第14話 男ってヤツは…
扉が開いた瞬間、一に場所と事情をメールしておいた事を思い出した。
俺は、一が来てくれたんだと思い振り向くと、そこには一と至る所に包帯を巻いて松葉づえをついた『背の高いおっさん』がいた。
「お前ら、もうそこまでや。」
『背の高いおっさん』は大声で叫んだ。周りの様子を見ると、どうやらここにいる人間は見えているし、聞こえているようだ。タチバナも『背の高いおっさん』が見えているらしく、確かめるように早い口調でしゃべり出した。
「は?どういう事?一、もしかしてオ―レにも幽霊が見えるようになったんか?」
一は、「いいや、違う。この人は幽霊じゃない。」と口にすると、俺たちの方まで近寄って来た。
「詳しくは、後で説明する。それより、もうこの件は解決したんよ。」
「どういうことじゃ!」
先に声を荒げたのは総長の近藤だった。自分の知らないところで事が終わっているなんて俺だって腹が立つ。その返事には、松葉づえをついた『背の高いおっさん』が答えた。
「兄貴が組に戻った…。それでこの問題は終わったっちゅうことや。」
兄貴とはマスターの事を言っているのだろう。『背の高いおっさん』が何でみんなに見えているのかは後で一に聞くとして、問題は解決したとはどういう事なのか聞こうと口を開けた瞬間、近藤が割り込んできた。
「おい、橋場さんよ。解決したとはどういう事じゃ!俺たちはそんな連絡、受けちょらんぞ!逃げ出したかと思えばそんなホラ吹きに戻ってきたんか!」
確か、『背の高いおっさん』はコイツらに捕まっていたはず。近藤が「逃げ出した」と言っていたのと、『背の高いおっさん』が目の前に居る事に誰も驚かないところを見ると、橋場さんというおっさんは初めから死んでいない事になる。
「俺は確かに、自分の組を裏切って金を奪った。せやけどな、あの金は兄貴がカタギになってせっせと息子との夢のために稼いだ金や。それを組長は、兄貴を組に戻すために圧力をかけて金を引っ張り続けたんや。やのに、兄貴は文句も言わず金を納め続けたんや。そんなん見て耐えられるわけないやんけっ!」
橋場のおっさんが言い終えると、携帯が鳴り始めた。それに気付いた河嶋が携帯を出して何やらしゃべり出した。
なぜか河嶋がしゃべっている間は誰も怒鳴ったり騒いだりせず、下を向いたり服を叩いたりして変な時間が流れた。携帯で誰かがしゃベっているので静かにしようと思うのも分かるが、こんな緊迫した状態の中でそんな気遣いはいらないのではないかと少し思った。
河嶋は不満そうに携帯を切ると、近藤の元へ駆け寄り、耳打ちをした。今度は近藤が不満そうな顔を浮かべると、俺たちに少し小さな声でしゃべった。
「確かに、解決したみたいやの。あ~あ、全然おもんない。」
そう言うと、近藤は「帰るぞ」と言い放ち、仲間を連れて倉庫の出口に向かい始めた。
腹の虫が治まらないのか俺たちの横を通る時に、1人づつ舌打ちをしながら出て行った。
俺は、何が何だか分からずにしばらくその光景を見ていた。タチバナは即座にモッサの元に駆け寄り、縄をほどいた。
そして、俺たちは倉庫の出口まで行き、地べたに腰かけた。橋場のおっさんがブロックの上に座ると、タチバナが俺たちを代表して質問した。
「んで、一。この橋場さん?やったかいな。この人が何でオ―レ達にも見えて、そんで嵐の様にこの事件が解決したんか聞かせてもらおうか?」
一は、「ん~、何からしゃべってええんかわからん…」と言いながら
困った顔をした。すると、橋場のおっさんがしゃべり出した。
「まあ早い話、俺は死んでない。死にかけとったのは確かやけどな。」
「まあ、見るからに死んではなさそうやね。見間違いかもね。あ、それとみんな助けてくれてありがとう。」
さっきまで、一言もしゃべらなかったモッサが急に口を開いた。俺たちは「まずお礼が先やろうっ」と全員で一斉にツッコんだ。少し場が和んだのを見計らって、一がゆっくり口を開いた。
「ここにおる『背の高いおっさん』こと橋場さんが松園組内であった抗争の主犯格ってことも、何で組を裏切ったのかはみんなも分かったよね。」
俺たちが「うん。」と返事をするのを確認すると、一は続けた。
「トップブラザーが山口に逃げてきた橋場さんを拉致って袋叩きにした後、マスターがこっそり助けてくれたみたい。」
「そ、そんで肝心のマスターはどこ行ったん?さっき、橋場さんが『組に戻った』って言いよったけど、どう言うことなん?」
俺は待ち切れずに口を挟んでしまった。
「どう言う事って言われても、そのまんまの意味や。陣君達と俺に今後、手を出さないと言う条件で兄貴は組に帰った。兄貴は組長の息子で、行く行くは組を継いでいく人や…。ほんま、俺はいつもあの人に助けられてばっかりや…。」
橋場さんは悔しさを押し殺すように右手で握りこぶしを作り、続けた。
「陣君…。すまん、許してくれ。俺が余計な事せえへんかったらこんな事には…。」
「俺に謝られても困る。まあ、大阪に行けば会えるんやろ?」
俺は、辛気臭くしゃべる橋場さんに明るく返した。
「いいや、君らとは住む世界が違うんや。今までみたいには会われへんやろ。陣君…、男ってもんは不器用にしか生きられへんのやろうな。愛する人の子供の為にカタギになって、どんなに死に物狂いで働いても、自分の父親がヤクザと知ればその子供の人生を狂わせてしまうと思ったんやろうな。その子が物心つく頃には他人のフリをして暮らしたんや。子供を一番近く見守れる場所で…」
橋場さんの目が俺に何かを訴えるように見えた。俺は、なぜかその訴えの意味を感じ取っていた。
「嘘じゃ!マスターが俺の父親なんて!」
俺は、気づけば橋場さんの胸倉を掴んで叫んでいた。橋場さんは冷静に「ホンマや」と呟いた。俺は、沢山の急な出来事に何も考えられなくなった。橋場さんは優しく俺の手を払うと遠い目をして呟いた。
「…兄貴はただ、普通に人を愛して、その人との子供を普通の父親として生きたかったんやな。俺たちの世界じゃ、そんなもん許されるわけあらへん。ヤクザもんはヤクザもんとでしか生きられへんっちゅう事や。」
今まで父親代わりだと思っていたマスターは実の父親だった。この事は怜は当然ながら知っていたのだろう。俺は、今まで秘密にされていた事よりも、自分が父親だと言う事を実の息子に言えない親心の方が気になってしょうがなかった。
いくら将来的にマスターが俺の親である事に負い目を感じても、それでも真実を話してほしかった。
一度でいいから父親として接してほしかった…