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愛する君に送る全て

夏と冬のある日/距離を縮めて、心を繋いで

作者: ef-horizon

「……別れようっ」                                   八月の最後の日、彼女は俺に向かってそう告げた。

 夏の終わり。

 

 八月三十一日。

 

「うん……別れようっ」

 

 呼び出されて、何事かと思って、そう言ったのは、女の方だった。

 

 なんで、と聞く前に女はそそくさと俺の前から去って行った。

 

 顔色一つ変えやしない。

 

 学校の隅の、古い木の下で、俺達は今日別れた。

 

 ミーンミーン……

 

 夕暮れ時のヒグラシがやけにうるさかった。

 

 追いかけることなんて、できなかった。

 

 ただただそんな木に張り付くセミの求愛の声を聞きながら、立ち尽くしていることしかできなかった。

 

 そんな小さな男だな、俺は気がつけばヘラヘラと笑っていた。

 

 

 

 彼女とは、幼馴染だった。

 

 子どものころから一緒で、小学校は六回中四回同じクラスになって、隣同士の席になって、そのたびにクラスメイトにはやし立てられた。

 

 周りは笑うけどいやな気分じゃなかった。

 

 遊んでも、勉強しても呼吸―――みたいものが合って、なんとなく言いたいことが相手に伝わって、彼女の言いたいことが自然とわかって。

 

 それが、とても心地よかった。

 

 以心伝心というわけじゃない。

 

 ただ、彼女と同じ空間で同じ物を見ていることが、俺にとっては当たり前だったし、ずっとそうありたいと願った。

 

 子どもながらに、バカな考えだと思っても、俺はバカだから、それを否定するだけの頭の良さを持ち合わせていなかった。

 

 だけど、彼女はそのうち、俺から離れていった。

 

 いつも、一歩前を歩いていた。

 

 別の道を歩もうとしていた。

 

 彼女が私立中学に行くと言い出した時、俺は親を説得して、彼女に負けないくらい勉強して、同じ中学校に入った。

 

 俺がクラスでも最下位の試験順位の時、彼女は悠々と学年上位を常にキープし続けていた。

 

 スポーツもよくできた。テニスなんてやっていて、しなやかな体は見ているだけでも遠目からわかるくらい運動神経がよかった。

 

 真剣な表情が、とても素敵だった。

 

 彼女はそれを何も感じなかったのかもしれないが、背中を追いかけるだけで精いっぱいのグズな俺にとって、もうあの時から彼女は憧れだった。

 

 同じ物を見ることができなくなっていた。

 

 同じ場所に、俺は立てなくなっていた。

 

 ――思えば、あの時俺と隣の席だった彼女は、それほど楽しい表情をしていなかった。

 

 冷やかされて、なんだか悲しそうだった。

 

 結局、そういうことなのだろう。

 

 次第に、彼女とも疎遠になってきていた。

 

 勉強も教えてもらえず、近くに住んでいても、彼女の姿を見ることはそれほど多くなくなってきていた。

 

 彼女が、遠く感じてきていた。

 

 ――これじゃいけない。

 

 負けたくない。

 

 負けず嫌いでバカな俺は、それでも彼女に必死に食らいついた。

 

 勉強もできる限り頑張り、彼女に教えてもらおうと、少しでも一緒にいる時間を作ろうと話しかけた。

 

 彼女の好きな話題をできる限り仕入れて、彼女と少しでも長く話をしようと、少しでも同じ空気を吸っていたいと、努力した。

 

 どれだけ遠くでも、歩み寄れば彼女に近づける。

 

 そう信じて、俺は彼女の為にできる努力をやってきた。

 

 そして、それは少しだけ実った。

 

「……。私でいいの、ナオ?」

 

「お前じゃなきゃだめなんだ!お前じゃなきゃ俺は……」

 

「―――わかったっ」

 

 七月中旬の、夏の暑い日だった。

 

 俺達は、高校生になって、恋人同士になった。

 

 そしてさっき、俺たちは別れた。

 

 何をしたわけでもなかった。

 

 ただいつも通り、彼女が好きだと思うことをしてきた。

 

 好きな食べ物、好きなテレビの話題、好きな俳優の事もできる限り調べた、正直こんな奴のどこら辺が好きなのか皆目見当はつかなかったしそれでも彼女の為なら厭わなかった。

 

 彼女が笑ってくれるなら、俺は―――

 

 だけど、結局この様だ。

 

 何のそぶりも見せず、唐突に呼び出されて、終わりだ。

 

 全部終わりだ。

 

 彼女の好きなテレビの話もすることないし好きな俳優の話をしてやることもない。

 

 これから、一人だ。

 

 全部終わりだ。

 

 追いかけたきた、自分の全ての人生が、否定されたような気分だった。

 

 なぜ、生きているのだろうか。

 

 なぜ、ここに俺はいるのだろうか。

 

 なぜ

 

 ――バカな俺の頭には、結局今日の終わりまで、そして明日の朝になっても答えは出てこなかった。

 

 ただ、ベッドで頭を抱えてすすり泣いていることしかできなかった。

 

 悔しいんじゃない。

 

 ただ、空しかった。

 

 心が、ぽっかり空いたんじゃない。

 

 心が、消えてしまった。

 

 

 

 

 

 九月一日になった。

 

 目の周りは文字どおりまっくろだ。

 

 友達が見たら笑うだろうと思って教室に入ったら、その通りに笑われた。

 

「ぶはははっ、なんだその顔!?」

 

「……うっせぇ」

 

「何よ、始業式にそんな顔って、もしかして彼女に振られたとかぁ?」

 

「……」

 

「―――え?まじ?ていうかいつオマエ彼女なんて作って」

 

「うっせぇ……」

 

 寝不足で頭が回らず、同じ答えしか返せず、俺はぽかんとする友達をよそに席に座って、まだ空に居残ってる夏模様を見上げているしかなかった。

 

 分厚い雲が遠くから上り、白く青空を彩っていた。

 

 飛行機雲が景色を横切り、遠くで電車が隣の町までゆっくりと走っていくのが見えた。

 

 そんな変わらない毎日の景色。

 

 彼女とみた、いつも通りの景色。

 

 今日は、昨日と同じくらい、よく晴れていた。

 

 昨日と、何も変わらない世界だった。

 

「……泣いてる?」

 

「――うっせぇ……」

 

「……その、すまんな。えと……カラオケとかいかね?他の連中も集めるからよっ」

 

「……奢り」

 

「きっちり割り勘だバカたれ――始業式終わったら私服で駅前に集合なっ」

 

 そう言って、友達は走って教室を出ていく。

 

 少しだけ、心の隙間が埋まったような気がした。

 

 埋まった、はずなのに――――――

 

「ナオ君!」

 

 ――そう呼ぶ奴は、一人しかいなかった。

 

 もう会わないと決めた、会いたくもない奴だった。

 

 ぎくりと背中を打ちふるわせると、遠くから聞こえてくる声に顔を背け、俺は机に突っ伏して目を強く瞑った。

 

 彼女が、いなくなることを強く望んだ。

 

 もう、それくらいしか、俺にはできなかった。

 

 なのに―――

 

「ナオ君……その、おばさんから先に家出たって聞いて」

 

 こいつは無遠慮に俺の隣に立って、俺の背中を見下ろしている。

 

 なんで、ここにお前がいるんだろう。

 

 なんで、俺はこんなに悲しい思いをしないといけないのだろう。

 

「……あのね、聞いてほしいことがあるの。それに、ナオ君に聞きたいこともある」

 

 ――こういうのを、戦後処理っていうのだろうか。

 

「……始業式終わったら、昨日の所に……話したいの、ナオ君に」

 

 ああ……彼女の言葉を聞いて、ようやく理解できた。

 

 昨日のことは、嘘でも幻でもなんでもない――いつも通り、この世界に流れている現実の一幕なんだなと。

 

 彼女が去っていく足音が聞こえる。

 

 自然と、また涙がこぼれた。

 

 悔しかった。

 

 

 

 

 

「……俺、校門前で待ってるよ」

 

「……さっさと駅前に行けよ。待たれるのはイヤだ」

 

「はぁ……まぁお前みたいな不器用な人間が彼女なんてなぁ……まぁ別れたんだから関係ないけど」

 

「ぶっ飛ばすぞ……」

 

「最後に一言ぶつけてこいよ。多分それですっきりするだろうし」

 

「ん……」

 

「終わったらガンガン歌うぜぇっ。何歌うか考えとけよ、オマエトロいんだからよっ」

 

 友達は最後にそう言って、校門から出て行った。

 

 そして俺はたった一人。

 

 ミーンミンミーン……

 

 セミが遠くで鳴いている。

 

 昨日と変わらない調子で求愛を続けている。

 

 俺も……自分の気持ちにけじめとやらつけないとな。

 

 彼女はそのために、最後に俺に話す機会を与えてくれたのだろうか。

 

 ――とことんまで優しいな……。

 

 自嘲気味に笑みがこぼれ、俺は踵を返すままに校舎の裏側の隅、そびえ立つ一本の巨木の裏側にやってきた。

 

 樹の根元に見えたのは、小さな人影。

 

 夏休みの前より少し伸びて、肩にまで届く長い黒髪。

 

 いつも見ていた、まばゆいばかりの白い夏服。

 

 いつも駆けていたはずのメガネは今はなく、少し額に汗をかき、俯きながら、不安げな横顔が見えた。

 

 変わらない、いつもの姿で彼女が立っていた。

 

「……なんだよ」

 

「―――ナオ君っ」

 

 不安と喜びの混じった表情で、こいつを見る。

 

 今にも泣きそうな顔をしやがる。

 

 泣きそうなのは、俺も同じなのにな。

 

「……あのね……昨日……その……」

 

 気がつけば、俯きながら、少し言い淀む形で彼女はポツリポツリと口を開いて話し始めている。

 

 後悔している感じではない。

 

 後ろめたさを覗かせた感じ――多分、別に彼氏でもいたんだろう。

 

 結局、バカは俺一人か。

 

 上等だよ。

 

 終わったことだ。

 

「……なぁ、結衣。さっさと話せよ」

 

「――ごめん……その、考えがまとまらなくて……」

 

「友達が待っている。早くしてくれ。なんならメールでもいい」

 

「……言いたいの、ナオ君と話がしたい」

 

「――グズグズと」

 

 鬱陶しい。

 

 今更終わったことをブツブツブツブツ蒸し返しやがって、俺の苦痛に歪んだ顔をそんなに見たいかよ。

 

「……あのね……一か月ナオ君の彼女でいて……なんとなく……なんとなくだけど、違うなって思ったの」

 

「……違う?」

 

「ナオ君……いつもはぶっきらぼうで、凄く口下手だけど……凄く頼りがいがあるっていうか……いて、いやじゃなかった」

 

「……そんなに、長いことお前に接したこともないのに、よく言える」

 

 恨み節が強くなる。

 

 構わない。

 

 どの道終わったこと引きずりたくないのは、互いに一緒なんだ。盛大に爆死して、しっかりとけじめつけて終わらせてやる。

 

「……俺を何を知ってるんだよ」

 

「……」

 

「俺はお前のことが好きだった。お前のためなら何でもできた。お前が好きなもの、お前が好きなこと、お前の為なら自分だって変えることができた」

 

「それが……いやだった」

 

「なんでだよ……オマエが好きなテレビの話題振って、オマエ喜んでたじゃないかっ。笑ってくれたじゃないか!」

 

「最初はそうだった――嬉しかった、私のこと知ってくれていて、そのためにいろんな話をしてくれて……ナオ君の事好きだった」

 

「なら……!」

 

「だけど……ナオ君、そのために自分まで曲げようとしてる……好きでもない人の話題になって顔がすごくいやそうになって――」

 

「あ……」

 

「それでも私の為に一生懸命話をしてくれて……私口下手なのに……バカなのにナオ君一生懸命に私を喜ばせようと頑張って、そのために自分まで曲げて」

 

 ――全部、ばれていた。

 

 彼女は、俯きながら少し泣いていた。

 

「……わかるんだから、ナオ君顔に出やすいから……目を見ればなんでもわかる」

 

「結衣……」

 

「何年、幼馴染してると思ってるのよ……ずっとナオ君と一緒にいるのに……」

 

「……」

 

「――私なんかが傍にいるから……ナオ君……どんどん怖くなっていく……私はいつものナオ君が好き……」

 

 ――なんで……なんで……。

 

 なんでそれを、言わないんだよ。

 

「だったら……それを言えよっ」

 

「!?」

 

 多分今、今まで一番怖い顔をしていると思う。

 

 俺は、叫び声を上げ、胸をかきむしり、顔をしかめ、驚きに涙を浮かべた目を丸くして、少し後ずさる彼女を気圧すように、にじりよった。

 

「なんで言わないんだよ!わからないんだよ、オマエがやってほしいこと、オマエが好きそうなこと全部言えよ、何も言わないまま、なんで俺の隣に立ってるんだよ!」

 

「な、ナオ君……」

 

「俺に言ってくれよ、わかないんだよ、もうお前の言いたいこと、お前が考えていることがわかんないんだよ!」

 

 心が痛い。

 

 身体がばらばらになりそうだ。

 

 もう―――――死んでしまいたい。

 

「もう……わからないんだ、オマエが遠すぎて……どこにもいなくて……お前のしてほしいことが何も見えてこないんだ」

 

「……」

 

「オマエ……なんで勝手に遠くに行ってしまうんだよ」

 

「ナオ君……私……」

 

「なのに……こっちの事情も理解しないで、勝手に振って、勝手に語りやがって……クソが……クソクソ……!」

 

「……」

 

「クソぉおお……くそったれぇええええええええええええええ!」

 

 夏の夕暮れに、俺の叫び声が響き渡った。

 

 巨木に張り付いたセミが静かに求愛行動をとる。

 

 夏の暑さが残る九月一日。

 

 俺達は、別れた。

 

 俺は、互いに違う道を生く事を、心に決めた。

 

 

 

 

 三か月後。

 

 高校一年の冬。

 

 定期試験も終わり、もうそろそろ冬休み、クリスマス、年末年始と言った行事が目白押しの十二月七日。

 

「なおくぅうううん!テストどうだったぁあああ!?」

 

「最悪」

 

 そう言って俺はさっきホームルームで手渡された定期試験の結果を、すり寄ってきた友達に見せる。

 

「どう?」

 

「オマエ、最悪って言葉の使い方間違ってるよ……オール九割とって最悪って何がご不満なのボーイ?」

 

「お前が一向に勉強せず、オール五割をキープし続ける、その態度」

 

「ふふっ、試験なんて大人が課した無用なルールにすぎないぜ」

 

「そのルールすら守れないようじゃ、社会に出てもアウトだぜフレンド……」

 

「―――心に来たぜ相棒」

 

「だろ。今度はもっと勉強しようぜ」

 

「いやぁあああ!俺まだやりたいゲームがあるのぉおおおっ」

 

「はいはい」

 

 友達は一向に変わらない。

 

 毎日バカみたいに騒いで、バカみたいに笑って、ときどき教師に怒られて、またバカみたいに走り回って。

 

 そんな毎日だ。

 

 そんな毎日で、十分だった。

 

 もう、あの日々も遠いものだな、と思えた。

 

「……ナオ君……」

 

 ――遠いものだと、思えたらよかったんだが。

 

「……。なんだよ」

 

「……えと、定期試験の点数どうかなって思って」

 

「見せろよ」

 

「ん……」

 

 同じクラスなので、いやでも顔を会わせないといけないし、俺達は結局いつも通りの、ぎくしゃくした関係に落ち着いてしまう。

 

 或いは彼女はそんな関係を望んでいるのかもしれない。

 

 それすらも、どっちでもいい。

 

 彼女のことで頭を使うのはもう、たくさんだ。

 

「……オマエ、また点数落ちたな。このままじゃ七割切るぞ」

 

「うう……ごめん」

 

 最近、試験の点数やら見せてもらっているが、というか彼女が見ろと言って見せにきているのだが、そのたびに点数は下がっている。

 

 最近ではおばさんに怒られて、俺に勉強を教えてもらえと言っているそうだ。

 

 いい迷惑だ。

 

 なんでこんな奴の為に―――

 

「……どうするんだよ、流石に見せられないだろう。この点数」

 

「……。一緒に、謝ってくれると、嬉しい……かな?」

 

「アホ。お前の責任だろ。てめぇでてめぇのケツまくってろ。こっちに問題持ってくんな」

 

「だってナオ君が勉強教えてくれてるんだよ、ナオ君にも責任があると思えない……?」

 

「オマエ……じゃあ塾の講師の勉強のおかげで点数落ちたら塾講師もお前と一緒におばさんと謝らないかんと」

 

「ナオ君は特別」

 

「それをほざく前に少し勉強しろ……お前は頭がいいんだから」

 

「ナオ君の方がずっといいよ……」

 

「世辞は良いから勉強しろ……いいな」

 

「今日もナオ君の家行くねっ。いいよね、勉強しないといけないし」

 

「お前の家いつから勉強机なくなったんだよ……?」

 

 最近、特にべったりと結衣は俺にまとわりつく。

 

 どうしたんだろうな、一体……。

 

 ―――――にやにやと俺を笑う視線が一つ。

 

 苦い顔をして振り返れば、そこには少し離れた場所から俺と結衣を見る友達の姿があり、俺は苛立ちに顔をしかめた。

 

「フレンド……何してるんだよ」

 

「お前の幸せそうな姿を見てる」

 

「……」

 

「懐かしいなぁ。オマエ三か月前は彼女と別れただけでわんわん泣いて、わんわん暴れまわって今にも死にそうな表情してたのに」

 

「やめろ……やめて」

 

「いや」

 

「……」

 

「そういや水谷さんさぁ、いつからクラブ辞めたの?部長さんなんかさみしがってたよん」

 

 ――聞かない話だった。

 

 結衣がテニスの部活をやめた。なぜ?

 

 そう聞こうとして振り返れば、彼女は俯き加減で少し照れくさそうな表情で、隣の席で俺を横目に見ていた。

 

 そして唇を少し動かし、告げた。

 

「……。大好きな人が、帰宅部だから」

 

「……」

 

「それだけっ」

 

 彼女はとても、誇らしそうだった。

 

 

 

 

 

 冬のどんよりとした空を見上げながら、俺達は家路につく。

 

 どうせ同じ道の同じ場所につくのだから―――そう言って彼女は俺の後ろからついてくる。

 

 ぺたぺたと少し遅い歩調。

 

 とろとろと歩くのが鼻につき、遅くなるのが嫌だから―――――どうしても、と彼女が頼むので―――俺は彼女の手を取り、彼女を引っ張る。

 

 そして、彼女は俺の隣で同じ空を見上げる。

 

 彼女とお揃いになってしまった、首に巻いた白いマフラーは彼女がくれたもの。

 

 手袋はなく、少し汗ばんだ小さな手を、俺は強く握りしめる。

 

 そして長い坂道をゆっくりと降りていく―――

 

「……雪」

 

「え……?」

 

「降るかもな」

 

「―――明日は、雪化粧で町がとても白くなるね」

 

「雪かきが大変そうだ……」

 

「ふふっ……私の家も手伝ってね」

 

「雪かき、手抜くなよ」

 

「―――うんっ」

 

「ったく」

 

 彼女は嬉しそうに頷く。

 

 本当に、もう何が嬉しくて、何が嫌で、何が望みで何をしてほしいのか、俺にはもうまるでわからなかった。

 

 それだけ彼女は俺から遠のいて行ってしまった。

 

 わかるのは、ただ彼女の手が熱い、というだけ。

 

 そして、隣で彼女がほほ笑んでいるということだけ。

 

 それだけだった。

 

「ナオ君……」

 

「ん……」

 

「これからも……勉強、見てくれる?」

 

「――お前がいやじゃなきゃな」

 

「これからも……こうやって、一緒に手を繋いで帰ってくれる?」

 

「お前がイヤじゃなきゃな」

 

「ナオ君っ」

 

「ん?」

 

「キスしていい……?」

 

「―――お前がいやじゃなきゃな」

 

 俺は振り向いて、少しだけ身体を背の低い彼女に向けて前かがみにする。

 

 彼女はピンッとつま先立ちで背伸びをして、前かがみに顔を近づける私をじっと見つめる。

 

 そして唇が重なる。

 

 彼女の少し荒い吐息が感じられた。

 

 白んだ息が重なり合って、混ざり合って、空の彼方へと融けていった。

 

「……。好きだよ、ナオ君」

 

 小さな唇が離れ、彼女は俺を見上げるままに、少しだけはにかんだ様子で頬を赤らめ微笑む。

 

 ギュッと強く手が握られる。

 

 俺は―――どうすればいいのだろう。

 

「―――勝手にしろよ」

 

 わからないまま、言葉にできないまま、ただ彼女の手を強く握り返し、そして彼女を引っ張り家路につくことにした。

 

 どんよりした雲が町を覆い、ちらほらと白い滴を舞い散らせる。

 

 彼女がいなければ、凍える寒さが身にしみそうな、今日は冬のある日だった。

 

 俺は、強く彼女の手を握り締めた。

 

 同じマフラー。同じ息遣い。

 

 そして同じ空を見上げながら同じ歩幅で少し距離を狭めながら、同じ道を歩いていく。

 

「……なぁ結衣」

 

「何?」

 

「お前から見て、俺はどんな人間だ?」

 

「―――決まってる」

 

「ん?」

 

「私の、世界で一番大好きな、君――ナオ君って人間が見えるよ」

 

「―――あっそ……」

 

 そう言いながら、俺は強く手を握り返した。

 

 

 


読み返しているとだんだんオナ君に見える。なんで漢字に変更せんかったし

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