コーリング・エンジェル(1)
昼食を終えたばかりの教室はざわめきでいっぱいだった。
オレは手持ち無沙汰で、机の上に顔を突っ伏していた。
しばらくすると、人の気配がした。オレは顔を上げた。
女子が2人、オレの机のそばに立っている。知らない顔だ。違う中学のやつか?
「ねえねえ。君、天津風くんだよね?」
「ああ、そうだけど」
右側に立っている女子生徒が聞いてきた。肩ぐらいの髪で、耳の少し上の辺りで髪を束ねている。
「結構変わった名字だよねー!」
「初めて聞いたよ」
左側に立っているショートカットの女子が笑う。
「下の名前は?」
「・・・大吾朗」
「今時、古風な名前だねー」
天津風大吾朗。
これがオレの名前だ。
名前を言っただけで笑われる。今までに何度も体験してきたことだ。しかし、不愉快なことには違いない。
オレがむすっとした表情をしているにも関わらず、女子2人は質問を続ける。
「良かったら、さ。メアド教えてよ」
何の脈絡もない質問に、何と答えようかとしていると。
「あーーーーごめんね。こいつ、携帯持ってないからさ」
後ろの席から声がした。同じ中学の出身で、高校に進学してからも--運悪く--同じクラスになってしまった。
腐れ縁、とも呼ぶべき存在。伊藤だ。
伊藤の声を聞いた途端、女子2人は僅かながら固まった。
「えっ、そうなの?」
「珍しいね」
電子機器類は持ち込み禁止、とされながらも、携帯電話に限り授業中に目立っていじるようなことがなければ黙認されている。
女子はひそひそと会話を交わしている。
「だからさ。代わりに俺が聞いとくよ」
仕方ないなあ、という雰囲気を装いながらも伊藤の顔には満更でもない表情が浮かんでいる。
伊藤は制服のポケットから携帯を取り出した。
「じゃ、いいや」
「携帯買ったら、教えてね」
2人は軽く手を振りながら、そそくさとオレの席から離れていった。
「ちっ、今回も失敗か」
伊藤は残念そうに舌打ちをする。
「オレに聞いてくるやつを狙ってんじゃねえよ。自分から聞きに行けばいいじゃないか」
「それが出来れば苦労しねえよ」
体を起こして振り返ると、伊藤はまだぶつぶつ言いながら携帯をいじっていた。
「いいなーー・・・携帯」
「お前も買ってもらえば・・・無理か」
「ああ、無理だな。高校進学を理由にすればいけるかと思ったけど、やっぱり無理だった」
入学式の前日、3時間ほど粘りに粘って家族と交渉したのだが、結果はNOだった。
「バイトして稼ぐしかねえか」
「まあな」
オレは教室を見渡した。ほとんどの生徒が携帯を手に自分の世界に没頭していたり、他の生徒と和気藹々と会話をしたりしている。
中学まではそれほどではなかったが、高校生ともなれば、携帯の所持率は一気に高まる。
こうもみんながみんな持っているとさすがに羨ましくなる。
「いいなあ」
オレはぼそりとつぶやいた。
「天津風くーん!」
不意に名前を呼ばれた。
声がした方向を振り返ると、女子がオレに向かって手招きしている。
席を立ち、名前を呼んだ女子の方に向かった。
「梶原さんが呼んでるよ」
女子が指さした方を見る。
教室の後ろ側の出入り口に、オレの幼なじみである梶原水都が立っていた。
シルエットは小柄で細身。栗色のふわりとした髪は腰のあたりまで伸びている。
榛色の大きな瞳は黒い睫に縁取られ、前髪の下で落ち着いた光を放っている。肌の色は抜けるように白く、唇の赤さと対象的だ。「美少女」と言っていい。幼なじみながらそう思う。
水都は半分ほど開いた扉の側に立ち、教室の中をうかがうようにのぞき込んでいたが、オレの姿に気づくと小さく手を振った。
「おっ、ありがと」
軽く手を挙げて女子に礼を言う。
女子が離れていったのを確認して、オレは幼なじみに声をかけた。
「ミト、どうした?」
水都の身長は150cmほどしかない。
オレも背が高い方ではないが、それでもオレの肩にようやく頭が届くぐらいだ。
自然としゃがみ込むような形になる。
「えっと、あの。今日は委員会が入っちゃって、一緒に帰れなくなったから・・・」
逆に水都はオレを見上げるような形になる。
鈴が振るうようなささやかなボリュームで、水都の声がオレの耳に届く。
それを伝えるためだけに、わざわざオレの教室にまで足を運んでくれたらしい。
「ごめんね」
「いいっていいって。そんな、気にするな」
帰れなくなってしまったのは残念だが、彼女に非があるわけではない。仕方がない。
「ってか、そんなこと言うためにわざわざこっちまで来させて、悪かったな」
「ううん。全然」
水都は首をふるふると振るう。
「そうだ、ダイゴくん。携帯買ってもらえそう?」
オレが名前のことを気にしていると思っているのか、水都はオレのことを「ダイゴくん」と呼んでいる。
姓名合わせて漢字にして6文字もある長い名前だが、名前自体は気に入っている。たまに馬鹿にしたような態度をとるやつがいて、そいつらが気に食わないだけだ。まあ、水都が呼んでくれるなら、何でもいいのだが。おっと、話が逸れた。
「ん~昨日も交渉したんだけどな。無理っぽい」
オレは頭を掻いた。
「そっか」
水都は残念そうに俯く。
「こういう時に携帯があったら、便利かなって思ったんだけど」
「? ああ・・・」
水都の小さな手には、彼女の携帯がしっかりと握られている。
クラスが別れていても、携帯でメールが使えればちょっとした連絡は事足りるだろう。
「だなー。わざわざ教室来なくてもいいもんな!」
「ううん、会いに来るのは全然構わないんだけど・・・」
水都の顔が少し赤らんだ気がした。
そう言って水都は周りを見回した。
廊下を通り過ぎる生徒たちが、好奇の目でオレたちを見ていく。特に男子生徒。
入学早々、水都の可愛らしい容姿はオレのクラスの男子の間でも話題に上っていた。そんな彼女が別のクラスの男子と親しげに話をしている。男子生徒の目を惹かない訳がない。
「人前だと話しにくいこともあるから・・・メールだけでもできたら嬉しいなって」
水都の顔がさらに赤くなり、声がどんどん細くなっていった。
「お、おう」
つられてオレも顔が赤くなりそうになる。
浮抜けたところを見られたくなくて、慌てて顔を覆った。
いかんいかん。
冷静さを取り戻すために、オレはわざと大きな声を出した。
「携帯のことは何とかするから! そろそろ次の授業だろ?」
「あっ、そうだね」
水都が握っていた携帯をちらりと見る。
同時に予鈴が鳴った。
「じゃあ、明日ね」
「おう」
手を振りながら水都が教室に戻っていくのを見送る。
背中に突き刺さる視線を感じながら、オレはそっと後ろを振り返った。
クラス中の殆どの生徒の好奇に満ち満ちた視線とぶつかる。
「見せ物じゃあねえぞ、こらあ!」
オレが怒鳴ると、蜘蛛の子を散らすように生徒たちは自分の席に戻っていった。
初めまして。小膳と申します。閲覧ありがとうございます!
今まで書いていた路線とは全く別の系統の小説を書き始めました。現代物は初挑戦なので少しでも読みやすくなるように頑張ります。
「携帯を手に入れ」と書いている割に、手に入れる前に続いてしまっているのですがw
感想などいただけると嬉しいです^^