなこと言ったって、こんな所じゃ何も……あ」
「は?」
一ヶ所に首を固定した格好のまま、キディが動きを止める。それを気配だけで察したレンが間の抜けた声と共に顔だけを上げる。……目がかなり虚ろだ。
「ほら、何か人工的な建物が見えるよ、見えない?」
キディが指差す方角に視線を向け、細めたり擦ったりして何とか虚だった目の焦点を合わせると、彼の目にも希望の光が宿った。
「見えた。助かった」
またしても腰に手を当てて支えるような年寄り臭い動きで何とか立ち上がると、今度はキディを前に歩き出す。
乾いた大地が二人の靴を削ってしまうのではないかというほどの勢いの音を立てる。……音の主はレンの靴だ。半ば引きずっている。引きずって道でもつけようというのか。それでも、目の前に確認できた『人工らしき建物』を目指して歩みを進める。
吹きすさぶのは乾いた風。岩を削り、遥かなる時をかけて大地の形を変えて行く。
「おい」
「何?」
すっかり荒みきった声のレンに、全く何にも変わらないキディの声が答える。……何でコイツは平気なんだ……思ったが言わないレン。……こいつ本当は機械仕掛けなんじゃねーのか? いつか電池切れとか言い出したら置いてくぞ……せめてゼンマイ式であってくれ。
周囲には夜の気配が近付いている。遮るものがほとんどなく、砂埃を大量に巻き込んだ風が体感温度を容赦なく下げる。実際冷え込んでいるのだろうが、二人にはさして影響はないらしく顔をしかめることすらほとんどしていない。
先ほど遠目で確認した『人工らしい建物』は、今になってようやく本来の大きさで視認することができた。先ほどと言っても、それを発見した時には陽はかなり高い所にあったように記憶している。……空腹で朦朧としていたレンにとっては、実質かかった時間よりも遥かに長い時が経っていたに違いない。
「一体どれくらい歩いたんだ?」
うんざりした声。
「見た目よりずっと遠かったね。もう日が暮れそうだよ」
やっぱり平気そうな、もとい、感情の無い声で観察結果を口にするキディ。
「それにしてもでけえな、これ。本当に人工的な建物なのか?」
キディが変人なのは見た目からして分かるが、レンも相当だ。さっきまで空腹で朦朧としていたのを忘れたような声のトーンに戻っている。もしかしたら演技だったのかも知れない。……何の為かは良く分からない。
彼らが見上げているのは、ヒトが作ったことがもはや疑われるサイズの建物。この世界、旧世代にはあったはずの建築技術も失われている。故に、ヒトが出入りする家のサイズを大幅に上回っている目の前のそれは、確かに疑って間違いない代物なのだ。
「じゃあ、モンスターが造ったって言うの?」
「いや……そうだよな……」
キディのもっともな指摘に、投げかけた疑問を自分の中に引っ込める。
そして、目線を下に戻し、普通サイズの家々が並ぶ町を見回す。こぢんまりとした佇まいの、町というよりは村と言った方が良いかもしれない。
「もし、モンスターが造ったとしたら、前代未聞の大発見だよ」
そうだよな、と、もう一度心中で呟く。
この世界にはモンスターと呼ばれるものも存在する。
モンスターが人間の生活圏に現れることは滅多に無いが、レンたちのように旅をしている者にとっては、モンスターとの遭遇はそう珍しいものではない。ただし、この世界を旅する物好きが彼らの他に居るとすれば、である。
何らかの生物が異常な進化を遂げたとか、誰彼構わず襲いかかるとか魔法を使って攻撃してくるとか、魔王に命令されて破壊行動をしているというわけではない。
いや、何らかの生物がこの荒廃した世界に合わせて異常ともいえる進化を遂げたという説は、かなり信憑性がたかいとレンは考えている。
しかしやはり、モンスターの種類や生体は、殆どが謎なのである。
一説に寄ると、滅び去った旧世代の『何か』の成れの果てが、混乱と戸惑いを意識の主体として動き出したと言われている。
レンやキディも、これまで幾つかのモンスターに出会ってきた数少ない旅人である。
彼らが出会ったモンスターは、ゼリーのようなぬるぬるとした塊だったり、泥やタールが固まってヒトのような形をしたものも居た。
ちなみに、レンはこの両者が大好きだったりする。……何故なら、彼らはその体内に宝石を含めた様々な物質を取り込んでいるから。だから、彼らモンスターを見つけた時のレンは目の色が変わり、まるでバーサーカーのように問答無用で襲いかかっては彼らが落としていく宝石の類を頂戴しているわけだ。
立ち並ぶ家々と、その奥に山のように作り上げられた建物を目の前に眺める位置までようやく到着した。が、静かすぎる。
「……人っ子一人見当たんねえな……気配もない」
「廃墟だね」
「それにしちゃ、町並みが整ってる。第一、廃墟だったりしたら俺の人生がここで終わる」
「御愁傷様です」
「終わらせんなっ!」
レンの言葉を聞いていないのか、辺りをきょろきょろと見回すキディ。
「あっ」
「あ?」
視線を追ったついでに、半眼になってオウム返し。
「井戸発見」
「お」
半眼のままでそれを発見。そのままさらに目を凝らす。
「おお……あの奥のは……畑か?」
「んんー、果樹園みたい」
レンのように目を細める訳でもなく、あくまでそのままの表情のキディ。……ここまでくると着ぐるみなのかと疑いたくもなる。瞬きをしてるのかも怪しいから、一度目つぶし攻撃を仕掛けたいところだ。
「どっちにしろ助かった、有り難く頂いてこよう」
と、早速歩き始めるレンの後ろから、キディが声をかける。
「窃盗の現行犯で捕まって死刑台送りになったりしない?」
「困った時はお互い様、人助けだ。話せば分かるってこともあるし、いただきます」
適当なことを自分本意に解釈して宣いつつ、早速発見した良く熟れた木の実をむしって頬張る。種類も何も確認せず、本能だけで危険ではないことを感知しつつ、レンは無心でがっついていた。
そんなレンの横から、さらに熟れて美味しそうな香りのする木の実を摘んで、ちょっとずつ口に入れるキディ。……レンは毒見役か。
「……あっ!」
唐突にキディが声を上げる。
「うぐっ! ぬぅぐっ! げほぐほげほげほ……っ!! ……あ?」
盛大にむせるレンが涙目になって、キディの視線を追う。
「人間発見」
「女か……」
そこには、二人の様子を遠くから伺っている人物の姿があった。夜目遠目にも『女』と分かる程の距離で建物の陰に隠れ損なっている。
お読み頂きありがとうございました。
今回はイラスト多めになっておりますが、本文中に出てきません。イメージイラストってだけで描いたんですね……。