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第10話 2つの事件

「ぜ、全部で、5380万円あるっちゃ!」


「おぉぉぉぉ。」


 俺たちは、タチバナの一言で、事の重大さを改めて知った。


「林の中にアタッシュケースね…。怪しすぎるやろ…。何かの事件に巻き込まれる前に、警察に持って行こうや!」


 確かに、モッサの言う通りだった。


「ん~、まあ、待てっちゃ!警察ならいつでも届けれる。今は、何でこんな大金が林の中にあったのかが重要やろ?ん~、考えられるとすれば、『マフィア同士の抗争に必要な軍資金』

『銀行強盗した犯人が逃走中に仲間に裏切られ、殺されると気づいた一人が、金だけをあそこに隠した』

『コヌーティヌティラナ星人の侵略を防ぐために立ち上がった防衛軍が、全員疫病に感染してしまい全滅。そして、残された運営費と地球の運命。』くらいかな。」


「リアリティ、ゼロかっ!最後の方とか、完全に作り話やし。タチバナの空想はマニアックなそっちゃ!」


 (ハジメ)の言う通りだ。


俺たち4人は、かれこれ2時間も出口のない討論を繰り広げている。

アタッシュケースは、俺の部屋にある押し入れの奥に、とりあえず隠してある。

その流れで、学校帰りに俺ん家で2時間前から会議を開いていると言うわけだ。


「まあ今はさ、何で大金が落ちちょったかを追究してもしょうがないけぇ、このお金をどう使うか考えてみん?」


さっきまで「警察に持って行こう。」とか、言っていた人間の発言とは思えないが、モッサにしては、良いこと言った。


「そうやのぉ、これ使ってアジト的なものでも作っちゃう?」


 俺の意見に、始めに乗っかったのはタチバナだ。


「ええのぉ、そう言うのあったらクソかっこええやん!」


「じゃあさ、ライブハウス作ろうや!」


 (ハジメ)らしい意見だ。


「いいねぇ!観葉植物いっぱい飾ってさぁ!あと、キッチンは広めにね!」


 モッサが、食べ物以外の事で感心を持っていることに少し驚いた。


「世界各地のお酒とか、絵画とか本とか置こうや!でもまあ、実際に理想のライブハウスなんて作ろうと思ったら予算オーバーやけどねぇ!」


タチバナは、ズレた眼鏡を戻しながら、俺たちを現実に引き戻すような事を言った。


「でもさぁ、僕らでいつか本当に作りたいね。」


 (ハジメ)は、遠い目をしながら言った。


無言で俺たちも頷いた…


「名前は『キング』がええ!一般的には王様って意味やけど、『最大のもの』って意味でもあるんよ。ちょっと無理やりやけど、『僕たちの最大の夢の果て』って意味で『キング』ってどう?!」


 (ハジメ)は、興奮ぎみに言った。


「『僕たちの最大の夢の果て』かぁ、何かブチすげぇやん!なら、俺らのライブハウスは『キング』に決まりじゃあや!」


 俺も、触発されて興奮ぎみになってしまった。


この時の俺たちの目は、若さゆえに希望に満ち溢れていた。何の先入観もなく、

どんな事に対しても素直に目を向け、制限なく夢を見れていた。

そして、大人になれば車にも乗れるし、学校にも行かなくてもいいし、先生や親に縛られることもない。今以上に自由に生きられるんだと、本気で信じていた。


「そう言えば話変わるけど、ジン。マスターの事、聞いた?」


 楽しい会話の中、タチバナは意味深な事を言い出した。


「ん?マスターが何なん?」


「昨日、夕方くらいに店の前をたまたま通ったんよ。そしたら、マスターに会ってさ。理由は知らんけど、店閉めるらしいよ。」


「え?何それ!初耳っちゃ!」


 マスターは、俺には何も言ってくれなかった。

ふと、あの時マスターズカフェに来た、ピッチリスーツの男の顔が頭の中を過った。


「あ…。ちょっとごめん、マスターん所行って来る!」


俺は、討論の途中ではあったが、嫌な予感がしたので、急いでマスターズカフェに向かった。

夕方だと言うのに、外に出るなり汗が吹き出した。


5分ほど走るとマスターズカフェの看板が見えた。店はタチバナの言う通り、閉まっていた。


ガンガンガンッ。


俺は、壊れてしまいそうなくらい扉を叩いた。


「マスター!マスタぁぁ!」


 うんとも、すんとも言わない。

父親の顔も知らない俺にとって、マスターは父親同然の様に慕ってきた。

でも、今になってよく考えたらマスターに関して俺は知らない事が多すぎる。知っている事とすれば、バツイチで前の奥さんは(レイ)と高校時代からの親友って事。あと、地元は大阪だったと言っていたくらいだ。


 いつの間にか、辺りは真っ暗になってしまっていた。

俺は、どうしようも出来ず、ズボンのポケットに手を突っ込んで家路に着いた。家の扉を開けると、俺の部屋から数人の話し声が聞こえた。アイツらは、まだ帰っ

てないようだ。その足で、リビングにいる(レイ)に話しかけた。


(レイ)、マスターどこに行ったか知らん?」


「ん?、(ジン)じゃん!帰っちょったんやね~。マスター?見てないね~、ス

ロットじゃない?」


 ビールを飲みながらテレビを観て、適当に俺の質問に答える姿に少しイラッとしたが、もっと許せないのは(レイ)の格好だ。自分の子供の友達がいるっつうのに、ド・ピンクのランジェリー姿。母親じゃなければ、ぶん殴っている。

タチバナに見られでもしたら、「ほげ~っ」なんて言って、鼻血出して失神してしまうだろう。


「ほげ~っ。」


…遅かった。

タチバナは、冷蔵庫の前で鼻血を流しながら倒れた。後頭部を強打したらしく、のたうち回っていた。おそらく、ジュースか何かを取りに来たんだろう。


「おい、(レイ)!服着ろっ!思春期の子供には、刺激が強すぎるやろうがっ!」


「え~、だって暑いんやもん。」


 と、ダダをこねながら、(レイ)はビールのおかわりを取りに冷蔵庫の方へ歩き出した。


まずい、またタチバナに見られてしまう。次は、確実に失神する…。


「あら?タチバナ君。こんなとこで何しよん?」


 タチバナは、その声に気付き(レイ)の方を見るが、「おふっ。」と言いながら、鼻の両穴から噴水のごとく血が吹き出した。


「あ、(レイ)さん。お邪魔ちぃてますぃ…。」


 タチバナ自身は、冷静を装っているつもりのようだ。でも、俺には白目をむいて倒れている哀れなヤツにしか見えない。


「タチバナ君、すごい鼻血…。大丈夫!?」


「お前のせいじゃ!」


 あまりにもの無神経さに、実の母親にツッコんでしまった。そんな茶番劇が終わると、モッサと(ハジメ)もリビングにやって来た。


(レイ)は渋々、短パンとTシャツに着替え、先程とは打って変わって真面目な顔で、ソファに腰掛けた。そして、壁の方を見たまま重い口を開いた。


「松園組って知っちょう?」


いきなり何を言い出すのかと思えば、全国的に有名なヤクザの名前だった。俺は、話の続きが気になったので「お、おう。」とだけ言うと、次の言葉を待った。


「幹部が大阪にあるんやけどさ、どうやら内部でいざこざがあって、裏切った仲間がどうやらこの辺りに逃げて来たみたいなんよ。」


「え?それとマスターの失踪って関係あるん?」


 俺が返そうとした内容を、(ハジメ)に言われてしまった。


「大アリなんよ。マスターは、松園組の組長の弟なんよ。そんで、ゴタゴタを起こしたのが、マスターの元舎弟なんよ。そんで…。」


あまりにも驚きの内容に、(レイ)がしゃべり下手だということを忘れていた。

どうやら、マスターは松園組の元幹部で、ヤクザから足を洗い山口県で静かに暮らしていたと言う。

 今回、松園組の中で抗争が起こり、主犯格が山口県に逃げ込んでいるそうだ。(レイ)の話では、マスターはその元舎弟を匿うために失踪したのではないかと言う事だった。


「って事は、今この街には危険きわまりない松園組がウヨウヨいるって事ですよね。(レイ)さん、夜の一人歩きは気を付けて下さいね。」


 さっきまで横になっていたタチバナが、ある程度落ち着いたのかおもむろにしゃべりだした。


ジン、じゃあ僕たちが林の中で会った『背の高いおっさん』も松園組と何か関係ありそうやね。主犯格の一人やない?」


 ハジメの言う事が確かなら、すでに死人が出ている大事件になる。そうなると、大金と松園組は繋がっている事になる。俺たちは、拾ってはいけないモノを拾ってしまったに違いない。皆もその事に薄々気付き始めているのか、顔色が悪くなった。

 18年間生きてきて、初めて命の危機を感じた。もし、このお金がヤクザのものだったら、俺たちはどうなるのか?


「どうやって見つけたのか?」と聞かれても、口が裂けても幽霊に教えて貰ったなどと言えるはずもない。そうなると、今回の抗争に俺たちが関わっていると誤解される可能性が高い。きっと、拷問にかけられて、富士の樹海に捨てられるか、ドラム缶に入れられて海に沈められる。


こんな平和な時代に、命の危機に直面している高校生など全国探してもいるはずない…。

なぜ、俺たちなんだ…考えれば考えるほど吐きそうになってくる。


「うっ…。」


 モッサは、両手で口を塞いだ。おそらく、俺と同じ事を考えたのだろう…


さっきまで賑やかだったリビングが静まり返り、バラエティー番組が流れるテレビの音だけ悲しく響いていた。


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