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Sクラス、というのはこの学園の中にあっても特殊なクラスで、容姿や家柄に関係なく、学力やスポーツなど自己の能力で、居場所を勝ち取った生徒たちのみ在籍を許されたクラスだ。
何年も前のこと。
とかく見た目や家禄に惑わされ学力が疎かになり、一時この学園の偏差値が地に落ちた時期があった。
いかに金持ち校とはいえ、お馬鹿高校を卒業した社長など外聞が悪すぎて、誰も自分の子供を入学させたがるわけがない。
急遽そこで偏差値を上げるべく、一般家庭の子供でも一定の学力が認められれば入学することが出来るようになったのが始まりであった。学費もそのほかのクラスに比べれば安く、その他の私立高校とほぼ変わらない金額に抑えられたうえに奨学金が出る。
もっともその奨学金もほぼ寮費と同額程度だが、全寮制故の食費などを考えれば有りがたいものだ。
さらに各学年数名だけに許された特待生制度があり、学生生活における学費・寮費から全てが無料になるうえに、奨学金の権利はそのままなので、派手な生活さえしなければ学園生活において仕送りが一切無くても困らない。
学力特待生ならば各期ごとに行われる学力試験で5位以下に落ちることを許されないなど、非常に厳しい条件が付いてくるが、望めば付属大学の講義も聴講することが出来るなどの特典も大きい。
ほかのクラスならばともかく、そんなSクラスへの中途編入となれば異例の事で、編入生は一気に時の人になった。
そればかりか、案内役を言いつかった副会長から会長、会計、庶務が面白いように編入生に堕ちた。
墜ちて、そしてそれまでは真面目に取り組んでいた生徒会としての仕事を放棄してしまったのだ。
椿木は編入生と同じクラスだったが、ほとんどその姿を見たことがない。
生徒会へは規定上必要なために役員に入れられたにすぎないと思っているし、この銀嶺学園のSクラスの一人であるという自負の下、毎回きちんと授業に出ていた。
にも係らず。
マリモ、黒モジャと一部に呼ばれる編入生とは、編入初日の朝と、それから2・3回見かけたくらいで、いっこうに授業に出る気配がない。
噂によると生徒会役員と一緒にいるらしく、彼らは彼らで生徒会特権である授業免除を使い、黒モジャを構い倒しているらしい。
あくまで「らしい」としかしらないが、少なくとも編入生とは授業で顔を見たこともなく、自分以外の生徒会役員が放課後に来ることもなくなったのは事実だった。
「…いいのか、コレ。提出期限過ぎてんぞ?」
佐野の視線の先にあるのは、山の一番上に置いてある提出期限が10日前の書類だ。
その下の書類も、さらにその下も、どれもこれも提出期限が切れている。
「と、言われましても。会長が処理しない分にはどうにも」
その書類を振り分けたのは椿木自身だから、提出期限が過ぎているのはわかっていた。
もちろん会長にも仕事をするように何度か苦言を呈したが、この有り様だ。
昨年との比較などの資料をそろえたり、テンプレートに入力する事は椿木にもできるが、最終的に決定するには生徒会全体で打合せしたり、会長の決裁印が必要になる。
会長に何かあれば副会長が会長代行との規定はあるが、書記がその代理を担う事は出来ない以上、書類は手つかずのまま重なっていくしかない。
「副顧問の柿崎先生も忠告はしてるらしいんですけど」
まったく聞く耳を持たないらしい。
先日は柿崎先生から「不甲斐なくてスマン」と頭を下げられてしまった椿木であった。
会長の家は大企業の近衛グループだ。
旧家の近衛とは系統が違うらしいが、それでもグループとしての実力だけでも学校内の上位に入る。
その上にかなりの美形で、今期ダントツで会長に選ばれた人物だった。
だからかかなり俺様なところがあり、教師に対しても「金で雇われる身分」という蔑みがある。
「そうか…」
同じように上場企業の跡継ぎである佐野であるが、自身は父親がバブル崩壊後にIT関連で会社を興して急成長させたいわば成り上がりなため、親の教育方針もあってか特権意識など持っていない。
それでもこの学園には小学生の頃からいたせいか、特殊性には気が付いていて、「力には力」と特権を振りかざす馬鹿を抑えるために風紀になった(風紀の先輩から強く頼まれたらしいが)という。