第06話 神の声
「あ…、これって御子柴さんの仕業じゃねぇ?」
タチバナが嘘をつく時はすぐわかる。しゃべった後に必ずベロを少し出すからだ。
よって、御子柴さんなんて人は、俺らの知り合いには存在しない。
疑わしい事や、事件が起こると必ず登場する「御子柴さん」。
責任転換と言ってしまえばそれまでだが、仲間を疑わないと言う意味でもある。
俺らの作り上げた御子柴さんは、とにかく凶悪人物だ。
数々の窃盗や喧嘩、器物破損を繰り返し、ブタ箱入りは数知れず。
複雑な家庭環境で育ったため、グレたらしい。
…あくまでも想像だが。
それに仲間内では、補導された時は必ず御子柴と名乗るので、地元警
察の中でも要注意人物になっているらしい。
今回、なぜタチバナが御子柴さんの名を使ったのかと言うと、さっき
あまりにもの空腹に耐えかねた俺が、出世払いで頼んだオムライスを、俺がトイレ
に行っている間に何者かに食べられたからだ…。誰だ…。もしかして本当に御子
柴さん?
「っんな訳ねぇやん!食べ物の恨みは恐ろしいぞ。子羊どもっ!」
よく見ると、タチバナとさっきラブレターを渡してその場でフラれたモッサ以外
に、にっこりスマイルでこっちを見る奴がいた。
一だ。
確かコイツは体調不良で学校休んでいたはず…。
とりあえず、3人に制裁を加えて席に座った。
「学校休んだくせに、出てくんなや!」
「いいやん、家におるの暇やもん。タダ飯も食えたし。」
一とは小学校からの付き合いで、同じ高校にも通っていた。昔から体は
弱いくせに強がるところが生意気だ。
それに唄が尋常じゃなくうまい。
つい最近、一緒に出場したコンテストで、審査員に「神業」とベタ褒めされてい
た。
まあ、結果は審査員特別賞で、一がいなかったら当然とれてない。
俺ときたら、唄う場所ごとに「ド音痴」と罵られる。
(これでも死ぬほど練習しとるんじゃ。)
俺はこんな経験から、どんなパフォーマンスを自分の目の前でやっている奴がい
ても、馬鹿にはしない。
ソイツらが、どんな血のにじむ努力をしたか知らないからだ。
もちろん、罵られたヤツは素直に受け止めないといけない。でないと、成長はな
い。
早く一との距離を埋めないと。
俺は、寝る間も惜しんで唄い続けた。そう言えば、どっかのプロ野球選手が言っていた。
「1%の努力と99%の才能でプロ野球に入りました。」
ん?あ、間違えた。
逆だ。
これじゃ、才能ないヤツは諦めろって言ってるようなもんだ。
まあ、自分の話はこれくらいにしておく。
一の唄声が「神の声」と言われる理由は「唄がうまい」の他にもうひと
つある。
一が唄えば、生きてない者まで集めてしまう。要するに、一の唄声には幽霊を引き寄せる力がある。
最初は俺だって信じちゃいなかった。でも、一と弾き語りするようにな
ってから、ヤツの発言や行動を目の当たりにすると信じざるを得なかった。
そのお陰で、霊感なんてまったくなかった俺が、気配や声なんか見えたり聞いた
りできるようにまでなってしまった。
この日も、金曜日だったので皆と別れた後、路上ライブを決行した。
夜も遅い事もあって、お客さんも2、3人ほどだった事もあり、1時間ほどで切り上げた。
すると一が、
「今日は、沢山見に来てくれたね~!」
と、微笑みながら言うもんだから余計に気味が悪い。
「いや、2,3人くらいしか来てないよ!」
「マジ?なら、また見間違えちった。ハハッ。」
一はたまに生きている人と死んでいる人の区別がつかなくなる時があった。
夜も更け、野良犬の遠吠えがどこからか聞こえてきた。田舎特有のこの静まり返った夜。俺は好きだ。
ギターケースにギターを入れおわると、ふいに一がまじめな顔してこっちを向いた。
「陣。」
「ん?」
「いつか二人で、武道館でやりたくねぇ?」
「そうやの~。サンライズで絶対やろうぜぇ~。」
忘れもしない…
一が「武道館でやりたい。」と言ったのは、後にも先にもこの時が最後だった。
この日は、コンビニでカップラーメンを買って、駐車場で二人で食った。
他愛もない将来の夢の話をした。
でも、その会話に出てくる将来の自分は、穢れを知らない、まっすぐな少年達の心からなりたい自分の姿だった。
だけど、その時の俺たちには、これから起こる大事件の事も、その引き金が一の能力であるという事も、まだ知る由もなかった。