桐生峻1.
「す、すいませんでした!」
「そんなに気にしないでいいよ。ね、峻くん」
何度目かになる謝罪と共に楓が頭を下げる。一方、謝罪を受けた側の董子は特に気にした様子もない。
「あぁ、俺も気にしてないよ」
董子に促された峻も同じように答えた。
「ホントに申し訳ないです……」
しかし本人はまだ納得していないようだ。そんな楓を見て峻は苦笑しながら近づくと、楓の頭にポンと手を乗せた。
「気にしなくていいって。それより仕事中だぞ。一応お客さんもいるんだからちゃんと前向いてくれ」
そう後輩に言い聞かせる。責任感が強そうな楓のことだ。こういう言い方をすれば頭を上げないわけにはいかないだろう。そういう打算を峻は持っていた。
「……あれ?」
しかし、楓は峻の思惑とは裏腹に顔を上げることなくうつむいたままだ。
(おかしいな)
そう思って楓の様子をもっと詳しく見ようとした時、横から伸びてきた手が峻の残った手の甲をつまんだ。
「いてててて」
つままれた痛みに顔をしかめながら振り向くと、そこには頬を少し膨らませた董子がジト目で峻のことを見ていた。
「と、董子?」
「またそういうことして」
「またってどういうことだよ?」
「さぁ? 自分の胸に聞いてみてください」
「???」
さっぱり訳が分からず、峻は思わず楓の方に視線を向ける。視線の先の楓はすでに顔を上げていた。しかしその顔は頬が赤く染まっていた。
「葛城さん、熱ある?」
「…………」
返事はない。代わりに後ろで董子のため息が聞こえる。
楓は少しの間峻のことを睨んだ後で、
「……先輩、謝った方がいいです」
「謝る? なんで?」
「それは……じ、自分の胸に聞いてください」
「ホントに訳が分からん」
ものすごく困った顔をしている峻を傍目に董子が楓を見た。
「そういえば葛城さんが彼女と勘違いした人って誰なんだろ?」
董子の素朴な疑問に楓がうっと後じさる。
「その人名前言ってた?」
「えっと……」
楓は少し言葉に詰まった後で、
「いえ、名前は聞いてないです。……ただ先輩のことを知ってる風だったので私が勘違いしちゃって」
「あぁ、別にいいの。ちょっと気になっただけだから。うん、この話はもうおしまいね」
楓がまた謝り出しそうになったので、董子は慌てて話を打ち切った。そして、手元のアイスミルクティーをおいしそうに飲む。
店内に久しぶりの静寂が訪れた。
(……で、結局俺はなんで謝らなくちゃならないんだ?)
その中で峻は釈然としないものを胸中に抱えたまま、ふきあげたコップを棚に戻すことにした。