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【短編集】灰の降る街で

仰天奇道ニルバーナ

作者: 餅角ケイ

 向かうは夜の廃病院、途中の茂みをものともせずに進む男女二人組。


 ……ベタすぎるし、怖いし。

 何故、夜の廃病院探索だとかいう、こんなにもベッタベタでおぞましいイベントに付き合わなければならないのだ。ミヤ()はそう思った。虫の音だけが響く闇の道、不穏を象徴するかのような遠く離れた月明かり。怖くないはずがない。


「アツギくん……。帰ろう?」

「だぁいじょうぶだって、ちょっと探索してすぐ帰るんだから。ヘーキヘーキ!」

「それ死亡フラグっていうんだよ」

 しかしアツギ()はただ目的地へとたどり着くことだけに夢中になって、まともに彼女の声を聞こうともしないのである。

 彼を見て溜息が出た。何よりはぐれてしまうのが一番嫌なので仕方ない。アツギが金魚ならミヤは金魚の糞だった。遅れをとってはいけないと、一歩前を行く彼氏と共に付いていく。



「おっ見えたぞ! あの病院だ」

 声につられミヤは顔を上げたが瞬時に後悔した。肝試しの定番である廃墟感溢れた建物に、血にまみれた医療器具が散乱しているといった御丁寧ぶり。まさしくホラーゲーム界がお手本にしていそうな廃病院である。


「ちょっ、本当に入るの?」

「入るために来たんだろ」

「こんなところにわざわざ入って何するのよ。馬鹿なの?」

「生身の人間たちが来てるかもしれないだろ。驚かせるんだよ」

「はあ……」


 ミヤは言葉を失った。

 生身の人間を驚かせてみたい……ささやかなものだったが、逝ったばかりの頃は自分にもそのような願望があった。しかし精神的に成熟しきった今では欠片にも思わない。仕掛ける奴のおつむが知れる、低俗で子供じみた遊びだ。


「アホらしい。付き合ってられないわ」

 髪でもかきあげてクールに決めればまだ格好が付いたかもしれない。しかし彼女にそのような余裕はなく、半ば震え声であった。

「何か起きても、ししし知らないんだから」

 加えて一人引き返す度胸も持ち合わせていなかった。侮蔑よりも恐怖が勝ったのである。






 月光と病院を背景に、茂みの中を二人は進む。

 足音はない。


「結局なぁーんにもなかったわね、怖がって損した。無駄足だったわ」

「だって俺聞いたんだもん、あそこには生身の人間もよく訪れるんだって! あーー人間たちめちゃくちゃ驚かせたかった! プンスカ!」

 アツギは中々食い下がらない。

「はいはい。ごちゃごちゃ喚かないで帰りましょうねー」

「帰るってどこに」


「…………」

 言葉に詰まり、半透明の足元を見つめる。


「え、もしかしてまた前に泊まったトンネル? 探索にはいいけど住むのはもう嫌だよーピカピカの家に住みたいよー……。」

 アツギは不平不満を並べたが、やるせない顔をしたミヤに気づき、やがて口をつぐんだ。

 そしてそのまま、空に向かって静かに問い掛けるのだった。


「俺たちってさ、いつまで浮遊霊やってればいいんだろうな」



「そんなの私に聞かれても分かんないよ。でも幽霊にはなれたんだし、いつまでもここでフワフワしてる訳にもいかないし。私たちもいつかは天に昇れるんじゃない?」


 とは言ったものの、未来について考えることをミヤは嫌っていた。天に昇り、天で暮らしたとして、その先には何がある?


 いつか意識は尽きる。仏の道で説かれている転生の道があろうと、その時私の意識は消えてしまう。

 無になるのが怖い。

 アツギをアツギだと認識できなくなるのが怖い。

 彼を愛せなくなってしまうのが、たまらなく怖い。


「ねえ。いつか天に昇れてもこのままでも、ずっと一緒にいようね。居られるところまで。ずっとアンタの馬鹿に付き合うから」

「ミヤ…………」


 その輝くような瞳に見とれてから、照れ臭そうにアツギは笑った。

「うん、トンネルお泊りも楽しいよな! 人間たちだって来るかもしれないし、サプライズだってできるじゃん!」

「驚かせることばっかり」

 生前に劣らぬ美貌でミヤが微笑む。冷たい手と手を、二人は繋いだ。





 一人の浮遊霊が道をさ迷っていた。禿げかかった頭にしなびたワイシャツからは会社員(リーマン)を連想させるが、彼もまたれっきとした霊なのである。

「はあ……。死んでまでこの姿のままなんて、浮かばれないよ」


 いつだったか、労働が俺を殺した。知らない内に縄が首をさらっていった。



 (ゆうちゃん)

 いつも頭に響くのは、ばあちゃんの声。

 天国があるなら、もしこんな俺でも天国に行けるなら……今すぐにでも行きたい。天国にいるばあちゃんに会いたい。何もかも忘れて、ばあちゃんと一緒に大好きだった夏の日々を謳歌したい。


 毎日のように願っていた。

 だが神様というものはやはり居ないらしく、惨めに町をさ迷う日々だった。意図せずとも人間をすり抜け、誰にも気付かれることはない。


 孤独だけが友達。


「仲間のいる奴らが羨ましい。ああ、これからも俺はずっと一人のまま……」


 沸き上がった涙は氷のように冷ややかだった。





 静寂を塗り尽くしたかのような夜の道を、二人だけで歩いていく。

「この道の角を左に曲がって少しいけば、トンネルだったはず……。もう少しだわ」

「ああ」

「せっかくだし、トンネルお泊りを楽しみましょ」

「おっ、お姉さんノリがいいねえ」

「アツギくんに感化されたのよ」

「へへっ、言ってくれるじゃん?」


 中睦まじく、二人でその角を曲がった時ーー。



 不意打ちだった。しなびたワイシャツを着たおっさんが、全く同じタイミングで反対側から飛び出してきたのである。


 叫ぶ男。

 叫ぶ女。

 叫ぶおっさん。


「ぎゃあああああああああああああ!!」

「あああああああああああああ!」

「うわああああああああああ」


 互いに驚かされた衝撃で、瞬時に三体の霊が成仏した。

 足音はない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 登場人物が人間ではなく幽霊であることを、あまり強調せずにさらっと書いたところ。 これによってどんどん読み進めることができて、唐突なオチの面白さが際立ちました。 後半のおっさんの心理描写も、…
2014/12/09 07:32 退会済み
管理
[一言] 肝試しをする若者?と思わせて、そうではなく……という前半からぐっと心を掴まれました。 楽しげで、哀しくて、よるべのない幽霊のカップルは、生きているか死んでいるかの違いだけで、現代の私たちと…
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