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終焉を迎えた世界で

作者: 初葉

………………。

外に出てみると、全てが終わっていた。

大地はひび割れて緩くなり、根を張っていた全ての植物が根こそぎなくなっていた。

建物などはまるで初めからなかったかのように消えている。そのおかげでめまいがするほど見やすくなった空には青一色で染まり他の色が介入する隙間なんてないかのように思えた。

……いや、きっとそうなんだ。

私は近くを流れていた川の跡を見つめながら思った。

……もう、あの空には何も浮かばない。何も飛ばない。

誰もがその中を飛ぶことを夢みた空。風を切って国境のない自由に飛ぶことのできる空。それが、今ではそれらをすべて吸い上げてしまった虚空になってしまったような気がしてひどく悲しい気持ちになった。ひどくやるせなくなった。

こんなことなら、と、廃墟と死体だらけの皆殺しの荒野を私は望んだ。その光景は悲しいものではあるけれど、きっとこの虚無の地平線よりは悲しくない。

ビル一つ、木一本、いや草一本でも、私以外の誰かが生きていたという証拠が残っているだけで、安心できるはず。


………………。

時間を数字で表せることの出来なくなった世界で私は歩き始めた。

私以外に生き残った生物はいるのだろうか。突然歩きたい衝動に駆られた。


………………。

あとどれくらい歩けるだろう。何歩足跡を残せるだろう。何メートル行けるだろう。いつ倒れてしまうのだろう。いつ動けなくなるのだろう。どれだけ生き続けられるのだろう。いつまで生き続けなくてはいけないのだろう。

………………。

すっかり長くなった髪が揺れる。ああ…風は生きていたんだ。


………………。

ああ、何で私だけ生き延びたのだろう。


………………。

かつて、この世界には人間がたくさん居た。

彼らは群れを作り、力を合わせて日々を生き抜いてきた。

彼らは頭がよかった。いろんなものを作り出し、いろんなことに使った。

そうして彼らはこの世界のあらゆる場所に、あらゆる状況に適応していった。

けれど、彼らは……。日々を生き抜くことに一生懸命だった彼らは。自分たちが作った道具でそれを容易いことにしてしまうと。

余った力を次第に私欲のために使い始めた。

彼らの争いの歴史はそこから始まった。

どれだけ殴ろうと

どれだけの刺そうと

どれだけ斬ろうと

どれだけ燃やそうと

どれだけ撃とうと

どれだけ落とそうと

どれだけ飛ばそうと

どれだけ蹂躙しようと

どれだけ壊そうと

どれだけ血が流れようと

どれだけ死のうと

どれだけ奪おうと

どれだけ悦ぼうと

どれだけ涙を流そうと

どれだけ叫ぼうと

どれだけ怒ろうと

どれだけ苦しもうと

どれだけ悲しもうと

決して彼らは争いを絶やすことは無かった。

自らの歴史から平和と言う文字を消した。

数え切れない幸福を生み出す彼らは、同時に数え切れない不幸を生み出し。そして最後に想像もつかない不幸をこの世界に放った。

私欲の塊となった彼らは底知れぬ欲を満たすために破壊を選択した。

そうして、この世界は……。


………………。

行けども行けども同じ景色。まるで昨日から一歩も進んでないみたいな錯覚に陥る。

乾いているのに踏めば沈む大地には雑草すら残っていない。私は仕方なく大地を食べる。表面を払って、深く掘る。少しでも湿った土を。水分の取られないように……。


………………。

ざらざらした口の中に不快感を覚えながらも、私は立ち上がりまた歩き始める。

理由なんかわからない。あるなら教えてほしい。私が思うに……これは、そう。きっと本能なのだろう。巣作りの最中の鳥のように、子孫を残すために生殖行為を繰り返す魚のように。わからないんじゃない。いらないんだ。きっと…そうだ。


………………。

肉眼でとらえることのできる動きをする唯一の存在になった太陽が地平線の彼方へ沈んでゆく。

世界が漆黒に染まり始めたその途端、いままでなりを潜めていた静寂が自己主張を始めた。

……うるさい。やめて、何も言わないで。耳元でささやかないで。五月蠅い煩いうるさい。お願い、もうやめて……。痛いの。痛い!痛い!!痛い!!!静かにして……。お願い…もう…許して……。私を、眠らさせて……。


………………。

私は歩き続けた。

餓えを大地で満たし、渇きを唾でごまかして。

だけど、心の飢えまではどうしようもできなかった。

寂しかった。苦しかった。誰かにいて欲しい。なにかあって欲しい。

私は今こうして歩いているけれど。

なにかに、誰かにそれを認識して、記憶してもらわないと。

それは存在していなかったことと同じになってしまう。


………………。

ああ、理由はあったんだ。何故私が歩いているか。

私は、私が私としてこの世界に存在していた証を探しているんだ。

私が死んでも私の事を覚えてくれる何かを……。


………………。

そして

私は見つけた

私以外にこの世界に生きる生物を。

私は「それ」を見た瞬間、思わず抱きしめそうになった。

だが出来なかった。

「それ」はひどく弱っていた。

今にも命の焔がついえそうだった。

私は「それ」が水分を欲していることに気がついた。


………………。

私はしばらく考えた。

……このあたりに水場なんてあるの?この世界に水は残されているの?

しばらく考えて気がついた。

答はすごく身近なところにあった。

私は皮と骨ばかりになった指の一本を食いちぎると、そこから噴き出した鮮血を「それ」に与えた。

……どうか死なないで。私を見つめて。私を一人にしないで……。


………………。

朝、起きると「それ」は少し元気になっていた。

私はそれに安堵すると出血が止まった傷口をガジガジと噛んで血を出し、「それ」に与えた。

鉄分だけはしっかりと含まれている血を「それ」は飲む。

私は「それ」を慈しむために体を起こそうとした。


………………。

起き上がれなかった。

私は気づいてしまった。

私にはもう、先が無いことに。

けれどそんなことは思った途端にどうでもよくなった。

だって、私を覚えてくれるものに巡り合えたんだもの。

……ああ、瞼が重い……。


………………。

太陽の光で目が覚めた。

……もう頭も鈍くなってきた、かなぁ……。ボーっとする……。

私は蛆虫さえわかない化膿した傷口をすっかり弱くなった顎力で何回も噛んで膿と一緒に血を出す。

……ちょっとずつしか出てこない。

「それ」にあげられる血がほとんど残っていなかった。


………………。

……瞼の裏が紅くなった。

朝だ。

けれど。

もう太陽を見ることができない。

目が開かなかった。

風が大地に転がっている私の体を通り過ぎてゆく。

その時、指に何か当たった。「それ」だった。よかった元気になったんだ。

でも。

……ごめんね、もう血を上げることはできないの。もう、体が動かないのよ。ごめんね。せっかく元気になったのに。ごめんね……。


……………。

平和って何なんだろう。

一度聞いたことがある。

小さい子は「せんそーがなくなったら」と答えた。

大学生は「国境が無くなって、兵器とよぼれるものがすべて排除され皆が共同歩調を取ったらじゃないか?ま、無理だけどさ」と吐き捨てた。

軍人は「戦争はなぜ起きるか。その時によって理由は異なるが根底にあるのは全部一緒なんだ。それは平和と言う意味を認識するため。逆に言えば戦争が無いと平和がどういうものなのか分からなくなるんだ。遠くの国で戦争があって、その悲惨さ、むごさが伝わった時、ようやく人々は平和の存在を証明できるのさ」と論じた。

政治家は「地球はまさに生きとし生ける者、人間のみならずすべての生命体、ある意味では生命がないものに対しても存在しているものだ。我々は皆この星の子だ。きっとわかり合えるはずだ」と、偽善や欺瞞をたっぷりにコーティングした誕生日ケーキのような、呆れた思考を広げていた。

どこかの国の大統領は「我が国を脅かす全ての脅威が消えた時だ」と、最後の審判を決めるボタンを備えた樫の机にふんぞり返って、自信たっぷりに答えた。

戦争を体験したお年寄りは「それが定義できないから人は争うんだ」とため息交じりに呟いた。


………………。

そしていま、私はどれも違うと思った。

私は、人が人を殺さない世界。それが平和だと思った。

いつまでそうだった?

いつからそうじゃなくなった?

人はすぐれた知能を持っていたんじゃないの?

争いを回避することはできなかったの?

……いや。

きっとすぐれた知能を持っていたからだろう。

人は複雑すぎた。

どんな精密機械よりも。

だから小さな誤差があるだけで壊れた。

ネジが外れて、歯車が取れて、油が切れて……。

それでも無理やり動き続けた。

結果。

他の生物では見られない生存本能とは関係のない同族殺しを始めた。

自分の部品を撒き散らしながら。狂々狂々と。

皆壊れていたんだ。

皆おかしかったんだ。

皆……。


………………。

「それ」が私の指の腹を撫でた。髪が顔にまとわりつく。

……ああ、眠い。眠らせて。

だが「それ」は何度も私を刺激してなかなか眠らせてはくれなかった。

……残っている力を出し切ればきっと眠ることができるよね。

そう思い、ゆっくりと目を開け始める。何度も閉じかけたけれどそのたびに「それ」が私を刺激した。


………………。

目をあけると「それ」が夕日を背に私を見下ろしていた。

嬉しそうに、悲しそうに、堂々と、でもちょっと照れくさそうに。

私を一心に見つめていた。


………………。

私はこれ以上ないほど幸せな気持ちになった。穏やかな気持ちになった「それ」をいとおしく思った。

私は震える指を動かして「それ」に触れる。「それ」は大地から巻き上げられた砂が付いていて少しカサカサしていた。私は丁寧にそれを払う。時々「それ」は恥ずかしそうに揺れた。


………………。

やがて「それ」はすっかりきれいになった。

私は口を開いた。

声を出すのは久しぶりで中々出てこなかったがゆっくりと言葉をつなげる。

「あ。あ。……き。れ。い。ね……」

目の前が真っ黒になった。

世界が暗闇に沈んだ。


……もうすぐ世界にはあなたしかいなくなる。

それはとても悲しいこと。

そしてとても寂しいこと。

あなたはそれに耐えられないかもしれない。

私が死んですぐに。

あなたは死んでしまうかもしれない。

それでもいい。私は構わない。

でもせめて。

あなたが存在した証を、この世界に生きていた証をどうか作って欲しい。

そうすれば幸せになれるから。


………………。

冷たいものが指に当たる。

「ないて、いるの?」

今度は顔に当たった。

「だめよ、ないちゃ、すいぶんがなくなってしまうじゃない……。せっかく、わたしがあげたんだから、たいせつに、とっておいて……。すこしでも、ながく、いきのびて、ちょうだい……」

けれど

「それ」の涙は止まらなくて。

やがて、私の全身を打った。

「……やさしいこ。どうか、しあわせに。なってね……」

……さようなら。

私が生きた証。

さようなら……。

一応「それ」視点の物語もありまぁす。

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