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EASY QUEST  作者: 芹沢一唯
レベル1.荒野と廃墟と青い女性(ひと)
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(1)

2021年10月 加筆修正しました。

挿絵(By みてみん)




「ああああ……腹減ったぁ……」


 唐突に情けない声を上げたのは、レン。正確な名前ではないが、便宜上レンで通している。本当の名前は本人も知らない。だから『正確』かどうかという点に関して論ずることに意味はない。

 前髪をほぼ垂直に跳ね上げるようにセットし、サイドや後ろは自然な感じにカッコ良……良いかどうかは言及しないで頂きたいが、耳から後ろに流すと言うヘアスタイル。

 実際誰かに見られることを意識してセットしているわけではないのだから、完全なる自己満足だ。

そんなレンの悲痛な言葉を攫うように、寂しげな風の音だけが過ぎ去って行く。


 周辺は生き物が生息できる環境ではない。乾いた大地は、やはり乾き切った風が遠慮なく砂埃を巻き上げて、確実に地形を削り取っていく。所々に岩の塊のようなものが大地から天に向かって伸びていたり、地面を這うような形で存在しているだけの、荒れ果てた大地。

 そんな中を彷徨い歩くように旅している二人組がいた。


 しばし、風の音と乾いた地面を歩く音。


「当然だよね。三日くらいだっけ? 食べてないのって。持ってた水は早めに飲み干しちゃったしね」


 腹を押さえて呻くレンに答えたのは、当然その片割れの一人。名をキディと言う。

 一見して怪しい……というか、見た目は派手なピエロを連想させる格好。ただ、それ以外の服が似合うかといったら返答に困るタイプの顔で、ご丁寧にも両目の下にはカードなんかでお馴染みだったハートやスペードのマークが描かれている。

 本人にも何故こんな模様が顔面を飾っているのか知らず、ただ分かっているのは、いくら洗っても取れないというだけ。年齢どころか性別も分からない顔をしているが、実際のところ、キディに性別はない。

男でも女でもないということ。胸は平らだが、股間についているはずのものもない。

 レンよりは少々細いが、程よく筋肉はついているらしく、生命に危害が及ぶような不測の事態への対処も完璧だったりする。


 自身もレンと同様の旅を続けているのだから、自然に考えるとキディもまた三日程食事をしていないことになるのだが、いたって本人は平然としている。その表情は……。うーん……無い、というのが適切なのだろうが、決して無愛想ではないのだ。無表情なだけだ。声にも抑揚がない。


「ここ……どこだ?」


 ……恐ろしく基本的な疑問を投げかけるが、それは半ば以上独り言だ。キディに答えを求めているワケでは決してない。


 

 彼らが旅しているのは、とある高度文明が何らかの原因で完全に崩壊して久しい大地。

 黄色く乾いた大地が彼らを受け入れてはいるものの、ヒトが生活するには困難を極める。ヒトどころか、野生の動物という存在は忘れられて久しい。


「場所なんか知らないよ。大体おかしいんじゃない?」


「んあ?」


「旅するのに地図もコンパスも持ち歩かないなんてさ」


「そんなもん役に立つかよ」


「え?」


「ふっ……この俺様の崇高な目的には、地図なんぞ不要なのだ」


 偉そうに格好つけてふんぞり返るが、すぐに腹を押さえて前屈み。……空腹に急な運動は刺激が強い。


「素直にお金がなかった、って認めれば?」


「じゃかぁしいっ! 違うっつの! だから言ってんだろ? そんなもんは役に立たないんだよって」


「何でさ? いや地図とかコンパスの話じゃなくて、もう少し食料とか水とかあっても良かったんじゃないのって話もだよ。で、何で地図とコンパスが役に立たないの?」


 考えているようで考えていないキディは、自分が納得できる答えを求めて同じような質問を繰り返す。

 レンは半ば諦めたように、ふっと軽く息を吐いて、手近な岩に手をついてから背筋を伸ばす。……年寄りか。


 レンが手をついた岩……彼の身長の倍程もある岩だが、これは実は過去の遺物だったりする。が、それは原型を留めていない。

 何がどうしてこうなったのか、何かが溶けて固まったものなのだ。……当然、何が溶けたのか、さっぱり分からないので、この世界ではこういう物も含めて全て『岩』などと表現されている。『遺跡』などと称される代物もあるにはあるが、それこそ滅多にお目にかかれるものではない。

 足元に転がっている石ころや岩も、本来の石と言われるような単純なものなのか、全く違う性質のものが長い時間をかけて変質していったものなのか、それすらも解明されていないのがこの世界の現実だ。


 世界の原料が何か分からないことが分かった所で、レンが説明を始めた。


「この世界の話って前にもしなかったか? まぁいいか。この世界には、ってかこの大地にはいくつもの磁場があるから、時期の流れが不安定なんだ。そんなところじゃコンパスなんて使えないだろ」

 

 コンパスを持ってもぐるぐると好き放題に針が回っているからな。……レンが付け足す。


「じゃあ、地図の方は?」


 先の説明に納得しているのかしていないのか、今ひとつ判別しかねる無表情でキディが尋ねる。


「幾つか種類が出回ってるらしいが、その一つ一つが一定地域を除いて、ずれてるんだよ」


「? どういうこと?」


 キディの顔からは感情が全く読み取れない。単純に知りたいからなのか、暇だから聞いてみたのか、そもそも聞いた所で頭に入るのか、それすらも分からないが、取り敢えずレンは答える。


「一定地域……っていうよりは都市だな。その位置関係までは正確なんだが、その都市その都市で、方向の定め方が違うんだ。ま、ずれるのも当然だな。都市の観光でもするんなら便利なんだろうけど」

 

 レンの説明で何となくでもお分かり頂けるだろうか。

 仮に現在のアナログコンパスをこの世界に持ち出すと、今二人が居る場所では針が定まらず回り続けるだろう。

 が、一度『都市』と呼ばれる程に発展した場所に入ると、その都市内では安定してくれるのだ。安定したコンパスを指針として地図が作られる。


 二人が生きるこの世界には、幾つもの都市が点在している。文明や生活水準はそれこそピンキリ。だが、今のところ都市間を結ぶ街道が整備されているわけでもない。

 今彼らがいる荒野は、運良く水脈を掘り当てたり、安定した気候がもたらす穏やかな大地と雨があったりする土地には人々が集まる。

 人々が集まれば、自ずと生活基盤が整えられ、人口が増える。

 ただ、先に説明した通り、その土地その都市は安定しているが、一歩外壁を越えればレンたちがいるような荒野。方向すらも分からないため、未だ都市間の交流がなされていないのが現実なのだ。


 ちなみにこの世界、空には光を放つ太陽と月に似たものが昼夜を分けて定期的に昇り降りを繰り返している。古の人間たちに倣って、これを『太陽』『月』と呼んでいる。

 時間に関しては、太陽や月の位置でなんとなく把握している程度。


「無謀にも町の外を物好きで旅している僕たちには、役に立たないってわけだね」

 

 ある程度の説明をした後に言い放ったキディの反応がこれだ。


「何だか余計なオマケがくっついていたような気もするが……そういうことだ」


 キディの言葉に耳聡く反応するレン。すぐに切り替えるのだが。……キディには何を言ってもあまり効果がないのは実証済みだ。


「一つに決めてしまえば良いのに」


「そういう動きもあるらしいけど、都市と呼べるまでに発展するまで、それぞれの都市間での交流は全くなかったからな。色々とオトナの事情ってやつがあるんじゃねえの?」


「事情? 方角の……宗教関係とか?」


 適当な言葉を選んで投げる。確かに、無くもなさそうだが、明確な答えは分からずじまいだ。

 地域に密着して生きるのであれば、やはりなにがしかの宗教概念が個々に発展してもおかしくないだろう。キディの言葉を曖昧に肯定しかけたとき、レンは呻いて座り込んだ。


「レン? どうしたのさ」


 ちっとも心配なんかしていない声色で、キディが覗き込む。

 耳を近付けないと聞こえないような声で、レンは呟いた。


「腹……減ったぁ」



お読み頂きありがとうございます。


世界観その他、色々と加筆しておりますが、近いうちに最終話まで修正予定です。よろしくお願い致しまいす。

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