葛城楓 1.
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では、「幼馴染の恋愛模様~2nd season~」をお楽しみください<(_ _)>
――校庭に咲く桜の花びらが、春の風にのって舞っている。テレビでは、この前まで桜の開花情報でいっぱいだったはずなのに、いつの間にか話題は次のゴールデンウィークのことに移っている四月の下旬。そんな時期。
甲城大附属の二年生の教室で、葛城楓はぼんやりと教壇の方を眺めていた。背中の中ほどまである黒髪、整ったシャープな面立ちとつり目がちなどこか冷ややかな目をしていることから大人びた雰囲気がする少女だ。
「今日のホームルームはここまでな」
その教壇に立っていた男性教諭が、その言葉と共に学生を学校に縛る最後の科目から解き放つ。その瞬間、教室のあちこちでイスが鳴る音がして、周りの学生たちはいっせいにお喋りを始めた。
新しい学年になって一ヶ月が過ぎようとしている。すでに新たな友人関係が築かれているのがよく分かった。
しかしその同級生たちの中で、楓に話しかけてくるものはいなかった。楓自身もそれはよく分かっていて、ただ悠然と席に腰かけている。
本当ならば、ホームルームが終わった瞬間に席を立って出ていきたいところだが、今日はそうもいかなかった。楓にはこの後、用があるのだ。
そのことを考えると、胸がなんともいえない苦しさを覚える。
(……私、なんであんなことを)
楓は、自分のしたことを少なからず後悔していた。自分のした行動がいまだに信じられない。まったくもって気の迷いだったとしか言いようがないのだ。しかし、すでに電話越しで相手と一度話をしてしまっている。そして今日、その相手と会う約束をしてしまったのだ。
(やっぱり帰ろう……約束をすっぽかせば、相手もイタズラだと思うはず)
楓はそう考えて、自分の席から立ちかけた。そんな時、
「あの! すいません!」
教室の入り口で、見知らぬ女子生徒が男子生徒に話しかけているのが見えた。楓はその女子生徒になぜか釘付けになり、席から立つのも忘れてその様子を眺めていた。
男子生徒が教室の真ん中当たりを指さす。いや、正確には楓の方に向けてだ。すると女子生徒は、その指先の楓をしっかりと見据えた。
男子生徒に勢いよく頭を下げた女子生徒は、小走りに自分の座っている机に向かってくる。そして、
「こんにちはー!」
驚くほど元気に挨拶をした。
薄く茶色に染めたボブカットの髪、整った容姿の中でも一番に目立つ大きな瞳は愛らしくよく動く。さらに制服の上からでも分かるほどの胸のふくらみは、同年代の女子から見ても羨望の眼差しを受けているはずだ。ただし身長は低い方で、百六十センチに届くか届かないかといったところか。
「……えっと」
初対面のはずなのに、いきなりそんな風に声をかけられると思わなかったので、楓は返答に窮する。そんな楓を置き去りにして、目の前の女子生徒が言う。
「あ、すいません。いきなり来てびっくりしましたよね? 私、バイトを募集してた人の従妹なんです。その人、ここの卒業生で、おまけに隣の甲城大に通ってるのに、軽々しく校舎に入るわけにはいかないからーとかなんとか言って来れないので、私が代わりに来ました」
「……はぁ?」
楓の口からまぬけな音が漏れる。早口で喋ってくれるのはいいが、適切な説明とは言い難い。かろうじてこの女子生徒が、楓の連絡したバイト募集をしていた甲城大生と繋がりがあることは分かった。それに追加で、首元のタイの色から、この女子生徒が同学年だということも。
「その人附属側の校門で待ってるはずなんです。一緒に行きましょ?」
女子生徒がそう言って微笑む。どこか幼さを残したその笑顔は、愛くるしいと言っても過言ではないだろう。男子女子共に好かれそうな感じだ。
「え、えぇ……」
そんな自分とは百八十度近く違う輝かしさを持った女子生徒の勢いに面食らい、まだ少し動揺をしている楓の動作は重い。
その動作の遅さを別の理由に捉えたのか、女子生徒はなにか思いついたような顔をして、さらに体の前で手をポンと叩いた。
「あ、すいません。自己紹介がまだでしたよね! 名前も言わずにあれこれ喋ったら完全に怪しいですよね? あーダメだなー私……これじゃあまた峻兄に呆れられちゃうよぉ」
女子生徒は、オーバーなくらいに肩をガクッと落とすと、見るからに失敗したという顔をする。なんというのだろう、すごく子供っぽく感じられた。
「あぁ……えっと」
どう返事を返せばいいのか混乱している楓を置いて、女子生徒は気を取り直すと、自己紹介をした。
「私、甲城大附属の二年生、あなたと同じ学年の『桐生睦』って言います! えっと、いまさらの確認でごめんなさい。――葛城楓さん、ですよね?」
そして同時に、首をかしげながら楓が本人かどうかも確認する。桐生睦、そう名乗ったこの女子生徒はどうやらかなりそそっかしい性格のようだ。
「あのー……もしかして間違ってました?」
「あ、いえ……あってますけど」
楓がなにも言わないので心配になったのか、睦が不安そうな顔をして聞いてきた。それで初めて自分が無言なことに気がついた楓は、少し慌てつつ睦へ返事をした。
「はぁー、よかった。違う子にバイトの話をしてたのかと思っちゃいました」
睦は大げさに見えるほどの動作で胸をなでおろす。そして、楓に向かって笑顔を見せてきた。
「それじゃー……えーと、楓さん。一緒に待ち合わせ場所まで行きましょ?」
「う、うん、分かったわ」
笑顔のまま睦が言う。その笑顔と勢いに気圧されつつ、楓は小さく頷いた。
下駄箱で靴を履き替え、玄関から外に出る。四月末の風はまだ冷たい。楓の他にも何人もの生徒が玄関から吐き出されていく。カップルらしき男女、仲の良さそうな女子四人組、両耳にイヤホンをつけて一人の世界に浸かる男子。
(みんな、これからどこに行くんだろう……)
ふとそんなことを楓は考えた。大半の生徒が部活動へと向かう中、帰路につく生徒。その生徒たちはこの後、一体なにをするのだろうか。
遊びに行くのか、それとも塾へ向かうのか、はたまた自分自身の趣味に興じるのか、それとも……昨日までの自分のように無為に時間を消費していくのだろうか。そんなことに楓が考えを巡らせていると、
「お、おまたせー!」
周囲に響くような声がして、楓の思考は中断する。そしてその余韻が消える前に、全力ともいえる勢いで睦が玄関から走り出てきた。
「ご……ごめんなさい」
「だ、大丈夫? あなた」
肩で息をしながら睦が言う。それに少々驚きながら楓は声をかけた。
「うん、大丈夫。放課後に提出するように言われてたプリント出すの忘れてて、職員室まで走っただけだし」
「あ、あぁ、そう」
正直なところ、今の説明ではなにが大丈夫なのかは、楓には少しも分からなかったがとりあえず返事だけはしておく。
(それにしてもこの勢いはどこから来るんだろう)
教室からここまで睦の勢いに押されっぱなしになっている。楓にとって睦のような存在と触れ合うのは初めてで、どう接すればいいのかイマイチ分からない。
(……まぁ、ただ案内役を頼まれただけだろうし、明日になればどうせ話すこともなくなる)
そんな考えが楓の頭を過ぎる。すると、接し方を考えていた自分が途端にバカらしくなった。
「さ、早く行きましょ。あなたに案内を頼んだ人は、正門にいるんでしょう?」
「え、あ、うん!」
すると、少しいつもの調子が戻ったようで、まだ息を整えていた睦を置き去りにして楓は歩き出した。その後を睦が小走りでついてくる。
楓たちが出てきた校舎から正門まではさほど距離はない。それに障害物もないため、正門は視認することができる。楓が目を凝らすと、校門には何人かの人影があった。
近づきつつさらに目を凝らす。楓は元々の視力は悪いが、現在はコンタクトレンズをしているため人並に視界はクリアだ。
(あれ、かな?)
校門に立つ制服姿の人影に混じって、一人だけ私服の男性が見えた。手に持つ携帯を眺めながら時折、校舎の方へと視線を向けていた。ジーパンに紺のパーカーといった服装だ。
「あ、峻兄だ!」
隣で睦が声を上げた。どうやら睦も同じように待ち人を見つけたようだ。
「楓さん、あの私服の人がそうですよ」
楓より五センチほど背の低い睦が、楓の方を見上げつつ嬉しそうに伝えてくる。今にもあの私服姿の人物の元へと走り出しそうな気配まで感じた。
(会えるのがすごく嬉しそう)
睦を見た楓はそんな風に思った。たぶんあながち間違いではないだろう。
私服の人物まで残り五メートルといったところで、向こうも楓たちに気づいたようで、どこかほっとしたような顔をした後、軽く手を挙げた。
「峻兄!」
ついに耐え切れなくなったのか、睦が楓を置いて駆け出す。途中まではそのまま抱きつきそうな勢いだったが、私服の人物の前でぴたっと止まり、満面の笑顔を見せる。
「久しぶりー! 電話来た時、びっくりしたよぉ」
「久しぶりってほどでもないだろ? 一ヶ月も経ってないんだからさ」
「でも、三週間くらい会ってないよ。……もっと帰ってくればいいのに」
「そのうちまた寄るよ」
私服の人物がそう言って、睦の頭に手を置く。睦は少し頬を膨らませて、そして少し頬を赤くして、それを受け入れていた。
(……この二人の関係ってなに?)
先ほど睦は『従妹』と言っていたが、そんな簡単じゃなさそうな雰囲気を楓は感じていた。楓は、私服の人物を見る。
背は高く百七十センチ後半はある。そして、特にセットはしてないと思われる自然な黒髪と人のよさそうな笑顔が似合う面立ちは、正直目を惹きつけられるものがあった。
(三年前と変わってない……)
そう思いながら楓が私服の人物をじっと見ていると、
「睦、それよりその人がバイト希望の人?」
「あ、うん! そうだよ」
私服の人物が楓の方を見て言った。すると、睦が思い出したように顔を上げると、慌てて答える。それを聞いた私服の人物が一歩、楓の方へと足を進めた。
「はじめまして、俺は桐生峻といいます。このたびはバイトの募集に応じてくれてありがとうございます」
(……知ってる)
楓は、心の中でそう呟いた。楓はこの人物を知っていた。三年前から、正確には二年と八か月前、甲城大附属の学校説明会が始まる直前、第二校舎で会ったのだから。そして、迷っていた楓を第一多目的室まで導いてくれたのだから。
峻の自己紹介を聞くのも二度目だった。午後からの学校案内の最後で、今まさに楓が通っている教室で、峻は楓を含めた生徒たちに向かって名乗ったのが一度目だ。
(懐かしい、な)
あの時、峻が語ったこの学校の魅力についての説明。それこそがあの時、迷っていた楓の心を決めさせたのだ。そして、楓はこの甲城大附属を進学先に選んだ。しかしそれがよかったのか、悪かったのか、その答えはいまだに楓にも出せていなかった。ただ言えることは、あの日峻は楓の人生を変えたということだった。
しかし今、相対している峻は、そのことを覚えていないらしい。それも仕方ないだろう。約三年前のたった一度だけ会った相手のことなんて覚えてない方が普通だ。
「あ、はじめまして、葛城楓といいます。よろしくお願いします」
だから楓も『はじめまして』と言って自己紹介をした。面と向かって名前を伝えていなかったから言い方としてはそこまで間違ってない。
「よろしく。それじゃ、早速だけどバイト先に向かおうか。詳細は歩きながら説明するよ」
「はい」
峻に促され、楓は歩き始めた。それに睦も続く。
――こうしてまた新たな季節が始まる。