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後編

クリスマスに間に合わせた結果、やや支離滅裂。

後日改稿予定…。

結局その日に高島氏の許可が下りて、24日の早朝からケーキを焼くスタッフに任命されることとなった。



『12月2日。晴れのち曇り、風強し。

今日、瀬田さんがなぜか必死にお願いをされて、私が瀬田さんのオーダーを作ることになりました。彼は、そこまでして彼女にステキなケーキを食べさせてあげたいのでしょうか。私は、彼が何をしたいのか、どうして気になるのでしょうか。まだその答えが出ません』


約2週間後、ついに忙しい時期が到来した。

24日、25日に近づくにつれて、忘年会のついでなのか、ケーキの注文も増えていく。

特に22日から朝5時出勤で、土台となるスポンジケーキを焼いていく。

高島氏のデザインした今年のケーキは、全部で3種。

そのうちひとつは得意とするロールケーキ:ブッシュ・ド・ノエルである。

私は、22日から連日で早朝出勤する予定だ。

そして、問題の瀬田さんのケーキは、25日の夜8時オーダーである。

正直、閉店ギリギリで取りに来るのは、きっと瀬田がその日仕事だから。


高島氏には、その話を報告したときに、喜ばれた。

これは、またとないチャンスだと思えと言われ、愛莉はその通りと考えなおす。

パティシエを目指す者として、自分に作って欲しいと言われて、嫌なことは決してない。

むしろ、それは己の腕が認められた証拠として、誉れあるものだ。

そう、高島氏に言われ、愛莉は素直になれたのである。



『12月24日。晴れ、時々雪。

ついに雪が降るほど、寒くなりました。前回、寒波が来た時には降らなかった雪も、今回ばかりは降らざるを得なかったみたいです。とても寒い。

そういえば、明日はついに瀬田さんのオーダーを作る日です。これで高島先生のお墨付きを貰えたら、私の自信に繋がる。そう思って、全力を尽くします。もちろんお客様の笑顔。それが全てです。どうか、成功しますように…』


愛莉は、そっと日記を閉じる。

己の心情をいつも素直に綴るその白い頁に、初めて本心を書かなかった。

本当は、このケーキに少しでも瀬田の気に入るように、いや、気に入られるよう作ろうと思っていた。

それは純粋な職人気質だけではなく、どこか彼の気を引きたいと思う自分の心に、愛莉は戸惑う。

「はぁ…、ごめんね」

愛莉は、日記に謝る。

優しく表紙を撫でながら、また深い溜息を吐き出した。

「明日で、一区切りつけよう…」

明日に響くので、それ以上の感傷には浸らず、疲れた身体をベッドに横たえた。



前日の24日も相当目まぐるしく立ち回っていた。

25日のほうが、むしろ忙しく感じる。

愛莉は、3時という昼食を取るには遅すぎる時間にご飯を食べながら、そんなことを思っていた。

もちろん休憩はご飯を食べるだけのたった20分程度。

しかし、明日からは早朝出勤がなく、開店直後に入るように勤務時間も緩めてもらえたので、今日さえ終われば一息つける。

とりあえず、気力をなんとかそうやって保つことにした。


そして、この後には瀬田のケーキ作りが待っている。

しっかり手順や、分量などは頭と身体に叩き込んでいるとはいえ、やはり緊張してしまう。

お弁当をロッカーに仕舞い、備え付けの姿見で汚れた部分がないか、髪の毛がキャップから出ていないかを確認して、仕事に戻った。


―カランカランッ


8時になる少し前に、瀬田は現れた。

手には、紙袋がぶら下げられている。

「いらっしゃいませ。あ、瀬田さん、お待ちしておりました」

愛莉は、もうずっと貼り付けている営業スマイルで出迎える。

外は相当冷えてきているのだろう。

瀬田の頬や鼻は、相当赤くなっていた。

それが、どこかクリスマス・ソングにあるトナカイのように思えて、折角のイケメンとは言え、面白い。

そんな愛莉の思いが顔に出ていたのか、瀬田は首をかしげて、聞いてくる。

「あの、なにか付いてますか?」

「あ、いえ、失礼しました。今、ご注文のケーキをご用意させてもらいます」

そっと保管用の冷蔵庫から取り出して、瀬田の所へと向かう。

「お客様のご注文のケーキは、こちらで間違いありませんか?」

「は、はいっ!それで、これは貴女が作って下さったものなのですか?」

瀬田は、尚もそこに拘っているようで、自分が言うのもなんだか嘘くさいのだが、そう言うしかない。

「はい、たしかに私が担当させて頂きました」

「彼女の言うとおりですよ。お客様のご要望とありましたので、彼女は誠心誠意で仕事をしました。うん、いい出来ですね」

スタッフ用の扉を開けて、厨房から出てきたのは、高島氏だった。

高島氏は愛莉が持つケーキを見て、ふっと笑みを見せる。

己の弟子とも言える愛莉の成長がそこには出ていたのだろう。

すっと視線を瀬田のほうへ向け、瀬田に色々尋ねる。

「失礼ですが、この後どこかに寄られる予定はありますか?」

「えぇ、一応。ただ、まだ未定といったところでして…」

「そうでしょうな」

瀬田は、ハッとした表情になる。

その驚いた瀬田の顔に向かって、高島氏はウインクを投げてよこした。

こういうところは、年はそれなりに重ねているのに、お茶目に見えて、店員の間でも可愛いと評判なのだ。

愛莉には、なぜこんな話になっているのか、皆目検討がつかず首をかしげる。

「坂本くん、箱と袋に入れてくれ。それから、君はもう上がるといい」

「え…」

「よくやってくれた。今日は、もういいから、上がるといい」

高島氏は、お客様を前にそういう話をする人ではないと、愛莉は思っていた。

しかし、わざと瀬田に聞かせるように行動しているように思えてならない。

高島氏が何を考えているか、分からないので、愛莉は素直に従うことにした。


「では、俺はこれで」

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」

愛莉は頭を下げる。

高島氏も続く。

「ありがとうございました。よいクリスマスを」


店先から瀬田の姿が居なくなると、愛莉と高島氏は頭を上げた。

ほっと一息吐き出して、愛莉は高島氏を見上げる。

「オーナー。それでは、お言葉に甘えて、お先に失礼致します」

「あぁ、お疲れ様」

高島氏に一礼した愛莉は、そのままバックへと戻っていく。

その背中に、高島氏は声をかけた。

「君は、なかなか頑固なところがあるが、時には素直に思ったとおりに動いてみると上手く行く事もあるぞ」

「え?それってどういう意味ですか?」

愛莉は振り返って聞き返すも、意味深な笑顔を浮かべた高島氏はただ手を振って、さっさと帰れ、と無言で促しているだけだった。


裏口を潜り、最寄り駅へと向かう。

駅には大きな木があり、今は季節に合わせてイルミネーションが施されている。

その木の下には、多くのカップルが居た。

愛莉は、その光景を毎年見るが、そのたびにほんの少しだけ寂しさを覚える。

でも、誰かを特別に思う気持ちがまだ良くわからない愛莉には、淋しく思えども、どうすることも出来ない。

足早に過ぎようとしたその時。


「坂本さん!」


その声に聞き覚えがありすぎた。

はっと後ろを振り返ると、先程と変わらない姿の瀬田が居る。

ケーキと紙袋を持ったままで。


「瀬田さん…」

「坂本さん、お疲れ様です。あ、えっと、それからメリークリスマス!」

寒そうで、また鼻が赤くなっていた。

瀬田は、紙袋を開けて、中からそっと花束を取り出した。

そして、瀬田は愛莉に差し出した。

「えっ?」

「坂本 愛莉さん。どうか俺と付き合ってください。お願いします!」

「っっ!!」

愛莉は、混乱の境地に陥っていた。

たしか、彼には彼女さんがいるはず…。

しかし、それ以上に喜ぶ自分の心がもっと不思議で。

ぐっと唇を噛み締めて、ぐちゃぐちゃな思考をなんとか纏めて、口にする。

「これは、彼女さんに渡すべきものですよね。前、イタリアンレストランに行ったら、瀬田さんが親しげに女性と話してらしたので、その方だと思っています。だから私はお付き合い出来ません」

「え?」

とっても意外そうな顔をしている瀬田。

愛莉は、さらに混乱する。

「ですから…、私は」

「俺は、誰とも付き合ったりしてませんよ。それに、たぶんそのレストランで見た人って、俺の先輩で上司だと思います。俺は…、あの店に初めて行った時、坂本さんがステキだと思った。それからずっとアプローチしていたんですけど、全然ダメで、先輩に相談乗ってもらっていました。そっか、それで」

瀬田の言葉に、愛莉は自分が誤解していることに気がついた。

そして、すごく恥ずかしいし、嬉しい。

ずっと好きで居てくれた。

ただその事実が、寒いこの世界を内側から温めてくれる。

きっと、この気持ちが『特別』なんだと思う。

愛莉は、きゅっと胸の前で組んでいた手を解き、そっと瀬田が持っている花束に手を伸ばした。

「誤解して、ごめんなさい。そして、私でよろしければ、お受けいたします」

花束越しに、愛莉は瀬田に微笑んだ。

瀬田は、息を飲む。

愛莉の営業スマイルとは違った、素直な微笑みはイルミネーションの光に照らされて、まばゆく輝いて見えた。

「坂本さん、ごめん」

愛莉は、首を傾げようとしたら、勢いよく瀬田に抱き込まれた。

行き成りの展開に、愛莉はおどおどする。

しかし、瀬田のぬくもりを感じると、胸の当たりがきゅっと何か締め付けられるような思いが込み上げてきた。

「いきなりで、ごめん。でも、坂本さんのこと、ううん、愛莉さんのことがすごく好きで、俺、堪らなく嬉しいんです。だから、どうか許してください。」

瀬田はそう言いながら、尚もぎゅっと力を込める。

少しでも伝わるように。

愛莉は、その気持ちが嬉しくて、たどたどしく瀬田の背に腕を回し、撫でる。

目の前には、綺麗なイルミネーションと、光を反射するように舞い降りる六花。

そして、大勢の目だった。


それを意識した途端、愛莉は瀬田の腕の中で暴れだした。

「瀬田さんっ!!あのっ、そのっ、ちょっと恥ずかしいですっ!」

「あ。すいません!うわっ、それにこんな時間だ!やべ」

瀬田はそう言うと、愛莉の手を取って、歩き出す。

「よかったら、これからご飯食べに行きませんか?実は、予約したところがあるんです」

そう言って、手を繋いで歩く。

この状況に、愛莉は微笑みながら、ぎゅっと手を握った。



『12月25日。雪。

今日は、夢のような日でした。とても恥ずかしかったけれど、瀬田さんがそんなふうに私を見ていてくださったことが、嬉しかった。4日後から、私もようやくお休みがいただけたので、早速お茶しようという話になりました。何を着ていくのか、今から悩みます。』


今日もそっと日記を閉じる。


愛莉は、日記の表紙をなぞってから、そっと横に生けられた花を見た。

今でも信じられない気持ちだが、それをケータイからのメール着信が現実にさせる。

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