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「生徒の自主性を重んじるという校則があるので、職員会議でもいつまで様子見するかだいぶモメてるみたいですよ」
生徒の自主性に任せるのと指導もせずに放置するのはまた別な話で、生徒会に任せて行事が回らないのであれば、権利の一部を制限して学校側の管理下に置くことも考えなければならない。
いかに家柄がよいとはいえ、所詮は全校生徒数から見ればごく一部にすぎない役員のために、その他の生徒たちがシワ寄せを食うようでは健全なる教育に支障が出る。
「ふ、ん…。リコールが先か、強制失効が先、か」
佐野がぽつりと呟く。
「リコールの動きもあるんですか?」
パソコンの電源が落ちたことを確認してカバンを手にする。
時刻は間もなく8時だ。
窓の外はもう真っ暗だった。
退室前のチェックをしながらの椿木の問いに佐野が顔をしかめた。
「…オマエのな」
「自分ですか」
「驚かねぇな」
忌々しそうに顔を歪める佐野を椿木が見上げる。
「いえ、充分驚いてますよ。それ以上にあきれてますけど。…ふうん…そうきますか会長達。…まぁ、いいですけど」
苦笑する椿木に、だから驚いてるように見えねぇんだって、と口の中で呟く。
もともとそんなに仲間意識のなかった生徒会役員だが、この一月でさらに株が下がったため、そういうこともアリかもしれないとは考えたことはあった。
会長達にしてみれば、口うるさい上に取り立てて見栄えも良くない椿木をリコールさせ、さらに空いた「Sクラス出身」の枠に編入生を入れたいのだろう。
そうすれば堂々と役員専用に連れ込めるという算段だ。
椿木の耳にも自身の噂が聞こえてきている。
いわく、生徒会室にセフレを連れ込んで他の役員が使えない。
いわく、全然生徒会の仕事しないでサボっている。
聞いたときはそのくだらなさにあきれたものだ。
さんざん「平凡」だとか「誰にも相手されない」だとか、人の容姿をバカにしていたのに「セフレ」!
「……放っておくのか?」
気遣わしげな風紀委員長には悪いが正直なところ、
「そんな底の浅い嘘、どうでもいいです。仮にも会長とか副会長がつく嘘なら、もっとエスプリの効いたものにして欲しいトコですけど」
「エスプリ…って、例えば?」
「知りませんよ、そんなの。とりあえず、そんな誰でも考えつくような内容は止めて欲しかったな、と」
「オマエ、意外と黒いよな…?」
「いえいえ、フツーフツー」
佐野があきれたように言うのにひらひらと手を振って軽く否定する。
「風紀の佐野先輩には面倒かけますが、こんな年に風紀委員長に選ばれたのが運が悪かったと諦めてください」
生徒会室の電気を消して施錠する。
施錠といっても普通の鍵ではない。
「生徒の自主性」に重きを置くこの学園では、生徒会室にも各種の重要書類が置いてあるため、銀峰学園の学生証でもあるICカードで鍵をかける。
ICカードなので一枚一枚設定が施され、生徒会役員のカードでなければ鍵を開けることも閉めることもできないし、履歴をみれば誰が何時鍵を開けたか、鍵を閉めたかがすぐにわかる。
そして更に暗証番号でロックを掛ける。
この暗証番号も定期的に変更され、この二つが揃わずに無理に入室しようとすると警備会社にすぐ連絡が行くようになっている。
一度、指紋認証やら静脈認証を導入しようかという話が理事会に持ち上がったことも有ったらしいが、時の生徒会役員が個人情報の登録を拒否したため立ち消えになったという。
庶民である椿木にしてみれば、どこの政府機関だとあきれるばかりの実話である。
生徒会室があるのは特別棟で、階下にある特別教室などを利用してる文化部員もすっかりみな帰寮したのだろう。
人気のない校舎を佐野と二人で歩く。
ペタペタという上履きの間抜けな音だけが響いて消えた。