第05話 醜い鶏の子
一般的な家庭で生まれ、みんなと同じ空気を吸い、みんなと同じように生きてきたつもりだった。
しかし小学6年で85キロにまで膨れ上がり、中学に入ってからは100キロ目前なワイの体系や内気な性格を見て、面白半分にクラスメイトの連中はイジメを繰り返した。
最初の方はまだ「おデブ」「カロリー」とか言われるだけだったから、ワイはただ笑ってやり過ごしていた。
でも、無反応のワイを見てイライラしたのかイジメはだんだんエスカレートして暴力や嫌がらせになってきた。その頃から、見た目がもっさりとしているからと言って、リーダー格の近藤が「モサー」と呼び始めた。
一番ひどい嫌がらせは、授業中にとなりの女子が筆箱を落としたので拾ってあげると。
「いや~!もう、この筆箱使えんわ~ねぇ!!」
と、泣き出してしまったとこかな。
あの時は、家に帰ってから目が腫れるくらい泣いた。
そんな生活でもワイは、なんとか耐える事ができた。
それは、友という名の大きな救いのお陰だった。
ワイに比べたら貧弱な体だが、とても心の優しいのぼる君はいつもそばにいてくれた。どんなにワイが陰険なイジメに合おうと、のぼる君だけは、一人ぼっちのワイと給食と食べてくれたり「いっしょに帰ろう」と言ってくれる。
休みの日は、図書館に行った。のぼる君は頭がいいので難しそうな本を探しては読んでた。ワイに、そんな難しい本は読めるわけもなく、雑誌や絵本を読んで時間を潰した。そんな休日の過ごし方も楽しかった。
でも、恐れていた日は突然やってきた。
朝ごはんを食べ過ぎたワイは、ちょっと膨れ上がったお腹をさすりながら何ら変わりない通学路を歩き、登校した。
そして、あんまり目立たないように席に着いて辺りを見回すと異変に気付いた。
いつもなら、席に着くなり近藤たちがやってきて、ホームルームが始まるまでイジられて一日が始まる。近藤たちだけじゃない。
よく考えたら、他のクラスメイト達と一度も目すら合っていない気がする。
それは、一時間目、二時間目が終わるごとに皮肉にも信憑性がわいてきた。
そんな状況なのに、心のどこかでは冷静でいられた。
それは、のぼる君が昼休みになったら「いっしょにご飯食べよう」と言ってくれると信じていたから。
しかし、ワイは初めて給食を一人で食べた…。
初めて孤独と言うものを知った。
のぼる君は結局最後までワイを避けて一日を過ごした。みんなに無視されるのはまだいい、辛いのはのぼる君に無視されたことだった。
その日は、一人で帰った。
家に帰るなり、そのまま二階にある自分の部屋に入った。ベッドの中にうずくまり、何時間か声を殺して泣いた。途中で、母さんが、
「要~、ご飯よ~!」
と、ドアを叩いたが起き上がれる状態じゃなかった。
きっと、のぼる君は何か嫌な事があって、今日は誰とも話したくなかったんだと言い聞かせる事しかなかった。それでしか、現実の世界に自分を存在させる方法はなかった。明日になればみんな今まで通りになってるはず…。
次の日も、次の日もワイは一人ぼっちだった。のぼる君は休み時間や帰りは、近藤たちと一緒だった。のぼる君に声をかける勇気もなく、ただ「今の状況に慣れよう」と自分に言い聞かせながら、孤独な日々を過ごした。
何も抵抗しないワイに対して、近藤たちはむきになり、クラス全員を巻き込んだ仕打ちは、卒業目前であろうと関係なかった。
前日の雪が残るいつもの帰り道を、ワイは今日も一人で帰っていた。
もう、誰からも相手されない事は心のどこかで慣れてしまっていた。
そんなワイの目の前に、懐かしい後姿が飛び込んできた。
のぼる君だ…
のぼる君はワイと目を合わせるなり、その場を駆け足で逃げ去ろうとした。
「のぼる君!!」
自分でもこんなに大きな声が出たことに驚いた。その声をきくなり、のぼる君はビタッと立ち止まった。
「何でなん?」
その言葉にすべてを込めた。
別に、仕返しをしたいとか、謝ってほしいとかではない。ただ、何であんなに優しかったのぼる君がこんな酷いことをしたのかを知りたかっただけだった。
でも、「近藤たちに脅されて仕方なくした」って心のどこかで言ってほしかった。
「要君を無視せんと、次は僕が標的にされるけぇ…。もう、僕に話しかけんで!こんなところ近藤君たちに見られたら仲間と思われる…。」
そう言い残して、のぼる君は走り去っていった。
こんな話を聞いた事がある。
鶏には弱い者いじめの習性があり、複数を小屋に閉じ込めるとリーダー的な鶏が出てくる。ソイツが、一羽をつつくなど攻撃すると、群れ全体がそれを真似する。
例え、いじめられた一羽が死んでしまっても、次の一羽を見つけて攻撃する。そんな負の連鎖は永遠と続くという。
どこか人間に似ている。
何てことはない、ただ今回がワイの番だっただけの話だ…
のぼる君の後ろ姿が見えなくなるのと同時に、心のどこかで救いを求めていたワイの希望は、全て打ち砕かれた…
そして、生きていく自信を失った…
ワイは、卒業式には出席せず、何とか受かった高校の入学式も欠席した。
ただ、何をするのでもなく、一日また一日と、無駄に過ぎて行った。
高校に入って2週間が過ぎた頃、ワイはまだ生きていた…。正確には、死ぬ度胸すらなかった。
日が沈むのを見計らって、何を思ったか外に出ていた。
久しぶりに見る町はどこか心地よかった。
ワイは、いつの間にか人と接するのが怖くなっていた。
人目を避けるように駅の近くを歩いていると、どこからか罵声が聞こえてきた。
初めは、酔っ払いが叫んでいるんだろうと思っていたが、酔っぱらうにはまだ早い時間だ。あまりにもおかしな声の主に、どうしても一目会ってみたくなった。
駅前まで行くと、声の主はストリートミュージシャンだという事がわかった。ただ、ギターを持っていなかったらただ叫んでいるだけの残念な奴にしか見えない。
これが世に言う「音痴」なんだと知った…
近づいてよく見てみると、その音痴は顔のいたるところに絆創膏や包帯だらけで、目は妖怪みたいに膨れ上がっていた。おそらく集団に暴行されたのだろう。
……。
「ぶっ!がっはっはっは!」
押さえきれず体の奥底から、笑いが噴き出してきた。音痴には悪いが、この光景はどんなバラエティ番組やマンガよりも面白かった。
どうしたらこんなに下手に歌えるのだろう?
どこから声が出ているのだろう?
自分の耳にはどう聞こえているのだろう?
何人に殴られたらこうなるのだろう?
そんな事を考えれば考えるほどおかしくて仕方なかった。
あまりにも笑いすぎたもんだからさすがに音痴は怒りだし、ワイの
顔を何発か殴り出した。
「痛いっ。」
「当たり前やろ。これが頭をなでよるように見えるか?」
確かに見えない…
でも、人から殴られるのっていつぶりだろう…
ワイは、この時こそ生きているって感じた瞬間はない。
馬乗りになって音痴はワイを殴り続けた。そうしていると、どこからか同い年くらいの男子が駆け寄ってきた。
「陣!何しよんか!やめろ!」
男子は音痴の脇を持ち上げて止めてくれた。音痴は興奮で我を失っていたのだろう。
後から来た男子は、何とか音痴をなだめると、ワイの方に近寄ってきた。小柄ながらも、短髪でとても爽やかに見えた。
どうやら、ワイに謝罪の言葉を述べに来たのだろう。
「陣の唄を馬鹿にしてええのは、僕だけじゃ!」
バコッ!
「え!?」
恐らく、爽やか男子の右ストレートがワイの顔面を直撃して、気絶したんだろう…
次に目が覚めたのは、駅前のバス停にあるベンチの上だった。目の前には、爽やか男子。
「すまんやったなぁ。つい血が上ったんよ。ハハッ。」
なんて陽気な人だろう。
落ち着いたワイたちは、それぞれの事情を話した。
爽やか男子は、「小川 一」と言うらしい。
そして、音痴は「早河 陣」と言った。
二人は、「サンライズ」というデュオを組んで、毎週金曜日にストリートライブをしているそうだ。二人は、ワイにはない魅力を感じる。
「中村要って言うんやね~。変な名前。」
「陣!初対面から失礼やろ!でも、珍しい名前やね~!僕はてっきりゴンゾウって言うんかと思った!」
「お前の方が失礼やろ!」
この二人は息ぴったりだ。
「あだ名は?みんなから何て呼ばれよるん?」
ワイは、陣ちゃんの質問を聞いた時に、嫌な思い出が一瞬で蘇った。
おデブ、カロリー、モサー、ドメスティックデブ、センチメンタル脂肪…
どれも嫌なあだ名ばっかりだ。このどれを教えてもまたイジメられる。
どうしよう…
「どうしたん?言うのはずかしいん?俺なんか、昔マックに言った時にさ。ケチャップが服に付いただけで「チャプ男」って2週間は呼ばれよったよ!」
「ははは、だせぇ。でも、僕なんか昼休みから帰って来た時、机の上にトウモロコシの粒があっただけで、2カ月間ぐらい「コーン」って呼ばれよったよ!」
「はははっはは!」
なんだか、このふたりの前じゃワイの悩みなんて米粒に見えてきた。ワイは勇気を振り絞って言った。
「も、も、モッサッ!」
あ、やばい。モサーって言おうとしたら噛んでしまった…
「おお、モッサかぁ!ええやん!」
「おお、おもろいやん!んじゃ、今日から俺らの友達な!モッサ!」
友達…。
こんなワイに友達になってくれるの?
ワイは嬉しくて、嬉しくて涙が出そうだった。これからの進む未来が晴れた気がした。
今日から、頑張ろうと心に決めて、新しい友達と楽しい人生をお・・
「あ、ところでモッサ。何でさっき噛んだん?」
あ、後から言ってくるパターンなんですね…