コーリング・エンジェル(導入1-4)
「んなこと言われたって無理だろ!? てか、ナビゲーション・エンジェルならお前も考えろ!」
こんな巨体にやられたら、ひとたまりもない。
ミルフィに大声で怒鳴り返しながら、オレは必死に頭を働かせた。大きくなったと言っても相手はただのでかいマシュマロだ。切り裂く事はできなくても、突き刺す事ぐらいはできるはず。それなら思いっきり突っ込めば何とかなるんじゃねえか。
オレは剣を体の右側に引き、剣先をエビル・マシュマロに向けた。手頃な電柱がないからさっきみたいな加速はできない。威力は落ちるが贅沢は言ってられない。焦る気持ちを抑え、息を整える。
「・・・だああああ!」
剣先を突きだし、エビル・マシュマロに向かって突っ込んでいく。相手は避ける気はないらしく、不動のままだった。
(よし、このまま行くぜ!)
ぶすり、と剣先がエビル・マシュマロの体に刺さった。少し沈むような感覚があって。
「うっわ!?」
すさまじい弾力。ぼよよん、とオレの腕は剣ごと押し返された。反動でオレは数メートル後ろに弾き飛ばされてしまった。
「なんだよ、切れねえのかよ」
「数が集まることで、防御力が上昇したようだな」
「冷静に解説してる場合か」
ミルフィに突っ込みながらオレは次の手を考え・・・ようとしたが、まだこのゲームを始めて一ヶ月のオレには「手札」と呼べるようなものは無かった。
オレたちがあれこれ考えていると。
エビル・マシュマロの体の左右がにゅっと伸びた。あっという間に変形し、人間でいうところの腕と手ができあがった。もし、雪男が実在したらこんなシルエットになるのだろうか。
そのあまりの大きさに、オレの頭は「敗北」という文字にじわじわと支配されつつあった。五月の夜のひやりとした空気の中に、一筋の汗がこめかみを伝ってしたたり落ちる。オレはごくりと息を呑んだ。
「これってマズいんじゃね?」
言うが早いか、エビル・マシュマロは腕を振り上げ、オレたちに攻撃を加えようとぶんぶん振り回し始めた。
「あっぶね!」
オレとミルフィは腕を交わした。見た目によらず、動きは俊敏だ。
「仕方がない。私が引きつけている間にお前は他の手を考えろ」
ミルフィがわざとエビル・マシュマロに接近する。奴はミルフィを捕まえようと必死に腕をたぐりよせるが、寸手のところでミルフィがかわす。エビル・マシュマロは躍起になってさらに腕を振り回す。目の前にいるミルフィを追い回すのに必死だ。
女を囮に使うなんて男の恥だ。オレはスマホを取り出し、アイテムのアイコンをタップする。何かいいアイテムがあったような気がするのだが。
「きゃっ」
ミルフィが短い悲鳴を上げた。スマホの画面から顔を上げると、ミルフィの華奢な体がエビル・マシュマロの巨大な手の中に収まっていた。エビル・マシュマロが力を込める。ミルフィの体がぎりぎりと締め上げられ、ミルフィは苦悶の表情を浮かべた。オレの頭にかっと血が昇る。怒りでぶるぶると手が震える。
「早く・・・逃げろ・・・」
普段の傲慢な態度からは想像もできないような、か細い声だった。
「こんなに強いエビルが出現するなど聞いていない・・・きっと『バグ』だ・・・報告しなくてはな・・・」
苦しみながらもにやりと口角を持ち上げ、弱々しく笑う。
きっとナビゲーション・エンジェルとしてのあいつの矜持なのだろう。どんな時でもプレイヤーを守る、と。
だが。
オレにはそんな小難しいことは分からない。目の前にいるヤツを--ミルフィを絶対に助ける!
震える手で再びアイテムページをスクロールする。やがて、一つのアイテムが目に止まった。
(これだ!)
オレはアイテムをタップした。画面からアイテムが飛び出す。それは小さな瓶だった。中には赤い粉末が詰まっている。手早く蓋を開け、剣に向かって中身をばらまく。剣が赤色に光った。
「おい、エビル・マシュマロ。こっちを見やがれ!」
大声を出し、敵の注意を引きつける。ミルフィから視線を逸らした瞬間を狙って、オレは突撃した。
オレの声に気を取られたのか、エビル・マシュマロは手に込めていた力を緩めた。隙を突いて、ミルフィが両手の中から抜け出し、全速力でオレの元に飛んでくる。
「助かった。礼を言うぞ」
すれ違い様、ミルフィは聞きなれない感謝の言葉を述べた。泣きつくぐらいの真似をすれば、可愛げもあるんだが。こいつがそんなヤツではないことは、この短い期間に十分すぎるほど理解している。まあ、無事なら問題ない。
「おう、後はオレに任せろ!」
ミルフィに声をかけ、オレは剣を強く握り締めた。
伸ばしてきた両腕をかいくぐり、エビル・マシュマロの眉間に剣を突き立てる。跳ね返されるまでの一瞬が勝負だ。
「くらえ、フラム・チャージ!」
エビル・マシュマロの眉間が真っ赤に染まる。そこから、赤色が体の表面に広がっていく。
オレはエビル・マシュマロの体を蹴って、剣を引き抜いた。
ぽぽーん、とどでかい音がして、エビル・マシュマロの巨体が弾け飛んだ。ばらばらっと無数の小さなマシュマロが上から落ちてくる。
「なんだ、今のは」
ミルフィが近づいてきて、目を丸くした。
「ほらよ、この前エビルを倒したときにお菓子以外にドロップアイテムがあっただろ」
「ああ、そう言えば」
オレはさっき取り出した小瓶をミルフィに見せた。
「これさ、唐辛子の粉だったんだよな」
「唐辛子!?」
「うん。普通はお菓子づくりには使わないはずだろ? そんなもん何でドロップすんのかなって。もしかしたら、エビルを倒すのに使えるのかなってさ」
「お前、何も知らずにやったのか?」
「まーな」
へへん、とオレは鼻をこすった。
「何という・・・・・・無知というか無謀というか・・・・・・」
「おいおい。せっかく倒せたんだから、誉めてくれたっていいだろ」
「まあそうだな。今回は誉めてつかわす」
「へへー。ありがたきお言葉」
何でオレがナビゲーション・エンジェルにかしづかなくてはならんのだ??
釈然としないものはあったが、言い返してもどうせ言い負かされるだけなので、オレはそれ以上何も言わないことにした。
「もしかしたら中ボスクラスのエビルだったのかもしれんな。見てみろ」
ミルフィが宙に漂うマシュマロをかき集めた。今までに見たことがないぐらいの量だ。
「うっはーすげえ数だな!」
「これは交換が楽しみだな」
かき集めたマシュマロがスマホに吸い込まれていく。
「目標にだいぶ近づいたのではないか」
ミルフィが意味ありげに微笑む。
オレは顔が少し赤くなるのを感じた。
「おお。目標達成まで頑張るぜ」
オレにはこのゲームにおいて、一つの目標があった。
そう。『アレ』を手に入れることだ。