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幼馴染の恋愛模様~2nd season~  作者: こ~すけ
4月28日水曜日
2/10

葛城楓 2.

 (くだん)のバイト先、喫茶店『フォレスト』は学校から徒歩で五分ほどのところにあった。古めかしい外観は、この店を初めて見る楓にもどこか懐かしさを感じさせた。

「さて、じゃあ入ろうか」

「はい」

 楓に声をかけながら峻が店の扉を開けた。ちりんちりんと小気味いい音がする。扉の上についている鈴が来客を知らせるために鳴っているようだ。

 店内は閑散としていて、今入ってきた楓たち以外に人影はなかった。カウンターに六席とテーブル席が二つ。こじんまりとはしているものの、店内に流れる優雅なクラシックとマッチしていて落ち着ける雰囲気の店だ。

(なかなかいい感じ)

 楓の『フォレスト』への第一印象は悪くないものだった。バイトというものが初めての楓にとって、働き先がどういう雰囲気か、というのは重要だった。

 ファミリーレストランに分類される賑やかなところは、楓の苦手とするところだ。もとよりファミリーレストランに入ったことがないので、余計に苦手意識がある。この『フォレスト』が喫茶店といいつつ、その類の店だったらどうしようかと思っていたので、楓は少しほっとした。この店ならそういった賑やかさとは無縁だと感じたからだ。

 その時、カウンターの奥にある部屋から初老の男性が現れた。

「こんにちは、マスター。この子が一昨日に連絡をくれた葛城楓さんです」

 自分の斜め前に立つ峻が、マスターと呼んだ初老の男性に向かって楓を紹介する。楓はそれに続いて頭を下げた。

「こ、こんにちは……私、えっと……か、葛城楓といいます。よろしくお願いします」

 自分でももどかしくなるくらい言葉に詰まる。その原因が、日頃あまり人と喋らないためだと自覚する。こんな風にしっかり頭を下げたのも久しぶりだった。

(……恥ずかしい)

 顔の温度が上昇するのを感じながら、楓は頭を上げた。顔が赤くなっていないかが心配だった。

「はじめまして、私はこの店のマスターをしています。バイトの募集に応じてくれてありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」

 しかしマスターは、楓の様子を気にする風もなく、にこりと柔和な笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。その笑顔を見ると、高鳴った楓の気持ちも不思議と落ち着いていく。そのことに驚きつつも、楓はこの人がこの店のマスターたる由縁を垣間見た気がしていた。

「峻君、楓さんへの店の説明とかは任せてもいいかな?」

「はい。こっちもそのつもりですから」

「すまないね。じゃあ、私は奥にいるよ」

「はい」

 峻とマスターが短い会話を交わし終えると、マスターはまた店の奥へと戻っていく。

「さて、それじゃあまず着替えだな」

 マスターが奥に戻ったのを確認した後で、峻は楓の方を振り返ってそう言った。

「……着替え?」

 楓は思わず聞き返した。電話で話をした時は、特になにも持ってくるものはないからと言われたので、今日は学校の鞄しか持っていない。

「あ、大丈夫。着替えはこっちで用意してあるから」

 峻が、楓の表情から考えていたことを読み取ったようで、先回りをして言う。

「……そうなんですか」

 内心はほっとしながらも、考えを読まれたという事実に少し峻から目を逸らし楓が返事をした。

「……たぶん大丈夫だと思うんだけど」

「……たぶん?」

 ぼそりと呟かれた峻の一言へ、楓は素早く反応した。どことなく不穏な言い方だ。

「大丈夫! 楓さんならすごく似合うと思うよ!」

 横から今まで黙っていた睦が満面の笑顔で言った。

「……なにが?」

 反射的に聞き返すが、それに対して睦はにこにこと笑っているだけだった。

(すごく嫌な予感がするのだけれど……)

 そんな楓の予感への答えは、すぐに訪れることになる。


「――――っ!」

 更衣室になっている部屋の姿見に映った自分の姿を見て、楓はさっきのマスターへの挨拶時とは比べ物にならない勢いで赤面していた。

(こ、こ、こんなの……無理!)

 そう心の中で絶叫する。それもそのはずだ。

 姿見に映った楓は、カッターシャツの上に袖なしの黒いベストを羽織り、下もそれに合わせた黒のズボンだ。そしてきわめつけは首元の黒い蝶ネクタイである。

 その姿はどこからどう見ても男装であり、文化祭の出し物で仮装をしているようにしか楓には見えなかった。

 普段地味なものばかり選んできている楓にとっては、この服はその許容ラインを遥か後方に置き去りにするほどの衝撃的なものだった。

「葛城さん」

「ひゃい!」

 その時、店内へと通じる扉がコンコンとノックされ、同時に声をかけられた。突然のことに驚いた楓はとっさに返事をしたものの、それを思いきり噛む。そしてそのことに対しても赤面するはめになり、楓の顔はすでにゆでだこのように真っ赤だ。

「大丈夫? 服、着れた?」

 扉越しに峻の声が聞こえる。その問いになんと返せばいいのか、楓は返答に悩んだ。

(大丈夫だし、着れたけど……この姿で外に出るのは……)

「えっと、俺も着替えなきゃならないから着れたなら一度交代してほしいんだけど」

 しかし、そんな楓を追い立てるように、峻がさらに声をかけてくる。

(えーと……えーと……)

 そんな風に言われると、さらに楓の気持ちは焦ってしまう。どうすればいいのか、どう答えればいいのか悩む。その焦燥感から楓の思考は少し違う方向へ逸れていく。

(ていうか……もとはと言えばこの人がとりあえず一度着てみて、なんて言うから……!)

 楓がこの状況に陥る原因となり、さらに現在進行形でその状況を悪化させている峻へと怒りにも似た感情が募る。

「葛城さん?」

 焦り、怒り、照れなどの感情がごちゃ混ぜになり楓は自分でもなにを考えているのか訳が分からなくなる。とにかくのん気に自分の名前を呼ぶ峻へ、少しはこの状況の責任を取らせることができるような一言を返さなければと思い、楓は言葉を発した。

「わ、私が出るんじゃなくて……先輩が入ってきてください。おかしなところがないか……確認するのが普通じゃないですか?」

「は……?」

 扉越しに峻の間の抜けたような声がした。あきらかに面食らったような様子だ。――峻に一矢報いる。その点においては、楓は目標を達成したといえる。……だが、

「入っていいの?」

「え……?」

 峻の質問に今度は楓が面食らう番だった。そして自分の言ったことの意味を理解する。

(え? え? ちょっと待って……これじゃあ、私……自分から誘ったみたいに……)

「――――っ!!」

 そんな考えが頭を過ぎったところで、楓の頭の中はショートした。もし、楓が機械製品だったら確実に煙が上がっているところだろう。

「まぁ、確かに人前に出る前に服装チェックは必要かもな」

 しかも扉の向こうでは、楓の意見に妙に納得した様子で峻が呟いていた。

「じゃあ、入るよ?」

「えっ、ちょっ……!」

 楓がなにか言おうとした時にはもう遅かった。扉は開かれ、その向こうから峻が顔を覗かせる。瞬間、楓はぎゅっと目を瞑った。相手の顔も見るのが怖かったからだ。もし、その顔に嘲笑が浮かびでもしたら、楓は精神的に耐えられる自信はなかった。

 目を閉じると、自分の心臓が早鐘のようになっていることがよく分かった。当たり前だ。人が四人も入ればいっぱいになりそうな小さな部屋で、親族でもない男子と二人きりになるということは、楓にとって生まれて初めての経験なのだから。

「えっと……」

 峻の声がした。それにぴくりと楓は反応する。こんな風に自分でも初めての服装を、会って二度目の男子に見られているのだ。どうしても過敏になってしまう。

「見たところ、別におかしいところはないよ。というかすごく似合ってるな」

「へ……?」

 だが、峻は意外なほどあっさり服装への感想を漏らした。それを聞いて、楓は思わず目を開ける。目を開けた先、目の前に立つ峻は笑っていた。しかし、それは嘲笑などではなく優しい微笑みだった。

「おかしく、ない?」

「あぁ、どこもおかしくないけど? よく似合ってると思うよ」

 疑問符をつけて呟く楓に、峻が言う。屈託のないその笑みは嘘をついていないことを楓に伝えている。

「はぁ……」

 その反応を受けて楓は大きく息を吐くと、ペタンと床に座り込む。張りつめていた気持ちが切れて、体を支えられなくなってしまったのだ。

「だ、大丈夫?」

 そんな楓を見て、峻が少し慌てたように一歩前に足を踏み出した。

「……大丈夫です。少し緊張していて……でも、今の先輩の言葉を聞いたら気が抜けちゃいました」

「……俺、そんなにおかしなことを言ったかな?」

 峻が首を傾げながら頬をかいた。本人に自覚はないのだろう。

「まぁいいや。立てる?」

「はい」

 峻の問いかけに返事をする楓の目の前に、大きく、しかしどこか繊細な右手がさし出された。

「どうぞ。手を貸すよ」

 楓が見上げると、視線の先で峻がまた微笑んでいた。楓は、その微笑みから恥ずかしそうに視線を逸らすと、さし出された手に自分の右手を重ねる。すると、その右手を包み込むように峻は手を握り込む。――その手はすごく温かく楓には感じられた。


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