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いかにリコール申請がされ、反論の証拠をそろえるための授業免除が認められても、椿木はSクラスなので授業についていくため必要以上に免除特権を利用しない。
もともと役員として活動していた時も、きっちり授業に出て、放課後だけで生徒会の仕事を終わらせている。
彼にとっては生徒会活動は部活に近い感覚である。
なので、現在も生徒会の仕事をしなくて良くなった(出来なくなったともいう)分、その時間に必要な情報を収集している。
特に学園側に依頼していた、重要なデータが出そろうのが3日後なので、その後のまとめに時間を幾らかの貰い、反論とそしてリコール選挙が週明けにも開催される見通しだ。
ちょうど明日から定期テストだし、テスト前に一般生徒たちを巻き込んで全校集会にならずに済んで良かった。
「…ユウ。月曜日の事が心配で、試験勉強に手が付かないとか思わないのか?」
そんな暢気に考えていた椿木に清太郎がため息をつく。
「全然?え、だって普段から勉強してるでしょ、清太郎」
「いや、椿木君。そこは友人として普通に心配するでしょ?」
役員のため一人部屋を与えられている椿木の部屋で試験勉強に勤しみながら、ジョージも清太郎に同意する。
「反論はばっちりでも、生徒たちの感情がどうかって事なんだよ」
「そこは…まぁ…同じ学校の生徒がそんな愚かじゃないと信じようか?」
椿木も不安がないとは言わないが、考えてもこればっかりは仕方がない。
逆にこの状態で試験の成績を落としたら、そちらの方が色々と言われそうな気がする。
「取りあえず、リコール準備で勉強できなかったんですか?なんてイヤミ言われないように頑張ろう?」
そして予想通り問題なく試験は終了した。
もとよりSクラスである椿木や清太郎達にとって、試験の点数は90点以上を取れて当たり前である。
そのために通常からマジメに勉強しているのだから。
「…っていうかさ、いいのかアレ。編入生」
ずぞーっと紙パックの野菜ジュースを啜りながら、清太郎が空いてる机を指差す。
結局試験期間中も埋まることのなかった座席である。
「いや、これはさすがにマズイよ。病気で入院してるとか、利き腕骨折して回答記入できないとかじゃないし」
病気どころか元気はつらつ、食堂では大盛激辛カレーライスを平らげておきながら「辛くて食べられない!甘口も準備しないと食べられないだろ!」と喚いたとか。
因みに大盛は普通のカレーの約2倍で、さらに「激辛カレー」のほかにちゃんと普通の「カレーライス」も存在する。そちらは甘口、中辛、辛口とカレールゥのような表記になっており、更にトッピングに唐辛子やチーズなども用意されている。
清太郎はちょっと辛いのが苦手なので、中辛と甘口のハーフという裏メニュー的注文をしているが断られた事はない。
「どうやってごまかす気なんだろうな…ちょっとそっちの方が楽しみなんだが」
出席日数に試験の放棄。留年する気なのだろうか。
「清太郎って、けっこう性格悪いよね」
椿木が呆れたように呟くが、そりゃ椿木君の友達だし、とジョージが心の中で突っ込んだ。
試験期間は午前中で終わりなため、人影はまばらだ。
試験も終わったし今日は週末だから、これから街にくりだす輩も居るのだろう。
皆どことなくそわそわとした雰囲気で机の上を片付け、教室を出て行く。
そんな中で椿木を見つけて、親指を立てながら「グッドラック!」と声をかけていくもの、「月曜日、楽しみにしてるから!」と物凄い笑顔で言ってよこすものが数名。
「なんだろ、その楽しみしてるって…複雑だなぁ」
見世物じゃないのに。
寮の自室に戻るべく歩いていても、見知らぬ生徒からの視線が飛んでくる。
週明けにリコールのための集会が開かれるという時期にしては、敵意というより好奇心に富んだ感じだった。
「…なんかさ、今の生徒会役員って嫌われてる?」
リコール返しを期待されてる感が半端ない。
椿木は別に他の役員が特に好きでも嫌いでもないが、ここまで生徒たちに嫌われている生徒会ってどうなのだろうか、と考える。
取りあえず椿木としては特に彼らについてどうも思っていない。
所詮は他人だ。
仲間意識はなかったが、敵でもなかった。
でも、一方的に喧嘩を吹っかけてくるなら、こちらだって抵抗する。
だって男の子だもん。
頭の中をそんなフレーズが通り抜けて行った気がする。