第08話 ただ、1秒でも永く…
季節は、どうやら梅雨明けをして夏を迎えたようだ。ただでさえ暑いのに、オ―レの大嫌いな蝉の鳴き声のせいで暑さに拍車がかかる。
そんな事はさて置き、コンクリートで有名な我が町に大事件が起こりつつある。
それを阻止するべく、立ち上がったのは我々「厚南倫理委員会」。
そして、会長であるオーレは、緊急会議を開くべくマスターズカフェに仲間を集結させた。
「これより、『早川陣ここ最近、様子がおかしんじゃねぇ?会議』を開催します。私は議長を務めます、厚南倫理委員会会長・橘鶫です。よろしく。」
「パチパチパチッ。」
「タチバナって、下の名前ツグミって言うんや~!ははっ。」
「マスターは黙ってて下さい。」
「かしこまりましたご主人様ってか。」
いつもこの人が空気を台無しにする。
「それでは、まず皆さんからの捜査報告をお願いします。」
「はい、議長!」
まず、最初に手を挙げたのは一だ。
「最近の陣は、路上ライブが終わるなり、そそくさと帰る傾向が見受けられます。以前は、牛丼を食べに行き、今日の反省をしていました。おかしさ満載です。」
「はい、ワイも最近の陣ちゃんの様子はおかしいと思います。なんつう
か、ボ~っとしてる事が多い気がします。」
モッサは、挙手もせずにしゃべり出した。
「ん~、でも様子がおかしいだけでは、話が前に進まんね~。」
「はい、はいっ。」
大きく自信満々に手を上げるのは、オ―レの愛しの怜さん。今日も美しい…
「はい、怜さん。お願いします。」
「はい、早川陣は単刀直入に言って、彼女が出来たのではない
でしょうか?」
自分の子供の話をしているとは思えないくらい嬉しそうだ。でも美しい…
それにしても、みんなの言う通り、ここ3ヶ月くらいの陣は様子がおかし
い。
怜さんの証言じゃあ、夜遅くに出て行く事が多くなって、食事もろくに
とらないらしい。
我々、「厚南倫理委員会」の会議で「恋の病」で間違いないという結論にたどり
着いた。
「陣のやつも、とうとう童貞卒業かぁ。」
マスターは最後まで口をはさんできた。
そんな事より、ここ最近マスターと怜さんが前より仲良くなっていること
が気になって仕方ない。確か以前はゴタゴタがあって怜さんはこの店に来
ることもなかったのに…。
そんな事を考えながらオーレは家路につく。
自分の部屋に入るなり教科書を開き、勉強を始めた。受験生のオーレにとって一秒でも無駄には出来ないのだ。
――――――――――。
「鶫~!」
一階から母の声がした。
勉強に没頭しすぎて時間を忘れていたみたいだ。きっと夕食の時間だろう。我が家の夕食は一般家庭と比べて、少し遅い。父親の仕事の関係とかで20時~21時くらいになる事が普通。
オーレは階段を降りてリビングに向かった。
すると、母親が出てきた。
「玄関に、中村要君って子が来てるけど。」
中村要…あ、モッサだ。
こんな時間に何の用だろう。不思議に思いながら玄関に向かった。すると、息を切らしたモッサが立っていた。
「ど、どうしたん?そんなに慌ててから。」
「はぁ、はぁ。タチバナちゃん。大変っちゃ!陣ちゃんが…、倒れて病院に運ばれた。」
モッサが慌てふためいていたものだから、とにかくシュークリームと牛乳で落ち着かせた。
それから、オーレたちは陣が搬送されたと聞く病院へ向かった。
病室には、ベッドに横たわった陣、それを横で心配そうに見守る怜さんの姿があった。
オーレとモッサは出口付近にいる一に声を掛けた。
「病状は?」
「お、タチバナとモッサかぁ。軽い貧血みたいやけぇ、心配ないよ。ただ…」
「ただ、なに?」
――――――――― 翌日、陣は退院した。
その日の午前中、オ―レとモッサは、一に誘われて図書館にいた。調べる事があるとかで…
そして、夜になるのを待ち、陣が毎日のように来る、公園のそばでみんなとおち合った。
「そんなに毎日、公園で激しい事しよんかね~。」
「下ネタやん。」
しょうもない一のボケについツッコミを入れてしまった。
モッサは、晩飯を食べてないとかで、インスタント焼きそばを食べていたが、そ
れをツッコむほどオ―レはお人良しじゃない。まあ、本人はボケていないと思う
が。
「来たよ…」
一の一言で、オ―レとモッサは公園のブランコの方へ目をやった。
陣が1人で来た。
そして、ブランコに座り、何やら独り言をしゃべり出した。女の子が来る前に予行練習でもしているつもりか。どうやら、コイツの恋の病は重症のようだ。
見かねた一は、速歩きで陣の元へ向かった。すかさず、オーレとモッサも後をつける。
「陣、その子はもうこの世にはおらんのよ。」
陣はその言葉で立ち上がり、一を睨み付けた。
「お前、アホか!美空は目の前にちゃんとおるやろうが!」
しばらく2人の会話の意味がわからなかった。ただ、少なくとも、オーレとモッサには女の子らしき姿は見えない。
「美空さん、お願いします。陣を返して下さい。このままでは、あなたに生気を吸いとられて、やつれていき、死んでしまいます。僕にとって陣はかけがえのない人間なんです。どうか、返して下さい。」
一は、そう言いながら土下座して、デコを地面に擦り付けた。
すると、オーレの耳にもどこからともなく、女の子の声が聞こえはじめた。
「頭を上げて下さい…。そうでしたか…。私は死んでいたんですね…。」
「そんな訳ないやん!お前はちゃんと生きちょうよ!一!デタラメ言う
なや!」
感情的になった陣とは反対に、一は顔を上げると穏やかに続けた。
「坂口美空、18歳。10年前、日差しの強い朝に「センテツ」の屋上から飛び降り自殺した。原因は不明。と、当時の記事に書いてあった…。ごめん、陣。おそらく、僕と一緒にいるせいで霊感が強くなってしまったみたい…。」
図書館に行った理由がその時わかった。一は、陣の恋人が幽霊だと気づいていたって事なのか…
陣は、大きく首を振りながら、
「そんなん、うそじゃ…。」
一は立ち上がり、陣の肩に激しく手を置いた。
「うそやないっちゃ!このまま彼女とおったら、生気を吸いとられて死ぬよ!」
急に、一の背後がぼんやり光りだした。それを見た陣は一の手を振り払い、ぼんやりと光り出した方へ駆け寄ろうとしたが、一、必死で陣の体を押さえ、それ以上前へ進ませないようにした。
「お、おいっ!美空ぁぁぁっ!行くなっ!まだ、お前の夢は叶っちょらんやろうがぁぁぁっ!どっちが先に叶えるか勝負するんじゃないんかぁぁ!」
「陣君が叶えて…私の歌手になる夢…。」
「…何言いよんか!なら、せめて俺も一緒に連れて行けっ!ひとりでなんか行くな!俺がずっとお前を守るけぇぇっ!」
「ダメ…絶対ダメ。」
陣はさっきよりも強い力で一を振り払おうとするが、一はびくともしなかった。ここで手を離してしまったら陣を連れて行かれると思ったのだろう。
オ―レとモッサは、なすすべもなくその場に立ち尽くす事しか出来なかった。
「もっと早く陣君に出会えれば良かった…。そしたら、自分で命を終わらせるなんて馬鹿なこと考えなかったのにね…。でも、もし…わがままな私のお願いを聞いてくれるんなら…。」
その声の主は、静かに一言づつ大事にしゃべっているように感じた。
「…私の生きれなかった明日も明後日も生きて…唄ってほしい…。それで、その声を天国まで届けてほしい…。それなら、寂しくないよ…。」
―――――――少し間をあけて、陣は何かをこらえるように言った。
「…それなら心配すんな。天国のどこにおっても聴こえるくらい、ぶちデカい声で唄っちゃるけぇ…。」
「ごめんね…。陣君を、困らせるつもりはなかった…。ただ…ただ、一秒でも永く…一緒におりたかっただけなんよ…ごめんね…。」
その声が途切れると、一瞬辺りが光った気がした。その光のあとにその声が聞こえる事はなかった…
「謝るなあやぁぁぁっ!」
そう言って、陣は膝から崩れ落ち、幼児の様に泣きわめいた…。こんな取り乱す陣を見るのは、後にも先にも初めてだった。
決して結ばれない2人の恋が終わった…
オカルト現象など信じないオーレにとって衝撃的な日になった。
ただ、これが真実であるのなら、世界一美しい恋の終わりを目撃したことになるだろう…