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2021年10月改稿。
「何? ……どういうこった?」
突然告げられた終わりの言葉に、さすがのレンも表情を硬くする。ただ、危機感を持っているわけではなさそうだ。単純に、理不尽さに苛立ったようだ。
『言葉のままだよ……あなたたちの旅はここで終わり……。このままこの空間で、お二人の生命力を頂きますね』
何を含むでもなく、自分がこの空間の支配者であることを告げ、二人の命を奪うという。聞こえてくる声の出所はわからない。性別の判定も難しく、周りに反響しているようで、それでも不快な共鳴などはなく、ただ真っ直ぐに伝わってくる『音』だ。
……本来なら、正体不明の声とこの状況から、パニックを引き起こすのが普通の対応なのだろう。だが、この二人は残念なことに普通ではなかった。
「ほほう」
腕組みをしながら偉そうな態度を崩さないのはレンだ。どこにも出口などない、文字通りの相手の腹の中。それなのに唯我独尊の不遜な態度。
「じゃあその前に、冥土のお土産ちょうだい。」
『はっ?』
ここで焦ったのは声の主の方だった。本来なら、慌てふためく侵入者を有無を言わせず消化液でドロドロに溶かして生命力を抽出して自分の活動エネルギーを補給して終了となる手筈なのだが。
長い歴史を生きる岩石生命体にとっても、冥土の土産を要求してきた獲物は初めてだ。
『ちょ……ちょうだいって……何を考えて……』
さすがの声の主も言葉がまとまらない。この危機的状況を目の当たりにしておいて、そんな言葉が出てくるとか、そもそもこんなに落ち着いているなんて、そんな余裕たっぷりの人間なんか見たことがない。
「僕らの探してる答えがここにあるって言ったよね? 冥土の土産はそれでいいからさ、教えて」
「ついでに、超古代の遺跡の話、何か知ってたら教えてくれ。情報量はツケで」
「レン……ここで死んじゃったら意味ないんじゃない?」
冷静に突っ込むキディの話に人差し指をフリフリ、ちっちっちなどと効果音をつけつつ、レン。
「いや、俺は根性で次の世も再び俺として生まれ変わる。だからいいんだ」
恐ろしく根拠のない自信。それがレンだ。何がいいんだ。
相変わらず止めどなく、且つ流れるような掛け合いは時と場所を選ばない。
ここで痺れを切らしたのか、声の主が声を荒げた。
『何がいいんだっ!? だいたいお前ら、自分が置かれている状況分っているのか?』
キレのあるツッコミ。
「それはもちろん……」
「あんまり考えていない」
「まあ、そうなるね」
まるで台本があるかのようにセリフを繰り出す二人。
『な、何を……』
「だから、何も考えていないって。それに……」
いったん言葉を切ったレンが、どことなく視線を彷徨わせる。反響してくる声の出所がわかったような雰囲気で、今度は自信を持って言い放つ。
「良い加減、出てこいよ、シアン」
レンたちから見て真後ろの方だった。
同じような触手みっちりの壁が連なるドーム状の閉鎖された空間。レンが目線を寄越した先、そこにある触手の隙間がぐにゃりと不規則に曲がると、見慣れた、というか見知った人物が姿を現した。
『……なんで分かった?』
青い女性の姿をしたモノは、ワナワナと怒りに震えながら声を絞り出す。出会った時の様子からは想像できないくらいには、恐ろしい形相をしている。
「何でなんでばっかりだな」
「たまに当たるよね、レンの勘」
キディは通常運転。誰が出てきてもきっと驚きはしないはずだが、今回に限っても驚いている様子はない。まあ、無表情なので雰囲気で悟るしかないのだが。
「勘ねぇ……。でも今回はかなり確証あったんだよな。この村に入った時からさ」
「嘘っ?!」
こっちには驚きの反応。
「失敬だな君」
せっかく登場したシアンだったが、完全に出オチ。良い加減イライラも募ってくる。
自分は早く二人を吸収して己の糧にしたいのに。今までこんなに手こずったことなどなかったシアン、苛立ちの裏側には激しい動揺が隠されているに違いない。
『お前たち……覚悟は出来上がって』
怒りを孕み、ドスの効いた声が二人のくだらない会話を遮る。が、それすら物ともしない二人の言葉がシアンの精一杯の脅し文句を切り裂いた。
「あああああああっ!」
『今度は何だ!』
「冥土の土産! 忘れんな!」
一瞬言葉に詰まるシアン。……こいつらはこの後に及んで自分のスタイルを決して曲げない。……この空間の支配者たるシアンでさえ、それをコントロールするのは諦めたようだ。
『う……しつこいな……。……まあ、良いだろう、教えてやるよ。どうせすぐに分からなくなる』
「ありがとう」
何も考えていないキディは、素直に礼を言うとその場に(不思議な漆黒の空間)に腰を下ろした。レンは、どうしても底の見えない不思議空間は落ち着かないらしく、さっきからその場を動いていない。が、偉そうに両腕を組んで聞く体制。
『まず一つ。……お前たちは普通の人間ではない』
「……そんなん分かってるって」
突っ込んだのはレンだ。
『お前たちが認識している普通の人間とは違う、と言っているのだが?』
「簡単に言うと、人間じゃないってこと?」
あまりに簡潔に答えを導き出したのはキディだった。元々表情がない上に、驚いているのか混乱しているのかすら判らない。
「じゃあ何なんだよ、俺たちは?」
「さあ?」
『人形さ』
『人形っ?』
珍しく、レンとキディの声がハモった。
「……ずいぶん不格好な人形だね、レン」
「ほほう、言ってくれるな……そっちこそ、ずいぶん奇妙な細工施されてんじゃん」
虎の子の驚きの事実を発表したはずなのに、思いもよらない反応を示した二人に焦ったのはシアンの方だった。
『な、なんだそのリアクションはッ?!』
「だって……ねえ」
「何だか妙に納得しちまったんだから、なぁ?」
顔を見合わせてすっかり納得してしまった様子の二人に、シアンはしばし言葉を失った。
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