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幼馴染の恋愛模様~2nd season~  作者: こ~すけ
4月28日水曜日
5/10

桐生峻 1.

「それじゃ、お先に失礼します」

 バイトを終え、私服に着替えた峻が、奥から出て夜の準備を始めたマスターへ声をかける。マスターはいつも通り手を挙げてそれに答えた。しかし、今日はそれだけでは終わらず、マスターが言葉を発する。

「峻君、今日のあの子……葛城さんといいましたか。どうですか?」

 その問いに、峻は一瞬だけ思案した後で答えた。

「問題ないですよ。すごくいい子です。それに一日目で先輩を怒るくらいに真面目ですし」

「そのようですね。あの声、奥まで聞こえていました」

「ははは……申し訳ないです」

 口元に笑みを浮かべるマスターへ、峻は苦笑いを返す。

「では、予定通り昼間はあの子に任せます。峻君、君には夜のお手伝いを」

「はい、分かりました」

 峻が頷きながら答える。マスターはそれに応じて手を挙げた。

「失礼します」

 それを見た峻は、頭を少し下げた後、フォレストから外へ出た。

 四月下旬の午後七時前はかなり暗い。峻は、店前の路地で大きく伸びをすると、自室への帰路へと着く。

(今日はなんだかいろいろあったなぁ)

 そんなことを思いながら歩く。その『いろいろ』の内容は、ほとんどが放課後に集中していた。

(葛城さん、か)

 まず、今日会った少女のことが頭に浮かぶ。見た目通り少し無愛想な、しかし思った以上に言うことは言う真面目な性格の少女だったな、と峻は思った。

 特に、先ほどもマスターと話したあの自分自身への一喝は、峻の印象に強く残っていた。

(なんだかおもしろい子だなぁ)

 峻はあの場面を思い出し、苦笑した。

(睦もびっくりしてたな)

 カウンター席に座っていた従妹も、目を丸くしていた。

 峻の思考は、次にその従妹へと移る。

(……睦のやつも元気そうだったな)

 峻に会えたことがそれほど嬉しかったのか、子犬のようにじゃれついてくる従妹。高校に入る直前になって、見違えるほどに体は成長したのに、中身はまだまだのようだ。

(抱きつくのだけはやめさせないとなぁ……今のあいつは、いろいろと当たるから)

 ここ一年でできた峻の新たな悩み事の解決策を、頭の中で練る。とはいえ、一年間失敗し続けているのだから成果は察することができる。

「さぶっ……!」

 その問題への解決策は無駄だと言わんばかりに、まだ冷たさを纏った風が吹き抜ける。それに身を縮めつつ、峻は足を速めた。

 その時、峻はズボンのポケットの中で、携帯が震えているのに気づいた。そのパターンから電話の着信だと気づく。

 ポケットから携帯を引っ張り出し、液晶を見た。するとそこには、『藤宮董子(ふじみやとうこ)』と表示されている。

「もしもし?」

 通話ボタンを押して、携帯を耳につけると、そこから聞き慣れた声が聞こえてきた。

『もしもし、峻君ですか?』

「俺の携帯にかけて、俺以外の人はそうそう出ないと思うよ?」

『あ、その言い方は峻君ですね』

「言い方で特定するんだ……」

 峻が返すと、電話口からくすくすと笑い声がした。峻の頭に、董子の笑顔が鮮明に浮き上がる。

『バイト中かな、と思ったんだけど。繋がってよかった』

「ちょうど終わったとこ。なかなかいいタイミングだよ」

『なんとなく、今なら大丈夫かなって思ったの』

「そっか」

『うん』

 どこか誇らしげに董子が言った。もし一緒にいたら、「私もなかなかやるでしょ?」という風な視線を向けてきたに違いないな、と峻は考える。

 峻が二年以上も董子と一緒に居て分かったのは、董子もなかなかの自信家だということ。ただし、全方面にではなく、一部のことにのみ自信を覗かせる。たとえば、『親しい人との繋がり』などだ。

 自分もその『親しい人』のリスト入りしていることへ、嬉しい気分になりながら峻が尋ねる。

「それで、なにかあったの?」

『あ、うん。峻君、明後日なんだけど講義の後に時間ある?』

「……悪い、明後日はまだ新しい子の教育で早く行くつもりなんだ。だから時間は取れないな」

『そういえば……今日からだったね。どんな子だった?』

「しっかりした子だったよ。ちょっと無愛想な風に見えるけど、いろいろ喋ってみると面白い反応を見せてくれるし。それに店の看板になりそうなくらいに可愛いし……あ」

 今日一日の出来事を思い出しつつ、董子の問いに素直に答えた後で、峻は「しまった」という顔をした。

『ふーん』

「あ、いや、董子?」

『可愛いんだねー、その子』

「そのなんだ? 俺は董子の質問に素直に答えただけで……」

『それにいろいろお喋りかー、ふーん』

「あのー……董子さーん?」

『…………』

「……ごめんなさい」

 ついに呼びかけても答えてくれなくなった董子へ、峻は電話越しに頭を下げた。

『……ぷっ……ふふふふふ』

「……董子」

 すると、電話口から含み笑いが聞こえて、峻はガクッと肩を落とした。

『ふふふ、ごめんなさい。少しいじわるしてみたの。びっくりした?』

「心臓に悪いから止めてください」

『ごめんなさい。もうしません……たぶんね?』

「おいおい……まぁ、いいや。それより明後日の件、ごめんな。急ぎの用なのか?」

『ううん、大丈夫。そういうことなら仕方ないよ。……けど、土曜日は大丈夫だよね?』

「あぁ、そっちは問題なし。マスターに休みもらってるから」

『よかった。峻君のことだから、誕生日も普通にバイトだけど、とか言いそうだもん』

「前から約束してたし、それはないよ。映画館のチケットもばっちり予約済みだし」

『うん、分かった。ありがとう』

 明々後日の土曜日。つまり五月一日は、峻の二十回目の誕生日だ。その日は、彼女である董子と祝うことを前々から予定していた。

 さらにその日から二十歳になるので、『フォレスト』の夜の部にも入ることができる。だからこそ、新人のバイトを募集していたのだ。

『じゃあ、予定はそういうことで』

「分かった。それじゃ」

『うん。峻君、またね』

「うん」

 それからいくつかの会話を終えた後、峻は董子との電話を終了した。耳から携帯を離す。通話の時間がちょうどいい帰宅時間になったらしく、峻の部屋はもう目の前だった。

 ただし、それは峻が十八年住んできた一軒家ではない。駅前から少し離れた位置にある築年数の古い二階建てアパートだった。名前を『ハイツ小倉』という。その二階の一番奥、204号室が今の峻の住まいだ。

 ここに越してきたのは、高校を卒業し、大学へ入学するまでの休みの間である。その主な理由は『睦が甲城大附属に受かったため』だ。

 県外に住んでいた睦が、高校に通うためには、学校の近くに住む必要があった。本来なら睦が一人暮らしをする予定だったのだが……峻が猛烈に反対の末、実家の峻がいた部屋に睦が住み、代わりに峻が家を出る形をとったのだった。

 ところどころペンキが剥がれ、錆びついたタラップをカンカンと音を立てながら上がる。そして、自分の部屋の前まで来ると、キーホルダーを取り出してロックを解除する。

 ドアを開けて中に入ると、外見とは違って……というわけではなく、外見通り内装も同じく古めかしい雰囲気を出している。

 とはいえ、この畳敷き八畳一間が今の峻の部屋であり、彼だけの城だった。

 ベッドや本棚といったものは実家に置いてきたために、部屋の家具といえばテレビにノートパソコン、簡単な収納箱といくつかのラックといったもののみだ。

「ふぅ……」

 峻は荷物を降ろしながら、息を吐く。そして炊飯器の米が炊けているの確認する。

(飯作るか)

 頬をかきながら峻は、冷蔵庫の中身でできそうなものを頭の中で考え始めた。


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