派閥と新たな勢力
五月のはじめの夜、一人の少女があるマンションの中へ入っていった。
少女は緑の軍服を着ており、肩にはどこの国のものかわからない階級章、咽元に鉄十字を佩用している。
水無月のヴァルプルギス・ドーラだ。
(あの妄想狂の将軍の考えがますますわからなくなってきたかな…)
彼女はブツブツと何かを呟きながら歩いており、エレベーターを使いマンションの15階にきた。
エレベーターからでると広い通路になっており、ドーラは通路の真ん中を歩く。
場違いな格好で目立ってはいたが、それをいちいち気にするドーラではない。
ドーラはあるドアの前に差し掛かると、軍服の胸ポケットからカードキーを取り出し、それをドアにあてがいロックを解除し中に入る。
一瞬だけパタンというドアの閉まる音が響くと、部屋の中は静寂に包まれる。
とても広い部屋であるが誰もいないのだろうか、足音と軍服どうしがこすれて聞こえる金属音以外、何も聞こえない。
奥の寝室にあるフカフカのベッドの上にイヤフォンがつけっぱなしの音楽プレイヤーとキャンディの包み紙が乱雑に放置されているところを見ると、さっきまで人がいた事を証明させてくれるのだが…。
ドーラはゆっくりとした動作で辺りをキョロキョロと辺りを見回すと、腰のあたりに手を伸ばしながら、キャンディの包み紙を拾い上げ、
「広い部屋の割には口にしているものは寂しいかな」
そう言うとドーラは瞬時に腰に携えていた拳銃、ルガーP08を抜き、振り返りざまに構える。
見ると、ドーラの目の前にはゴスロリを着た少女が立っており、巨大な銃口をこちらに向けていた。
少女はピンク色の髪の毛で、黒のゴスロリを着ており、身長は低いのだがそれと反比例する巨大な銃、バレットM82を片手で構えている。
無季のヴァウムガルト・ヘルだ。
ヘルは、
「別に何を食べようが私の自由じゃないの~。私は貴方みたいな酒飲みじゃないの」
と指先に力を込めながら、口に含んでいたキャンディを噛み砕き、部屋の明かりをつける。
「てかなんつう格好で来てんのよ~。その格好はなんとかならないの?」
ヘルは銃を降ろし、ベッドに腰掛け新たに棒付きのキャンディを口に咥える。
「あら?これは私の正装かな。それとも黒服でちゃんと帽子もかぶってこなきゃ駄目だったかな?」
ドーラも銃を降ろすと、腰の横に引っ掛けてあるアルミ製の水筒をつかみ、一口飲む。
「貴方がそうなるともれなく列車がついてくるわね…。それで貴方は何しに私のところまで来たのよ?」
「そうそう、今日はそのために来たかな!」
ヘルは尤もな質問をし、ドーラは思い出したかのように拳をポンと叩く。
「数時間前、影武者が私のところにやって来て、私の部隊にホルムズ海峡での機雷散布を命令してきたかな。それで私はどうしても腑に落ちないことがあって貴方を訪ねたかな」
「貴方の部隊って事は水無月の亡霊艦隊の事?」
ヘルは弾丸がすべて収まっているマガジンを外し、別の種類の弾を交換する。
「ステルスって言って欲しいかな」
「どっちにしたって同じよ!……でも貴方が腑に落ちないって事は私にも理解できるわ。なんで玄武が貴方の艦隊をあそこの海峡に派兵させるか…でしょ?」
「何の理由があってあんな所行くのかな?啓蔵は妖力を扱う軍隊を表の世界の戦争に使わせたいとか言ってたけど、それなら尚私の部隊を使う理由が分からなくなるかな。将軍も私がそんな理由じゃ絶対に動かさない事くらい知ってるかな」
ヘルはキャンディを口から抜くと、ドーラを指さし
「甘いわねドーラ、啓蔵も貴方も…やっぱり報告書に目を通していないのね。あの海峡には今妖怪が出てるのよ?貴方の守るべき無垢な人間を襲う妖怪がね…確かクラーケンていったわ」
その言葉にドーラは口をあけ、ポカンとした表情で固まった。
「…ちょっと…待つかな…。影武者はアメリカやイランと戦争するために機雷の撒布を命じたかな。妖怪なんて一言も言ってなかったかな…」
「そりゃそうでしょ。だって妖怪よりそっちの方が本当の目的なんだもん。それでも妖怪が出るのは事実…どうするドーラ?」
「…あの道化め…肝心な事を伝えてないかな…」
「肝心な事?」
ドーラはポケットからスマートフォンを取り出すと、画面をタッチしある人物に電話する。
「あ、啓蔵?事情が変わったかな。今から艦隊を動かす準備を…え?もうできてる。仕事が早いかな…じゃぁできるだけ早く出航してほしいかな。敵の情報はジークに…えっ!?それもすでに調査済み!?ジークがそこにいるって……でも事情は分かったと思うから今すぐにでも行ってもらいたいかな……それで早く帰ってくるかな…」
ドーラは電話を切ると、ため息をつく。
「あら?ドーラは行かないのかしら?」
「船に乗るのは男の役割かな。私は陸でおとなしく見守っているかな」
「ふ~ん。おとなしくね…それで貴方はこの状況下では何をするのかしら?」
ヘルはそう言うとベッドから起き上がり、部屋の明かりを消してバレットM82を構える。
「私はおとなしくしてるかな…でもおとなしくするための準備はするかな。さすがに銃を突きつけられたまま眠ることは私にもできないかな」
ドーラも腰から拳銃、ルガーP08をとりだすと静かにドアのすぐ横の壁に張り付く。
耳を澄ませると、ガチャガチャと金属同士が擦れる音を立てながら複数の足音がこちらに近づいてきている。
「人数は?」
「う~ん気配からしてざっと5・6人かな。でもどこの奴らかな?魔族?それとも四季?」
「さぁね、でも招かれざる客って事だけは確かね」
二人は一瞬だけアイコンタクトをとると、ドーラがドアノブをつかみ、ゆっくりと動かす。
「さぁて…ん!?マズッ!!ヘル離れるかなっ!!!」
「へぇ!?」
ドーラはドアノブから手を話すとほとんど飛ぶような感じで隣の部屋に転がり込む。
直後、ドォォンという凄まじい爆発と共に物凄い勢いでドアが吹き飛ばされた。
「きゃぁっ!!」
ドーラは怪我をする事はなかったが、爆風に煽られ吹き飛ばされる。
一方、真正面にいたヘルは目の前に弾丸のように飛んできたドアに直撃し、ドアの下敷きになってしまった。
鉄製にも関わらず大きく凹んでしまったドアの下からは赤い液体が大量に流れている。
「ヘル大丈夫かな!?」
ドーラはヘルに近づこうとしたが、玄関の先から銃を撃ちながら数人の男たちが部屋に乗り込んできたため、慌てて隣の部屋へ飛び込み応戦する。
「一人片付けたぞ!もう一人、女が隣の部屋へ逃げた!撃て!撃てぇ!」
部屋に突入してきた一人の男がそう叫ぶと、男たちは一斉に銃を放つ。
皆、装備している銃の種類は同じで、AK―47である。
壁に背中を預けながらドーラは
「さすがにこんな場所で手榴弾を使う訳にはいかないかな?でもな~、う~ん……」
などと言いながら既にドーラは腰周りに携えていた手榴弾を一つ手にもち、安全ピンを口に加えている。
ドーラは一瞬だけ顔を覘かせると、手榴弾の安全ピンを抜き、それを下からスッと投げる。
直後、ガンッという音とともに突然ドアが元の玄関の位置の方まで吹き飛ばされていく。
放物線を描きながらとんでいた手榴弾は飛んできたドアにより、強引に進行方向を変えられ玄関の外へ飛ばされ廊下で爆発した。
部屋の外で待機していた男達に死の破片を降り注ぐ。
下敷きになっていたヘルが、ドアを蹴り上げ吹き飛ばしたのだ。
「ひぃぃぃ!!」
ヘルのすぐ近くにいた男が腰を抜かし倒れ込む。
全身から力が抜け、立つこともできないようだ。
「これ私じゃなかったら確実に死んでたわよ?」
ヘルは頭からは血を流してはいたが、まったく気にする様子もなく、にやりと笑みを浮かべて男の顔にバレットM82をくっつける。
「おいたが過ぎる子にはおしおきね」
ヘルは返答を待たずに引き金を引いた。
直後バチンと甲高い音をたてて男の頭が弾け飛んだ。
血煙が部屋中に舞う。
「…どうやら外にもいるようね~。どうするぅ?」
ヘルは銃を肩に担ぎながらドーラの方へ振り返る。
ドーラは一枚の呪符を取り出すとそれを床に放り投げる。
「決まってるかな。明確な敵意をもって攻撃してくるなら反撃する…」
「そう、なら行くわよ…新手も来たことだし」
廊下の方から新たな足音が聞こえてくるのを確認するとヘルはドーラの腕を掴む。
「ん?」
「さぁ行くわよ。覚悟しなさい!!」
ヘルはドーラを突如片手で担ぐと玄関とは反対側の窓の方へ走り出す。
「ふぇ!?」
ヘルはドーラを担いだまま、もう片方の腕でバレットM82を構えると、窓に向けて銃弾を放ちビルの15階から飛び降りた…無論何もつけずに。
「どう気分は~?ハッピ~?」
「あわわわわわっ!?うっぎゃぁああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
普段は冷静なドーラが珍しく悲鳴を上げながら落ちていった。
「第2ラウンドの開始ね…にゃは♪」