第13話 伝説の不良
中は薄暗く、倉庫にしてはたいしてものは入っておらず、テニスコート分くらいのスペースがあった。
そこには、20人くらいの白い特攻服を着た柄の悪い兄ちゃん達が居て、一斉にこっちを見た。
「あ、クソ。このドアの音のせいで気づかれたぁや!」
「コラ、そこ。物のせいにしない。」
タチバナは冷静にツッコミを入れた。
奥の方から総長らしき大男がバットを右手に持ち、ゆっくりと前に出てきた。
「おう、金を持ってきた様には見えんけど、二人だけで何しに来た?」
そう、タチバナに考えがあるらしく俺たちはアタッシュケースを持ってきていなかった。
「オ―レ達も馬鹿じゃないけぇの。はい、そうですかってお前らの言う通りにするわけにはいかんいや。どうせ、持ってきたところで真っ当な取引なんてできん。金は、ある場所に隠してきた。お前らが取引に応じるんやったらその場所を教えちゃる。」
「おおお!」
俺は、感動して思わず声を出してしまった。
「んで、どんな取引なん?」
総長らしき大男は、動揺するのでもなく淡々と質問した。
「オ―レ達の質問にいくつか答えてもらって、モッサを返してもらう。」
と、タチバナが続けると総長らしき大男は眉間にしわを寄せながら言った。
「なんか面倒くせぇ…。おい、お前ら。コイツら半殺しにして金のありか聞きだせ!」
その言葉を合図に血の気の多い連中が「おぉぉぉっ。」と言いながらゆっくりと俺たちの所まで歩き始めた。
「こ、こっちにはのぉ。御子柴さんが付いちょるんやけぇの!!」
それを聞いたタチバナがすかさず俺の頭を平手打ちした。
「馬鹿っ!存在もせん人の名前なんか出しても、何の脅しにもならんやろうが!」
タチバナの言う通りだ。
「とっさに出てしまったんじゃ、ボケっ!」
と、見苦しい反論をするしかなかった。
すると、トップブラザー達はざわつき始めた。そして、スキンヘッドの男が総長らしき大男のところまで行き、囁くように言った。
「御子柴さんってあの伝説の不良ですよね?不味くないですか?」
それを聞いた総長らしき大男は、生唾を飲み込むと困惑した表情をみせながら俺たちに叫んだ。
「御子柴さんと知り合いとは、お前らもなかなかの器っちゅうことやの!わかった、質問には答えちゃる。」
その意外すぎる反応に、タチバナと俺は開いた口がふさがらなかった。
「すげぇ…。オーレ達の嘘ってここまで大きくなっちょんや…。」
タチバナはそう言った後、気持ちを落ち着かせるように胸に手を当てた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「まず…モッサは生きちょるんか?」
総長らしき大男は不敵な笑みを浮かべながら、後ろの方を指差した。そこには傷だらけのモッサが、紐に縛られて申し訳なさそうにこっちを見ていた。その姿を見た途端、俺は少し安心した。
タチバナはモッサの無事を確認すると、落ち着いて質問を続けた。
「次に、何でお前らが金の事を知っちょるんか?あれは、オ―レ達しか知らんはずやろ…。」
その質問には俺が答えると言わんばかりに、さっきのスキンヘッドの男が俺たちの方に向かって歩きながらしゃべりだした。
「はじめまして。私は河嶋と申します。ちなみに、このチームの総長はあなた達がさきほどからしゃべっている近藤と申します。以後お見知りおきを。」
河嶋のたち振る舞いは暴走族でありながら、どこか気品を感じさせた。
「おっと、さきほどの質問に答えなければなりませんね。我々は、言うまでもなくトップブラザーという暴走族です。我々がこの地でのびのび羽を伸ばせるのは松園組の恩恵を受けているからでして。その松園組のお金が盗まれたとあっては、我々は黙って見過ごす訳にはいきません。」
あくまで丁寧にしゃべろうとする河嶋にしびれを切らしたのか、タチバナが話を割った。
「要するに、松園組への恩返しのためにモッサを拉致って金を取り戻そうって訳か?」
あの大金が松園組のものだとすると、やはりマスターはこの事件に絡んでいるに違いない。
話に割り込まれたことには何も動揺することなく河嶋は続けた。
「ええ、その通りです。あなたはやはり頭が切れますね、橘氏。でも、あなたの質問は『どうしてあなた達がお金を持っているのを知っているのか?』でしたね。」
その回りくどい質問にタチバナは「うん。」と答えると、河嶋の言葉を待った。
「実は、松園組の中で内部抗争がありまして、その主犯格がこの宇部に逃げ込んだという情報が先日、我々の耳に入ってきたのです。そして、松園組と我々の総力を結集し、血眼になって捜索した結果、見事に主犯格の男を確保しました。彼が組から奪ったお金をあなた達が持っているという事実にたどり着くのには、さほど時間はかかりませんでした。」
「発信器ってことか?」
河嶋は右手の人差し指を自分の口の前で左右に揺らし「チッチッチ。」と口を鳴らした。どうやら、少しナルシストらしい。
「残念ながら発信器は使っておりません。第一、彼らがどんなカバンにお金を詰めていたのかもわからないので、付けようがありません。単刀直入に言いますと、我々があなた達を見つけたのではなく、あなた達の方が我々を見つけたのです。」
河嶋の上からしゃべるスタイルに、俺はイライラしてきた。だが、ここで暴れても勝ち目はなさそうなので大人しくすることにした。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか河嶋は俺にしゃべりかけてきた。
「早河氏、あなた以前スラッと背の高いスーツ姿の男と会っていませんか?」
俺はすぐにソレがマスターの店で会った、ピッチリスーツの男である事を言っているんだと気づいた。
「お、おお…。しゃべってはねぇけど、会った事はあるぞ。それがどうしたんか?」
「その人は松園組の幹部の一人です。あなた達がマスターと呼ぶ方の所へ彼が訪れた時に、深刻そうな話をしていたのを見たと証言して下さった。おそらく、あなたにお金のありかを伝えたか、何らかの情報のやり取りをしたのではないかと、私は仮説を立てました。そして、あなた達を誘い出すために、少し幼稚ではありますがチェーンメールを回したのです。人間は自分に不利益な事が降りかかると犯人探しをする生き物ですからね。あなた達は当然、メールの発信者を探します。飛んで火に居る夏の虫とはこの事でしょう。へへっ、まんまと自らがお金を持っていると言ってきました。我々は一度たりともあなた達が持っているなんて言っていません。」
確かに俺たちは、勝手にお金の事がバレたと勘違いして、自ら名乗り出てしまった。だが、マスターはお金のありかを伝えたのではなく、むしろ俺達に迷惑をかけまいと何も告げずに失踪した。そのきっかけを作ったのはピッチリスーツの男だ。
「ところで、ピッチリスーツの男はマスターに何を言ったんか?」
俺の質問に河嶋は快く答えた。
「あなたの舎弟を拉致したと言ったそうです。マスターは『もう足を洗った世界の弟分なので、俺には関係ない』と返したそうです。」
でも、マスターの事だから、舎弟の人の為に自分の今の地位を投げ出して助けに行きかねない。あの人はそう言う人だ。
「おい、早河とか言う奴よ。お前のお人好しぶりにはヘドが出るんじゃ!このデブでしか取り柄のない駄目男といい、ヤクザかぶれのボロい店のマスターといい平和的にすべてがうまく行くと思うなよ。マスターに関しては、松園組がしんどくなってシッポ巻いて逃げたって聞いたぞ!お前の周りはゴミだらけじゃの~。」
近藤は話ばかりするのに飽きたのか、挑発するようにゆっくりとジェスチャーを加えながら言った。タチバナは「挑発に乗るな。」と言ってきたが、俺だって暴力で解決するっていうのは、最近はどうかと思い始めたけど、自分の大切な人を馬鹿にされて見てみぬふりをするような人間にはなりたくなかった。
「モッサ!タチバナ!わりぃ、俺と一緒に戦死してくれ!」
俺の言葉に、初めは驚いていたモッサもタチバナも、全てを理解したように深く頷いた。
「早河氏、それがどういう意味なのか知っての発言ですか?5000万程度のために命まで捨てるなんて馬鹿げていますよ。」
河嶋は俺を宥めるように言った。
「うるせぇっちゃ。お前、さっきから理屈っぽいんじゃ!」
さっきまで冷静だったタチバナは、珍しく感情を表にして叫んだ。その悪口は、理屈っぽいタチバナが言ってはいけないとは思うが、それに触発されて俺も叫んだ。
「金のためじゃねえわ!モッサとマスターの誇りのためじゃ!」
その時、「キュイ~」とドアノブを回す音が聞こえた。