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桐生峻2.

「おつりです」

「うん、ありがとう」

 董子が楓から笑顔でおつりを受け取る。それを財布の中にしまうと峻に向かって顔を上げた。

「それじゃ、私は先に帰るね。峻君、バイト頑張って」

「うん、気をつけてな」

 峻は軽く手を挙げた。

 カランと音がして扉が開き、董子の体が半分ほど出る。その時、董子がくるりと振り返った。

「峻君、明日は遅刻しないでよ」

「えっ?」

「ね・ぼ・う! しないでね?」

「あ、あははは……分かってるって」

「ホントかなぁ?」

 董子が疑惑をたっぷり含んだ目で峻を見た。

「大丈夫だって。俺は大事な時には遅れないから」

「ふーん……じゃあ、今まで私とのお出かけに遅れてきてたけど、それって大事じゃないからなんだ」

「い、いや、そういう訳じゃ……」

「じゃあ、どういう訳?」

「…………すまん。遅れないように努力します」

「ふふっ、よろしい」

 峻は参ったとばかりに頭を下げた。そして今日は謝りっぱなしだと心の中で呟く。

 そんな峻に董子は微笑みながら、

「どうしても遅れそうだったら朝に電話するけど?」

「いや、いいよ」

 董子からのありがたい申し出だったが、峻は即座に断った。

「ホントに?」

「うん、絶対起きるから大丈夫!」

「まぁ、峻君のことは信用するけど……でもなんで?」

「だって、電話でだとしても話したら董子言っちゃうだろ?」

「あぁ、言っちゃうね」

「それは会った時に取っときたいからな」

「そっか。なら、私も我慢して電話しない」

 董子は峻の気持ちを察すると、少し恥ずかしそうに笑った。峻も同じように恥ずかしかったが、今が二人だけの空間ではないことを思い出して、緩みかけた頬を引き締めた。

「じゃあ、帰るね」

「おう、気をつけて」

 もう一度峻に背を向けた董子へ、峻は同じように言葉をかける。

「うん。じゃあ、絶対遅れないでね! 明日は峻君の誕生日なんだから」

 董子はそう言って念を押すと、店から出ていった。扉が完全に閉まったのを確認して、峻は「ふーっ」と一息つく。そして、自分の方をじっと見つめる視線に気づいた。その視線を辿ると、そこには驚いたように目を大きく開いた楓がいた。

「あ、ごめん。仕事中に個人的なことを喋って」

「あ、いえ……」

 楓はどこか気まずそうに目を逸らす。

(うーん……今のは不謹慎だったよな)

 バイトの態度としてはとても良いとは言えないシーンを見せてしまったことを峻が反省していると、

「あ、あの」

「ん?」

「先輩……って」

「おう」

 数日前のこともある。また楓を怒らせてしまったか、と峻はなんだか情けない気持ちになった。

「先輩って、あ、明日誕生日なんですか!?」

「……え?」

 予想外の言葉が飛んできて、峻はとっさに反応できない。お互い時が止まったように見つめ合う。

「そうだけど」

 先に硬直が解けたのは峻の方だった。なのでとりあえず楓の質問への答えを返した。それが合図となったようで、楓も弾かれたように反応した。

「そ、そういうことは早く言ってもらわないと困ります!」

「いや、言う機会なかったし」

「ありました! バイト初日とか」

「バイト初日にいきなり誕生日告げる先輩はどうかと思うぞ……」

「それは……そうですけど」

「だろ?」 

「で、でも! 私にだって用意の時間が!」

 楓のその言葉で峻は勘付いた。この後輩は、律儀にも峻の誕生日を祝おうとしたようだ。

「もしかして誕生日祝ってくれようとしたのか?」

 峻はそれをあえて聞いてみる。

「――っ! ……はい」

 誤魔化してもいい場面なのだろうけど、楓は素直に答えてくれた。なんだかその素直さが嬉しくて峻は思わず頬を緩めてしまう。

「ありがとうな」

 そして素直に答えてくれた楓のために、峻も素直な感情を表に出した。

「けど、特別な用意なんて必要ないよ」

「え……」

「今度会った時に、おめでとうって言ってくれればいいさ」

 そう言ってくれるだけで十分だ、と峻は続けた。

「はい……」

 楓が小さく頷いた。峻はそれを見てフッと小さく息を吐く。分かってくれたと思ったからだ。だから峻は、その後で楓がしょんぼりと肩を落としたのに気づくことはできなかった。


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