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23.アフターダーク

 それはまるで、真夏の太陽のようだった。


 全国高等学校野球選手権大会。本予選である甲子園球場に詰め寄せた観客は、今大会最大だろう話題の対戦カードに息巻いている。

 グラウンドから立ち上る陽炎、降り注ぐ灼熱、頬を撫でる温い風、耳を侵す大勢の歓声。試合直前、両校の練習は滞りなく終了し、間も無く開始される試合に誰もが固唾を呑んで見守っていた。グラウンドを占める茶と緑のコントラストを眩しそうに目を細めながら、和輝はマウンド上の少年から目を離さない。投手の証である投手板を踏み締め、巨塔のように恵まれた身体を惜しげも無く遣って振り被る。

 赤嶺陸。

 高校二年生にして、プロ球界からも即戦力と謳われる十年に一人の天才投手。帽子のツバが影を落とす相貌に貼り付く無表情は最早規定値だ。逆境も危機も好機も関係無いと、機械のような正確さで悪夢のような超剛球を放ち続ける。

 中学時代のチームメイト。弱り目も見せず、ただ淡々とボールを放ち続ける背中を見守っていたあの頃は、こんな日が来るなんて思わなかった。

 左手にバットをぶら下げて、バッターボックスへ。向けられる赤嶺の無表情に鳥肌が立った。



(来たぜ、陸)



 視線が合うことは、無い。何時だって赤嶺の目はゴールを見据えている。ミットまでの18.44m、打者の待ち受けるバッターボックスなどまるでただの通過点に過ぎないのだと、その冷め切った目が訴える。

 プレイボール。審判の声が高々に響き渡れば、興奮に塗れた観客席から津波のような声援が押し寄せる。

 リフトアップからの流れるようなステップ、テイクバック。――リリース。

 それはまるで教育番組から抜け出して来たような模範的な美しいフォーム。頭上高く掲げられた左腕から放たれた白球が、叩き付けられるようにミットへ向けて突き刺さる。頬を撫でる風に和輝のバットは静止したままだ。



「トーライ!」



 キャッチャーが立ち上がる。返球だ。

 ナイスボール。口角を釣り上げたキャッチャーは三年生。自分とは正反対の体格。羨ましいな、なんて何時かも解らない遠い昔に置いて来た筈の羨望を誤魔化しのように思い浮かべ、日光を遮るようなアンダーシャツに包まれた腕を撫でる。

 じわりと、胸の奥に得体の知れない黒く淀んだ靄が浮かぶ。

 電光掲示板に表示される黄色の数字はまるで危険信号。球速156km――。

 興奮と真夏の熱に沸き上がる観客席から押し寄せる歓声がグラウンドを呑み込んで行く。周囲の喧騒などただの雑音だというように、赤嶺は鉄面皮を崩す事無くマウンド上に佇む。

 逞しい身体、長い腕、力強い肩、大きな掌、圧倒的な才能。自分の持たない全てを持つ赤嶺陸がそれを当たり前に振り翳し、立ち塞がろうとするものを呆気無く捻り潰していく。



「トーライ!」



 今度は、振り切った。

 タイミングもパワーも見合わないそのスイングは、誰が見ても負け惜しみと取っただろう。それでも、キャッチャーからの返球を耳にしながら和輝は構え直す。

 陸。

 バッターボックスの中、声にはせずマウンドに呼び掛ける。

 陸。

 赤嶺は視線すら向けない。バッターがいてもいなくても、変わらないのだろう。周囲の評価だって、興味無いのだろう。

 なあ、陸。

 放たれる一球、和輝は両手に力を込めた。剛球が唸るように駆け抜ける。振り切られたバットが風を切る。背後から確かにミットを叩き付ける乾いた音が響いた。



「トーライ! バッター、アウト!」



 なあ、陸。

 何でお前、そんなツマンネー顔してんの?






23.アフターダーク<前編>




 晴海高校の特攻隊長の三者凡退に、続く打者は無かった。

 替わった攻守に、グラウンドに晴海ナインが散って行く。電光掲示板に表示された無得点を噛み締めサード定位置に身を移す。グラウンドに立つと、あれ程に胸を躍らせた声援がまるでBGMのようだ。銀傘に反射した応援団の演奏が反射され、球場余すところなく広がって行く。適度に湿気を帯びた地面は、高校球児の夢の舞台だ。

 マウンドに夏川。晴海の先発投手である醍醐は、生憎地区予選の怪我で療養中だ。そもそも、現時点の醍醐で政和賀川高校の重量打線を抑えられるとも思えなかったから順当な結論だった。

 大きな背中。一年前まで其処にいた高槻とは明らかに異なるそれは、天賦の才能に恵まれている。



「トーライ!」



 ただただ見送られた一球。ふと電光掲示板に目を向けようとした自分を叱咤する。先程の赤嶺の剛球が頭から離れない。

 白球の奥に映った嘗てのチームメイト。



「和輝!」



 低い弾道が目の前でグラウンドを跳ねる。ふわりと浮かんだ打球に跳び付けば視界の端で匠が何か叫んでいる。

 小さな左手、硬球一つ収まり切らない。それでも振り切られた腕から放たれた送球は一直線に一塁手、星原の元へ突き進む。



「アウト!」



 走り抜けた打者が徐々に失速し、膝に手を置く。顔を上げれば何処か幼い少年のようだった。

 次の打者がバッターボックスへ。そして、ネクストバッターズサークル。片膝を着いて虎視眈々とグラウンドを見遣る鋭い視線。二番打者が終われば次に現れるのは投手、赤嶺陸。ただでさえ消耗が激しい投手を、わざわざクリンナップに置く意図は何だろうか。

 二番打者の打球は鋭い金属音と共にライトに落下した。駆け抜ける一塁走者の足が、恐ろしく速い。



「二つ!」



 キャッチャー、蓮見が声を上げる。

 二塁は無理だ。そう判断した蓮見は正しい。三塁に戻った和輝が捕球体制を取る。千葉の送球がグラブに突き刺さった。



「セーフ!」



 無死、走者一、三塁。内野が大きく開いた状況でバッターボックスに赤嶺陸。

 スコアリングポジションに立った三塁手がベンチからのサインに頷く。本塁スチールか。蓮見の目がグラウンドを廻る。赤嶺が強打者であったとしても、満塁策で迎えるのは四番だ。一回表から直面する危機に熱に茹だりそうな蓮見の元に、相棒の声が届いた。



「打たせろ!」



 ベンチの中、療養中の醍醐が声を上げる。きっと、彼がマウンドにいても同じことを訴えただろう。すっと体が軽くなったような気がして、蓮見は口元に笑みを浮かべて頷いた。

 追い掛けるような仲間からの声援、激励。どんな道を選んだって同じことだ。

 サインを送る。マウンドで夏川が頷いた。バッターボックスの赤嶺は眉一つ動かさない。

 精練されたクイックピッチで、夏川のボールはミットに突き刺さる。



「トーライ!」



 ストライク、一つ。赤嶺に動きは無い。同様に三塁走者も動かない。

 初球ではなかったようだ。蓮見の目は政和賀川ベンチ、打者、走者、仲間の動き、全てを見渡す。外すか、それとも。

 逃げても変わらないのなら、迎え撃つまでだ。蓮見のサインに夏川の目が細められた。それがマウンド上の夏川の笑みであると気付いたのはつい最近だ。

 立っているだけで体力を消耗してしまう。晴海に控えの投手はいない。醍醐が療養中の今では負傷は危険と同義。王者を相手に出し惜しみする余裕などある筈も無い。明日のことは明日考えればいい。今はただ、負けを知らぬ王者に全力でぶつかればいい。

 ストレート。赤嶺同様体格にも才能にも恵まれた投手だ。高校野球界最速を記録するかも知れないと期待を集める赤嶺と、元プロ投手を父に持つサラブレッドの夏川。

 けれど。


 鋭い金属音が断末魔のように響き渡る。観客が青空を指差した。

 高い高い弧を描いた打球は球場の時間を止めながら、静かにアルプスに落下した。


 途端に、割れんばかりの歓声。

 コーチャーがぐるりと腕を旋回させる。――ホームラン。

 自分の目で見たものが信じられないと打球の飛び込んだアルプスに目を向ければ、其処は政和賀川の応援団がいたらしく狂気染みたお祭り騒ぎだった。熱さに茹だる球場が訳の解らない興奮に包まれていると、鈍った思考回路で和輝は茫然と立ち尽くしている。

 一人、二人。本塁を踏む。

 そして、三人目、が。



「――陸」



 その名を呼んだのは殆ど無意識だった。

 赤嶺は本塁へ向かおうをしていた足をふと止め、振り返る。まるで感情の籠らない硝子玉のような目だ。薄く細められた視線に晒されながら、和輝は続ける言葉を持たない。

 一瞬の沈黙が思考回路を錆びさせる。赤嶺は酷く冷めた目をして、吐き捨てた。



「相手になんねーよ」



 そうして、背中を向けた。

 三人目の走者が本塁へ帰還し、政和賀川のベンチに笑いが溢れる。それでも赤嶺は無表情を崩さずにベンチの奥へ消えて行く。

 呆れ、諦観、侮辱。形容し難い冷たい目が、今も和輝の胸に残る。

 続く四番、五番とアウト一つ取れぬまま打者が一巡する。初回六得点を許した晴海高校は一回表とは思えぬ程に疲弊し切っている。漸く帰還したベンチでは努めて明るく振る舞おうと醍醐が声を張り上げ迎え入れた。

 疲労が激しいのは夏川だ。氷嚢を両手にぶら下げ、一つを夏川に押し付け和輝はベンチに座り込む。

 打者は四番、白崎匠。ああ、何も声を掛けてやれなかったな、なんて思いながら夏川に目を向ける。でも、匠なら全部解ってるだろうとも思う。それがどんなに幸せなことなのか、つい最近まで気付きもしなかった。

 言葉にしなければ伝わらないことが山程ある。言葉にしなければ伝わらないようなものに価値があるのかなんて嘲笑った昔の自分を、今はもう笑えない。



「夏川」



 唸るような微かな声が、夏川の喉から漏れる。声を返すのも煩わしいと言うような態度に、和輝はそれでも言葉を掛け続ける。



「夏川、なあ、夏川」

「……ンだよ、うるせー」



 こっちゃ、疲れてんだよ。

 不満げに低く返された声に、自然と口元が弧を描くのが解った。

 言葉にしなければ伝わらないことがある。でも、言葉にならない思いだって拾い上げてやりたい。察してやりたい。全てが無理でも、目の前の一つくらい。



「夏川がいて、良かった」



 言えば、まるで鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして。小さな舌打ちと共に夏川の顔がそっぽを向く。



「俺、夏川に会えて良かったんだ。だから」



 だから、だから。



「自分を見下すことだけは、するな」



 夏川がぎくりと肩を震わせる。油の切れた機械のように夏川の不機嫌な顔が睨んで来る。それを笑顔で躱しながらグラウンドに目を戻す。バッターボックスの匠が猫のような目で赤嶺を見据えて――否、睨んでいる。旧友とはいえ、会話をするにはバッターボックスとマウンドは遠過ぎる。

 自分より背の高い匠とて、一般的には標準体型だ。対する赤嶺が規格外に大きい。

 匠のバットが振り抜かれる。ストライク。掠りもしないけれど、決して無様でないそのスイングはヒットに繋げる為、確実にその力量を計っている。匠は目の前の相手に怖気づいたり、驕ったりしない。

 二球目、鈍い音が響く。バットの根っこで捉えた打球はてんてんと三塁線に転がる。打ち損じてもきっちりと三塁線に転がすそのバッティングは匠の性格そのものだ。けれど、駆けて来る三塁手より先にマウンドを離れた赤嶺が長い腕でそれを拾い上げた。力の籠らない静かな送球は、動作からは想像も付かない程力強くファーストミットに飛び込んだ。



「アウト!」



 一塁を抜けた匠が忌々しげに表情を歪める。どうやって出迎えてやろうかと思考を巡らせている横で、夏川が水分補給に立った。

 通じただろうか。不安に思いながらも、核心を突くだけの度胸は無い。

 二回表、零対六。呆気無く終わった晴海高校の攻撃。圧倒する政和賀川の続く攻撃。消耗戦なんて呼べるほどに拮抗した試合ではなく、一方的な試合展開はまるで虐殺のようだと、ぼんやりと思った。


 五回を迎える頃には点差は十五点と開いていた。

 無得点の晴海高校。圧倒的な試合展開にも関わらず、自分がそれほど疲労を感じていないことが忌々しかった。疲れていないのは、動いていないからだ。動いていないのは、打球が来ないからだ。打球が来ないのは、外野を狙っているからだ。

 広範囲を守る外野は皆、三年生だ。けれど、五回を迎える今まで絶え間なく走らされて来た彼等が疲弊すれば、自然とプレイも精度を落とす訳で。

 来い、と挑発するようにバッターを睨んでも視線は合わない。

 まるで蚊帳の外に捨て置かれたようだと、自分の引退試合の醜態を思い出して喉の奥が苦くなる。けれど、政和賀川は敬遠なんてしない。王者の名に相応しく正々堂々と挑戦者を捻り潰しているだけだ。


 コールドゲームが、脳裏を掠めた。


 ベンチに戻れば葬式会場。逆境でこそ笑えなんて、正気の沙汰じゃない。笑えないから逆境だろう。

 騒がしかった応援も通常運転に戻った。誰もが勝敗を確信している。マウンドで待つ赤嶺陸は表情一つ崩さずに、未だノーヒットノーランを誇っている。

 八番の雨宮が三者凡退に終われば、いよいよコールドゲームの色が濃くなる。いやいや、地区予選じゃあるまいし、なんて笑おうとして失敗する。九番の蓮見がバッターボックスへ。

 ネクストバッターズサークルへ向かう足が酷く鈍っていることに気付き、自嘲したくなる。笑うことすら出来ず漏れたのは微かに乱れた呼吸だった。

 ストライク。

 まず、ワンストライク。

 ストライク。

 二つ目。

 蓮見は赤嶺から目を逸らさない。良い覚悟だ。片膝を着いてマウンドを睨みながら、僅かに熱を帯びた右腕を押さえる。



「諦めんな、蓮見!」



 二重音声のような叱咤激励が、ベンチから飛び出した。匠と醍醐が肩を並べて声を張り上げる。

 思わず振り返った蓮見が目を丸めた。諦めんな、信じろ、打てる。矢継ぎ早に放たれる声援に蓮見の口元が緩んだ。次いで蓮見がネクストバッターズサークルに目を向けた。

 何かを問い掛けるような視線に、力強く頷く。バッターボックスまでがこんなにも遠い。思いなんてものは声にしなければ伝わらないと解っているのに、言葉にしなくても解り合えるものがあることを、証明出来る。

 三球目――。

 唸りを上げる剛球。蓮見が振り被る。

 けれど。



「トラーイッ! バッターアウッ!」



 ツーアウト。

 甲子園、本選にコールドゲームは存在しない。全国を勝ち抜いて来た選手達に少しでも長くプレイさせてあげたいという大人の配慮から来るこの規定に唾を吐き掛けてやりたい。配慮なんか、余計なお世話だ。規定があるからプレイするんじゃない。諦めないから此処に立っているんだ。

 バッターボックス。マウンドの赤嶺にバットを突き付ける。

 右腕にバットを掲げ、脇を締める。



――相手になんねーよ



 興味が無いとでも言うように吐き捨てられた言葉。うるせーよ。お前何様なんだよ、勝手に決めんなよ。

 初球。これまで延々と投げ続けられ精度を落とさないストレート。

 ツマンネーなんて思いは脳内に留めて置けよ。顔に、態度に出すんじゃねーよ。


 振り切ったバットに、微かな手応えがあった。

 打球は勢いよくキャッチャーのプロテクターに衝突するとその足元に落下した。



「ファール!」

「……は、」



 思わず漏れた笑いに赤嶺が眉を寄せた。

 続く二球目。飽きもせず直球勝負。鈍った音と共に打球はキャッチャーの後ろへ。



「ファール!」



 カウントは2-0だ。分が悪い。

 赤嶺の目がすっと細められる。侮蔑するような、見下すような目に笑ってやる。何だ、まだ笑えるじゃねーか。こんなの逆境でも危機でも何でも無い。赤嶺にとって打者がそうであるように、俺だってこんな状況は通過点だ。

 三球目。振り切られた左腕から放たれた叩き付けるようなボールはそれまでの直球とは違う。スライダー。速度も然ることながら、随筆すべきはその落差だ。思わず喰らい付きそうになったけれど、体が、思考するより早く反射する。

 それまで聞かなかった高音が鳴り響いた。打球は一塁線に切れて行く。

 一方的だった試合展開に同情の目を向けるばかりだった観客がざわめく。赤嶺が僅かに鋭い双眸を広げた。ざまあみろと、笑ってやる。



「……お前のスライダーなんざ、見慣れてんだよ」



 喉の奥が張り付いて、零れ落ちた声は掠れていた。負け惜しみだと思われただろうか。構うもんか。

 二年前道を別つまで、傍にいたのは自分だ。今更、スライダーなんかに引っ掛かって堪るか。

 続いたチェンジアップにも喰らい付く。けれど、打球は後ろに弾けて行った。

 五球目、六球目。続くファールに騒がしかった応援が静まって行く。


 喰らい付いてやる。コールドゲームなんて存在しないなら、諦めない限り勝負は解らない。



 七球目、八球目。

 ファールチップを稼ぐつもりはないけれど、十球を越えれば互いに呼吸が荒くなる。赤嶺の仏頂面が僅かに崩れる様に、ざまあみろ、と笑った。



「これでもまだ、相手になんねーなんて、言う気かよ」



 碌に前に飛ばせていないけれど。

 挑発するように言えば赤嶺の眉間に皺が寄る。指差して笑ってやりたいけれど、そんな余裕なんて無かった。マウンドまでの距離云々ではない。じくじくと右腕が、肩が痛む。グリップが汗で滑る。それでも、目だけは逸らさない。



「勝負なんてのは最後の一瞬まで解んねーんだから、勝手に勝ったような顔してんな。戦ってる相手はまだ此処にいるぜ?」



 その瞬間、赤嶺の真一文字に結ばれていた口元が、歪んだ。

 忌々しさではない。――笑った。

 一瞬、試合を忘れて呆然とした。けれど、赤嶺がゆっくりと振り被った。――ワインドアップ。今試合、初の。

 目を奪われる。大きな身体、力強い腕。羨まない日は無いけれど。


 引き摺り込まれそうな引力、放たれる一球が凶暴な生物のように唸りながら叩き付けられる。殆ど反射的に振り抜いたバットが汗で滑って抜け落ちた。ボールの威力かスイングの遠心力か、バットが回転しながらグラウンドに落下した。



「トラーイ! バッターアウト!」



 は、と一つ息を吐き出して、膝を着く。

 右腕の感覚が無い。呻きながら腕を抱えると走って来る匠が見えた。


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